ひらひらひら。ひらひらひら。
空から舞い落ちる雪のような花弁。白、桃色に、薄紫が入り混じり、その中心で可憐に身を翻し笑顔を振りまく花嫁を、たえまなく彩ってはそっと地面に積もりゆく。
くるくるくる。くるくるくる。
背景には小さな教会。雲一つない青空は花嫁の瞳の色をそのままに映し出して、なお澄み渡り。
憂いなどどこにもない。ただひたすらに華やかに、純粋に、まるで子供のように無邪気に、足取り軽く芝生を舞う。
手に持った小さな花束と共に、花嫁の白いドレスは夢のように舞い続ける。





「―――――誰だあの天女は」
「オレの妹ですけど」
「……お義兄さん妹さんを拙者に下さ」
「ただのPV撮影だ目ぇ覚ませアホ侍」

ゴッ、と鈍い音が丘の上の小さなチャペルに響いた。



                      *



殴られた後頭部を今回ばかりは神妙に受け止め、がくぽはカイトに背を向けて手の平で顔を覆っている。せっかく誂えた真白のタキシードの台無しっぷりが尋常ではない。
「…………すまぬ…ルカ殿の余りの天女ぶりに少々取り乱したようだ」
「しっかりして下さいよ花婿さん」
一応ぞんざいに突っ込んでおくカイトの優しさ。

今回のPV撮影に駆り出されたのは、花嫁役のルカ、花婿役のがくぽ、花嫁の兄役のカイトの3人だ。役というかそのまんまなのではという意見も無きにしも非ずだが、件のサムライにとって役得であることに変わりはない。

気を取り直して、がくぽは再び遠目にルカを振り返った。
青空の下、小さな教会を背景に、その手前の青草を踏みしめて白いドレスを翻し、花びらと共に舞う花嫁。
ウェディングソングのPV撮影、そのワンシーンだった。
無言でそれを眺め、やはり、とがくぽは自分の認識を確かめる。
「いやしかし、……美しい」
「自慢の妹ですからね」
「……」
「……」
「お義兄さん妹さんを」
「だからやめろ」
二度目の後頭部直撃。
次言ったら殺す、とこれも投げやりに言われて、がくぽはむうぅ、と唸りどうにもテンションの上がっている自分を落ち着かせようと努めた。
美しいものは美しいのだから仕方ないのだがいやしかし、好いている女の花嫁姿に興奮しない男というのも如何なものか?よもやこれが白無垢姿であったなら自分は一体どうなっていたのかとちょっと想像してみるがカイトに荒巻きにされて日本海に放り込まれている未来しか見えずまだしも西洋式でよかった、と意味の分からないことを悶々と考えるがくぽだった。

『早くに両親を亡くし、男手ひとつでたった一人の妹を育ててきた年の離れた兄』…という設定であるカイト。
紺のフロックコートをラフに着こなし、のちの撮影で妹のヴァージンロードをエスコートする予定である彼を、がくぽはそっと盗み見る。
現実とのシンクロを意識せざるを得ないこの状況。動揺するなと言う方がやはり無理だ。
―――“お義兄さん、妹さんを僕に下さい”
「…さりとて全くの冗談というわけでもないのだが」
様子を伺うように提言してみたがくぽの勇気を、カイトは「はん」と鼻で笑い飛ばした。
「ろくに手も出してない殿様が何をおっしゃいますやら」
「……」
つうこんのいちげき。
「…婚前であるゆえそれも当然ではないのかと」
「せめて手くらい握れよ。安心しろお手て繋いだくらいで子供はできねーから」
「ぐふっ」
「お前らより幼稚園児のがよっぽど進んでるぞ」
呻くがくぽの口から血反吐が出なかったのは幸いだ。なんせタキシードは白い。
「……」
「……」
腕を組み、冷めきった視線を遠くに向けこちらに目を合わさないカイトを、がくぽは精神的瀕死に陥りながらヨロヨロと見上げた。
「…以前より思っておったのだが」
「うん」
「いい機会であるから聞いておく」
「うん」
「―――…。………お主は拙者の敵なのか味方なのか」
穏やかな日差しの中、ひゅう、と彼らの間だけに乾いた風が吹き抜けた。
「…味方なら応援するし、敵なら妨害するだろ」
カイトはがくぽを見ないまま無表情に答える。
「オレはどっちもした覚えはない」
がくぽはその言葉を受け取り、確かに、とひとり頷いた。
協力された覚えはないが、やむを得ず何かしらを促されたことならある。邪魔立てをされた覚えはないが、状況次第でルカへの行く手を遮られたことならある。
だが確かに、カイト本人の意志として、自分とルカの関係に口や手を出されたことはない。
それは彼の相方であるメイコも同様だった。いや、彼女自身の意志はもう少し協力的に感じるが、カイトの顔を立てているのと顔色を窺って、控えめにしているのが感じ取れる。
敵でも、味方でもない、と言うのならばそれは。
「…拙者に任されていると思ってよいのだな」
「アホか。任せてるのはルカだよ」
正論にバッサリ切り捨てられ、ぐうの音も出なかった。
勢い込んで調子に乗ってしまったあまりの恥ずかしさにがくぽはこの場で切腹したくなったが、カイトは取り合わずに淡々と続ける。
「お前じゃなくて、ルカの意志に任せてんの。仕事も恋愛も、あの子の好きにして当たり前だろ。オレがあーだこーだ口出すことじゃない」
「…だが実際かような事態になれば、やはりお主とメイコ殿に頭を下げるべきではないかと思うのだが」
「別にオレもメイコも、ルカの親じゃないよ。一つ屋根の下にいる家族で、仲間で、後輩ってだけ。仮にオレとメイコに頭下げるなら、ミクとリンとレンにもそうするべきだろ」
「それはそうだが」
そこまで言って、がくぽは口を噤んだ。
確かに我々ボーカロイドの関係性は難しい。いや、難しくはないが如何とも形容しがたいのが事実だ。
共通の名字や血の繋がりがあるわけではない。全員の年齢が明確なわけでもない。ただ同じ場所から生み出されたというの括りで、共に家族として生活しているだけ。それぞれの役割は自然と出来上がるが、その肩書きを堂々と誇示していいものなのかどうかは微妙なところだ。
「許す許さないとか、頭下げる下げないってのはおかしい」
カイトは、自身に確かめるように呟く。
「でも一緒に喜んでやりたいかやりたくないか、ってのは大切だと思う」
「…うむ」
「家族が本当に幸せになれる相手かどうか。それだけが、大切」
「……………うむ」
視線の先には、花と舞う幸せそうなルカの姿がある。
大いに同意しつつ、がくぽは若干複雑な面持ちになった。
今この場でカイトにそう告げられるとどうにも居心地が悪いのは、それが単なる進言であるのか、独り言なのか、よもや無言の糾弾であるのか、と勘繰ってしまうからだ。
「…我はそれに足りておるのであろうか?」
思い切って尋ねると、カイトはさあねぇ、と斜め上を見上げ、皮肉めいた口の端を釣り上げた。
「散っ々、泣かせてんの知ってるしねぇ」
「へあっ」
先ほどからカイトの繰り出す言葉の暴力のクリーンヒット率が高すぎる。がくぽは心臓の辺りを押さえ、前のめりになりながらハァハァと荒い息をついた。

1人で赤くなったり青くなったりしているがくぽとは逆に、カイトはごく冷めた様子で横目にその悪友を眺めていた。
カイトにしても決してがくぽをルカのそばから徹底排斥したいなどと鬼のように思っているわけではないのだが、なんせ悪友であるからして甘やかすのも気に喰わない。この状況は日頃の借りを返すなかなかにいい状況なので、ありがたく利用させてもらっているというだけだ。
心ならずも、ひそかにほくそ笑んでしまう。
恋の奴隷はかくもたやすく扱いやすい。あの傲岸不遜な殿様が、少しいじっただけでこの有様である。楽しいに決まってる。

「―――別に泣かせてもいいんだよ」
やがて、そろそろ許してやるか、とばかりにそう言って、カイトはくすりと笑った。その声はどことなく吹っ切れて清々しい。
ぐるぐると思考の迷路に陥っていたがくぽは、む?と間抜けな顔を上げる。
「泣かせた分、その何倍も笑顔にしてやれれば」
「……」
虚を突かれ、がくぽはカイトの横顔をじっと見た。
「…てのは、我が妹からの受け売りだけど」
その視線に振り向き、カイトは情けなさそうに少しだけ眉を下げて笑った。
「前に、オレも言われたんだよ。…メイコを本当の意味で笑顔にできるのも泣かせることができるのも、オレだけだって」
「……」
「それは多分、そうする資格があるかどうか、ってことだと思うんだけど」
「…うむ」
「オレも、お前にそう思わないこともないよ」
どこか達観したような、懐かしむような瞳を再び妹に向けて。
「ルカに関して、お前にしかできなかったことを、お前はやってくれたから」
そう言って、カイトはそっと微笑んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ぽルカ】シスター・ウェディング・コンプレックス【カイメイ】

*前のバージョンで進みます。全3Pです*

ルカ誕だ!ぽルカ!ぽルカ書くぞぉぉおヒャッホーイ!!!!!と興奮してたのに出来上がったものはルカさんがほとんど出てこないナイスのコントだった(真顔)。ルカ誕だっつってんだろおぉぉお!?

※前半がシスコン共(色んな意味で)の男子会でぽルカ、後半はなんやもう必死なカイメイです。ご注意ください…
※うちのこれまでのぽルカ要素が多少含まれております。既読の方がわかりやす…い…?という気もするので、お暇な方は【
http://piapro.jp/t/Wg6d】ここここちらから読んでみてください…

がっくんにもカイトさんにもメイコさんにも愛されてるルカさんのお話。お姉ちゃんお兄ちゃんのかわいいかわいい末っ子。無敵を誇るお殿様にとって唯一のままならない姫君。ルカさん可愛いですルカさん。お誕生日おめでとう!!

閲覧数:755

投稿日:2014/01/30 21:09:10

文字数:3,571文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました