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花の重みに耐え兼ねるかの如く、一際大きく枝を垂れた桜の下に、もともと置かれていた石のベンチも利用出来るようにして敷かれたシート。
座布団代わりに畳まれたタオルと、ぼんやり柔らかく手元を照らし出すランタン。
そして、シートの中央には既に蓋が開かれたクーラーボックス。

あくまでマイペースかつ合理主義なリツは、友人がエイトに構っていた間にも、それらの設営を手早くこなしていたらしい。
ついでに言えば、万事に気まぐれなAct.1の双子も既にクーラーボックスの中身に夢中であるようだ。

「……行こうか。そうそう、お酒もたくさん持って来たよ! 君が飲むと思って!」

『…私がアル中みたいな言い方だな』

……飲むけど。

と、言うか。
こちらも、少しだけだが酒類を持参して来ていたりするけれど。

「ってか、マスターが飲みたいだけじゃ?」

レツが、胡乱げな眼差しを友人に向ける。

「あ、バレた…?」

「やっぱり……まぁね、キミさんもいるし、花見だし、飲むなたぁ言わないけどさぁ」

「何か問題でも?」

「ほどほどにしてくれよな……あまり強くはないんだからさ」


『……なぁ』

暫し、そのまま二人のやり取りを聞き流しているつもりだったが、ふと何か引っ掛かって口を挟んだ。
背後の闇の中に続く道を眺めて、僅かにだが眉が寄るのを感じる。

『クルマ、で来なかったか……?』

ここから友人の家まで、多少は離れているが歩けないような距離ではない。
重い荷物を抱えて歩くのは面倒であろうが、しかし、飲むつもりであれば乗って帰れない自家用車は、邪魔にはならないのか。

「ん…?」

「……あー…」

一瞬、きょとんとした表情で顔を見合わせた友人とレツは、やがて揃って苦笑した。

「……リツだよ」

『ぅん?』

「リツなんだ。あのクルマ運転してたの……なぁ?」

「まぁね……乗れないよりかは乗れた方が、何かと便利でしょ」

僅かに肩を竦めて、事も無げに言ってのけたリツから、差し出されたコップを受け取る。
ふわりと微かに苦く甘いアルコールの香りが鼻腔を掠めた。

だから、どうして私が飲むと……。

「……ますたぁ…これ、いただいても…?」

『あぁ…待て、注いでやるから』

予め持参していた小さな盃に、とは言えど、エイトのサイズからして見れば盥か睡蓮鉢に宛らだが。
渡されたエイトは、しかし重さを持て余した様子もなく、嬉々として盃を抱え込んだ。


『……VOCALOIDもクルマを運転出来るのか』

「リツはな」

「ほら、やっぱりね…いろいろと手続きとか面倒なわけですよ。公道に出るとなると」

「ただ運転するだけなら、技能補助ソフトを入れるだけだから簡単なんだけどね」

『あぁ』

「でもさっ! リツばっかり、ずるいのっ! …ねっ、マスター、リイも運転っ!」

「リイはね…交通法規お構いなしで、やたらかっ飛ばすからね……」

「ぶーっ!」

「膨れてもダメだって」

彼らにとっては日常なのであろう鏡音の騒ぐ声も、一歩置いた距離から眺める立場には、純粋に微笑ましい。


酒の肴代わりに見物するつもりで、コップを干していると、いつの間にやらリイの追撃を振り切ったらしい友人が寄って来た。
身代わりを押し付けられたと見えるレツが、リイの八つ当たりに詰め寄られている。

毎度の事ながら、ご苦労な事だ。

「……おつかれさま、です…?」

エイトが、小さく首を傾げながら言った。

「うん。まぁ、いつもの事だからね……」

あははー、と友人が乾いた笑みを洩らす。

「ん? ……あれ? エイちゃん、それ……酒…飲めるの?」

「おさけ…すき、ですよ…?」

「へぇ…? KAITO系って、アルコールとか駄目だと思ってた」

『あぁ…――』

うん。

確かに、MEIKOや神威ならともかく、KAITOは下戸というのが世間のイメージだろう。
少なくとも、KAITOが酒豪だという話など、ほとんど私も聞いた事がない。

――…けれど、エイトは。

『日本酒生まれだからなぁ……』

まさか、こうなると予想した事ではないが。

「は……?」

『だから、お酒。霙酒。シャーベットにした日本酒にKAITOの種を蒔いてみたの』

「……何故に、そんな事したし?」

『出来心…?』

たまたま、霙酒が目についただけだからな。

一応、翌日になっても変化が無いようなら、きちんとアイスを用意するつもりでいた。
そもそも……本当に、日本酒など苗床にしてKAITOの種が育とうとは、自分でも予想していなかったのだ。

「ふぅん……まぁ、君らしいとでも言うか」

納得したようなしないような表情で頷いて、自らも酎ハイの缶を手にした友人が。
エイトの催促を受けて盃に酒を継ぎ足す私を見て、不意に何かを思い付いたとばかりに、にやりと口の端を吊り上げた。

「ねぇ。飲み比べとかしてみない?」

「のみくらべ…です、か……?」

『……エイトと、か?』

「君と飲んでも勝ち目ないじゃないか」

私も、言う程には飲んだりしないと思う。

たまたま、周囲に酒を好む人間が少なく。
ほんの少しだけ他人より飲む量が多いように見えるだけだと思うのだが。

「ぼく……つよい、です…よ?」

「わぁ。自信満々だし。でも、まぁ、体格の差とかあるしね」

『いやいや。体格差で片付くレベルを超えているから』

むしろ、大きさを言うのであれば、その辺に転がっているペットボトルやら酒瓶の方が、余程の事、重さでも長さでもエイトのそれに勝りそうである。

「でしたら、これで勝負に行ってみるとか。どうっすかね?」

それまで、黙って傍観する構えを見せていたリツが、ごそごそとクーラーボックスの中を覗き込んだかと思うと、何やら一本の酒瓶を差し出した。
それは。

『……ウィスキー…?』

こんなモノまで持って来ていたのか……。

「買ったは良いけど、ウチにあっても幾らも減らないし、キミさんに押し付けるつもりで持って来ました」

とぷん。

これ見よがしに、琥珀色の液体が満たされた瓶を揺らしつつ、リツは一見無邪気な笑みを浮かべて言う。

「チェイサーでも水割りでも好きな飲み方で構わないっす。ただし、勝敗はウィスキーの消費量で決定します。これなら決着も早いし良い案でしょ?」

度数の低いお酒だと、酔いにくい分だけ量が増えてエー兄が不利そうっすもんね。
と。


『レツが聞いたら説教されそうだな』

「Act.1の相手でしょ。そう簡単にはレツも戻って来れませんよ」

『……リツは止めてあげる気はないんだね』

「あたしは、面白そうなの優先って事で」

『そうか』

「あ、キミさんもウィスキー如何っすか?」

『コークで頼む』

「了解」

リツが持って来た、ほんの申し訳程度にだけコーラを足したウィスキーを片手に、友人とエイトの対決を見遣る。

――…そして。





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ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

【KAITOの種】種と鏡音と夜桜宴会・後編【蒔いてみた】

お花見の後編です。

一年越しとか…
しかも、何だか締まりの無いオチ…
お目汚しを失礼しました。


種の配布所こと本家様はこちらから↓

http://piapro.jp/t/K2xY





次は…… 「まつりだ!」「やいしょー!」↓
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前編↓
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第一話↓
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投稿日:2011/04/11 00:26:08

文字数:2,884文字

カテゴリ:小説

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