ホールの関係者用入り口にひっそりとパトカーの赤ランプが点滅する。客が混乱しないようにと考えた美木は、客が出払った後で警察を呼び更に関係者用の入り口にパトカーを回させたのだ。 客が完全にホールを離れるまでかなり時間がかかったため、時刻は深夜。人々は皆夜の眠りに覆われていることだろう。
 
何事かとざわつくスタッフ達に見送られ、パトカーが「初音ミクを壊そうとした」犯人を連行していった時には、すでに着替えも済ませていた。スタッフ用の楽な格好がこれほど助けになった事はない。ふあ、と大欠伸を一つして頭を掻き毟る。その私の服を小さく引っ張る誰かがいて振り返る。 カイトより更に明るい青の髪と瞳。不安げな面持ちで私を見つめるのは、最初にして最大の奇跡―――初音ミク。
 
「…ごめんなさい。私、あの人に襲われて、あの人が危険だってわかってたけれど、何も言えなかった。あなたが壊される―――ううん、殺されるって、言いたかったけれど―――私の出番まで時間が無い、歌わなくちゃいけないって言われてたから。 …ごめんなさい」
「………。ああ、あなたもわかってたの。アレが私だって」
「…特徴的な声、だから。それに、あの歌い方は人間にしか出来ない」
 
人間は特徴的な歌い方をする。ボーカロイドのように完璧な歌い方は出来ないが、息継ぎのタイミングや微妙なこぶし、僅かに震える調子、など、様々な「欠落」という「固有の特徴」を持つ。 それが歌に人らしさを与え、聞くものを惹きつける。 例え人間がわからなくても、最も完璧に歌を歌うボーカロイドたちには、一度聞けばすぐにそれが人かボーカロイドかわかるのだろう。
 
「………。ありがとう。 カイトたちに話してくれたんでしょう?」
「…歌い終わった後、すぐに。 でも、間に合わなかったですね」
「いいえ。 間に合ったわ。 …ギリギリのところだった」
 
彼らを騙して。騙し続けて。 このまま永遠に騙しきろうかと思ってしまう、ギリギリのところで踏み止まった。 正直に言おう。自分勝手な罪滅ぼしはこれまでだ。
 
ボーカロイドへの罪は、ボーカロイドに裁いてもらおう。
 
 
* *
 
 
―――全員が沈黙したまま、一旦私の自宅へ帰宅した。 リビングに集まったカイトとメイコ、リンとレン、私とシーマスの六人が、お互いに唇を引き結んで俯いたまま、異様な雰囲気を醸し出す。 やがてシーマスがふうとため息をつき、台所へ向かった。しばらくして自分と私用のお茶のペットボトルを持ってきて、再び同じ場所に座る。 ぱきんと蓋を捻り開け、冷えたお茶を喉に流し込み、一気に半分以上をあけた。
 
「ふう。 ………喉の渇きも癒えたところでオレぁ帰るぞ」
「ちょ、シーマス。逃げる気?」
「逃げる。こんな重苦しい空気したところにいられるか。犯人はとっつかまえたんだオレの出番は終わりだろ」
「いやいやいやいやあんただって片棒かついで―――」
 
「何の片棒、かつがせたの」
 
メイコが不意に口を開いた。 全員の視線が彼女の方に集中する。 ―――真摯な眼差し。もしかしたら僅かに「怒り」も感じられる、真っ直ぐな目。 綺麗なばかりだと思っていたボーカロイドに宿りつつある「影」が色濃く与える「心」という存在に、そっと目を伏せて、きちんとソファに座りなおす。 シーマスも頭をばりばり掻き毟って、立ち上がりかけていた姿勢を元に戻した。 息を吸い込んで話し出す昔話。他人に語るはずのものが、何故か、自分に語るように思えてきて―――
 
「………、気づいてると思うけど。私はラドゥエリエルの“音声データ”じゃないわ。
 
 私はラドゥエリエルだった。 ボーカロイドのフリをして、歌ってた、天使の紛い物よ」
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 35

こんにちは、雨鳴です。
今回でラスト&解決編は終了、次回からラスト&過去編です。
過去編は既存のボーカロイドがそんなに絡まないので、
延々連載するのも申し訳ないので一気にアップすることにしました。
今までに無い量になりそう。

そして多分アップはあと三回で終了予定。
ラストスパート頑張ります。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:469

投稿日:2009/08/27 10:37:11

文字数:1,570文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こちらでは初めまして、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    というかまさか秋徒さんに読んでいただいていたとは…!光栄やら恐縮やら…!
    最初からこの伏線だけは頭に入れて書いてたので、ようやく書けてほっとしました。
    あんまりボロクソ(笑)言わせてると逆に不自然かなとヒヤヒヤしたり。
    過去編は六・七話くらい連続させるつもりなので、量がえらいことになりそうですが、
    どうぞ根気強くお付き合いいただければ幸いです。

    犯人は多分まだまだがふんげふん。

    2009/08/27 21:15:51

  • 秋徒

    秋徒

    ご意見・ご感想

    此方では初めまして。 とても面白かったです!
     初期の方からまめに読んでいたのですが、なかなかコメントができなくてすみません。でも、今回のまさかの展開にとても驚いたので、思いきって書きます。
     ラドゥエリエル=若草さんの伏線には気が付きませんでした!天使のラドゥエリエルをあれだけボロクソ言っていたのも納得です。自分を賛美する人なんていませんからね。次回の過去編と、ボカロの皆の対応が楽しみです^^
     ただ、あれだけ黒幕ちっくだった犯人があっさり捕まったのは意外でした。彼はまだまだ味が出ると思っていたのですが……。
     次回も楽しみにしています^^

    2009/08/27 18:56:40

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