第七章 戦争 パート13
城門が破られた時、メイコと共に突撃の準備を終えていたレンは思いつめたように唇を少し、噛みしめた。不思議な感覚だった。城門が破られれば、数で圧倒する黄の国の勝利はほぼ確定されたようなものだった。なのに、何も感情が湧きおこらない。理由はレンには分かり切っていた。黄の国の勝利とは、即ちミク女王の死。
『ミク女王を殺して。』
そう訴えたリン女王の言葉がデジャブのようにレンの脳裏で反響する。僕が守るべきリン女王はミク女王の死を望んでいる。では僕自身が守りたい人は、と考え、森の緑よりも美しい緑の髪と、その優しげな瞳を思い出して、レンは無意識に胸元を左手で掴んだ。妙に胸が苦しい。これから僕がやることは、リン女王の望みを叶える為の行為なのに。
「赤騎士団、全軍突撃!」
メイコがそう叫んだ。馬の腹に蹴りを入れる。別の事を考えていたはずなのに、メイコ隊長の声を聞くと身体が勝手に的確な行動をとる様になってしまっている。いつの間にか、戦に慣れてしまっているのだろう。それが良いことなのか、レンには皆目見当が付かなかった。手に馴染んだバスタードソードを引き抜く。レンと共に幾多の血を吸いこんだその剣が、午後の傾きかけた太陽に照らされて鈍く光った。一体、僕は何人の人間を殺したのだろう。そう考えながら、それでもレンは南正門で最後の抵抗を行う緑の国の兵士を冷静に切り裂いた。これで、もう一人追加。黄泉の国へと送り届ける、僕の姿はまるで死神だ、と考えて、レンは不意に浮かんだその言葉に、自嘲気味な笑顔を見せた。
悪ノ召使。
多分、僕にはそんな肩書がお似合いなのだろう。間違いなくミルドガルド史上一番多くの人間を殺した召使として、僕の名前は歴史に残るかもしれない。次々と打ち破られ、ヒトから物体へと変化してゆく兵士の姿を眺めながら、レンはそんなことを考えた。だから、レンは目の前に現れた人間達の姿を見ても、何も感動が湧かなかった。隣で槍を振るっていたメイコが戸惑った様に立ち止り、馬を引いた。それに合わせて、レンも馬を引く。数歩闊歩してから脚を止めた馬の上から、レンはその人間達の姿を観察した。
それは、緑の国の城下町の民衆達だった。
一体、何が起こった。
反射的に馬の手綱を引き絞ったメイコは、槍を構えたままその様に考えた。外壁を守備していた緑の国の兵士達は壊滅させた。あとは内壁まで、石造りの南大通を一直線に北上すればいいと考えたメイコの前に現れたその人間達は、戦いの相手とするにはあまりにも無防備な格好をしていたのである。手にしているのは、まともなもので鍬や鎌などの農具。悪いものでは包丁などの家庭用品。酷いものではフライパンを片手に立ちふさがっている者までいる。当然、身につけているものは防御力が確保されているような鎧ではない。ただの、布製品である。
「道を開けろ!」
メイコは得体の知れない恐怖に襲われて、そう叫んだ。今まで幾多の戦いを乗り越えたメイコであっても、この様な状況は初めて遭遇するものであったのである。民は戦には関係の無い存在であるはずだった。その民が今、メイコの前に立ちふさがっている。しかも、数千人も。なぜだ、と考えたメイコに向かって、先頭に立つ鍬を両手に握りしめた青年がこう叫んだ。
「立ち去れ!黄の国の軍人!」
それがきっかけとなり、民が口々にメイコに向かって罵声を浴びせ始めた。帰れ!出て行け!俺達の国は俺達が守る!内容を大別するとその三つに分類される。民が自主的に帰属すべき国家を選択しようとしたという点で特筆すべきものであり、もしこの場に遠い未来から訪れた歴史家が存在したならば市民意識の覚醒であると狂喜したに違いないが、メイコは残念なことに歴史家ではなかったし、何よりも軍人であった。そして、騎士だった。無垢な民を殺す訳にはいかない、という騎士道精神を有しながらも、このままではいつまで経っても緑の国を陥落させることが出来ないという矛盾した思考に悩み、助けを求めようと副隊長のアレクを振り返った時、小石がメイコの額に直撃した。民が投擲したものらしい。軽く額を切ったのか、瞳の端に赤い液体を確認したメイコは呻くようにこう言った。
「アレク、どうすればいい。」
その問いに対して、アレクが口を開こうとした時、民衆の一角で悲鳴が上がった。血飛沫が舞うその中心にいた人物を見て、メイコは息をのみ、直後に叫んだ。
「レン!民を傷つけるな!」
黄金の髪を靡かせながら剣を振るうレンの姿は正に鬼人であった。メイコの声に無表情な瞳を向けたレンは、剣の動きを止めることなく、逆にメイコに向かってこう言い返す。
「武器を持って立ちはだかれば、僕たちの敵でしょう?」
そうして、更に剣を振り下ろした。無防備な民衆の頭蓋が割れ、本来外気に晒されてはならない物体が陽光の元に照らされた現場を目撃して、メイコはもう一度アレクに訊ねた。
「アレク、どうすればいい?」
まるで幼女に戻ったかのような弱々しい声を出したメイコに向かって、アレクはこう言った。
「メイコ隊長はお下がりください。後は、我々が。」
「それは・・できない。」
それでも、赤騎士団の隊長だという意識が、メイコにその言葉を口に出させた。
「しかし、ここを突破しなければ戦は終わりません。それに、レン殿もいくら民が相手とはいえ、一人では突破は出来ません。責任は、私が負います。」
アレクはそう告げると、彼にしては珍しい笑顔をメイコに向けた。いつも冷静に見えるが、本当は、優しい男なのだろうか、とメイコが考えた瞬間に、アレクは力強く叫んだ。
「全軍突撃!武器を持つものは蹴散らせ!但し、無抵抗な民は傷つけるな!」
緑の国の虐殺。
後の世にそう呼ばれることになったその事件の原因には複数の要因が考えられる。一つは、戦略の天才であるロックバード伯爵でも想定出来なかった緑の国の民衆の決起。そしてもう一つは、黄の国の兵士に湧き起こった根本的な恐怖心であった。民衆達は、自らの国を守る為に自然と唯一の方法を選択することになる。即ち、土地勘を生かしてのゲリラ戦であった。メイコからアレクへと一時的に指揮権を委譲した赤騎士団は、目の前に立ちふさがる民衆達をものの数十分で潰走させたが、実際の抵抗はその直後に攻撃を開始した歩兵部隊に対して行われたのである。南大通を駆ける歩兵部隊に対して、民衆は物陰から鎌を突き出し、路地に迷い込んだ兵士を鍬で殴りつけた。敵の姿は見えない。何しろ、民衆達が目を瞑っても行動できる緑の国の城下町が戦場になったのである。武器を手にしながら逃げる民衆の後ろ姿を追っている内に道に迷い、そして背後からの攻撃を受ける。その手法により全滅した黄の国の小部隊の数が百に近付いた頃、誰かは特定できないが、一人の兵士がこう叫んだと言い伝えられている。
「皆殺しにしない限り、俺達は生き残れない!」
その言葉は瞬く間に黄の国のほぼ全軍に、まるで強毒性を持つ感染症のごとく伝播していった。自身が生き残る為の正当な手段であるという意識が芽生えた黄の国の軍は、民衆を見つけ次第、それが無抵抗の人間であっても、たとえ女子供であっても、容赦のない殺戮を加えて行ったのである。ロックバード伯爵がその事実に気が付いた時には、既に数千人の民衆が犠牲になっていたと言われている。しかし、ミルドガルド大陸でも有数の統率力を誇るロックバード伯爵であっても、その阿鼻叫喚と化した戦場を瞬時には纏めることは出来ず、その為に最前線で戦うレンと、アレク達との連絡が一時的に途絶えることになった。ただ、ロックバード伯爵は、たった一人で、戦場だというのにまるで少女の様に泣きじゃくるメイコの姿を見て、一言述べるしか出来なかったのである。
「済まぬ、メイコ。」
ハルジオン37 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第三十七弾です!」
満「虐殺か・・。」
みのり「どうしてこんなことが・・。」
満「レイジがイメージしたのはベトナム戦争だ。」
みのり「ベトナム戦争?」
満「ああ。アメリカとの戦争になった時、ベトナム軍はジャングルという地形を上手く利用してゲリラ戦術をとったんだ。その際にばらまかれたのが枯葉剤だ。ジャングルを枯れさせて、ベトナム軍の隠れる場所を無くそうとしたんだ。」
みのり「でも、人体にも悪影響を与えるものだったんでしょう?」
満「ああ。だから、虐殺。同じようなことは第二次世界大戦の沖縄戦でも、南京でも、世界史上を見ると至る所で発生している。」
みのり「どうして?」
満「軍の主力が騎士階層から国民へと変化して行く中で、戦争=総力戦という考えが一般的になって行ったことが原因だとレイジは考えている。第二次世界大戦の末期に日本で言われた『一億総玉砕』なんかがいいフレーズだな。そんな戦いやってみろ。敵国の国民を全滅させるまで戦争が続くことになる。」
みのり「酷い・・。」
満「前回に引き続き、今回も、そんな馬鹿な話があるか、というメッセージを伝えたくて改めて虐殺シーンを入れた。原曲『白ノ娘』では『緑の髪の女は全て殺してしまいなさい』というフレーズがあるが、それを拡大解釈した格好になる。」
みのり「戦争なんてなくなればいいのに。」
満「そうだな。誰もが考えているのに、未だに達成出来ていないことだ。これを考察して行くこともレイジの構想の一つだ。今後の展開を楽しみにしていてほしい。」
みのり「そうだね。では、次回でお会いしましょう。次回は・・出来れば今日、出来なければ来週になります。今週は色々不運があって投稿件数が少なくて済みませんでした。来週はしっかり書けると思います。それでは!」
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めろくる
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