理解不能だというようにリリィは首を振って、何で笑ってるのお姉ちゃんと怒りの声をあげた。
「そんな、笑う様な事じゃないでしょ?彼氏と別れたって、そりゃあ私たちと年齢だと大したことじゃないかもしれないけど。でも笑って話す事でもないよ。なんで、そんな風に笑ってるの?」
怒りのままに言葉を連ねたリリィに、グミは微かに戸惑った表情を浮かべた。
「え、だってそんな、ここには彼はいないから。別に暗くなる必要ないもの」
キョトンと首をかしげながらそう言う姉に、苛立ちを募らせながらリリィは、なにそれ、と言葉を重ねた。
「ここにいないからって、そんな笑っていられるものでもないでしょ?そんなへらへらしてたら、相手に失礼じゃない。それとも何?お姉ちゃん、その彼氏とは本気じゃなかったの?」
思わずそう言ってから、しまったとリリィは思った。これは言い過ぎ。本気じゃないなんて、むしろグミに失礼だ。
案の定、リリィの言葉にグミの表情が硬くなった。
「それ、あんたに言われる筋合いのことじゃないわよ」
明らかにむっとした口調でグミがそう言う。その声に、罪悪感がリリィの胸の内で広がっていく。
けれど、広がったばかりの罪悪感は、それ以前に胸の内側を覆っていた腹立ち苛立ち妬みには勝てなかった。
「そんなの、妹の私だからこそ言ってあげてるのよ。他の人じゃあ遠慮しちゃって失礼だとか指摘してくれないでしょ?」
そう皮肉な口調で言って、リリィは荒い動作で立ち上がった。悲しみと困惑を宿したグミの眼差しがじっとこちらを見上げてきた。その横で、がちゃ坊がおろおろと自分とグミを交互に見ている。
ごめん、とリリィは胸の内側で二人に謝った。なんかもう、いろいろとごめん。そう思った。けれど、もうタイミングを失って謝罪は口に出せない。表に放たれなかった言葉は苦々しい味を伴って体中に広がっていった。
「洗濯物、とりこんでくる。私、今日当番だから」
それだけ低い声で言うと、リリィはどすどすと足音を立てながら二階へと向かって行った。
―私の世界は狭くて。私はまだ知らない事だらけで、分からない事だらけだった。
小さいころはもっと狭かった。もっと知らない事だらけだった。牛乳はどうやって出来るのか、雷は何でおへそを欲しがるのか、虹はどこからやって来てどこへ行ってしまうのか。
少しだけ広がった世界の中で、それらを知る事は出来たけれど、知らない事はまだまだ沢山ある。
大人になれば知ることができるのかな。頑張れば、知ることができるのかな。私はちゃんと大人になれるのかな。大好きな人を、絶対だと思うものを、傷つけないですむようになれるのかな。
ばさばさと太陽の匂いが染みついた洗濯物を無造作に取り込み、それを抱えて階下に戻ると、果たしてグミの姿が無かった。がちゃ坊はというと、庭に出てホースで夕方の水撒きをしている。しゅわしゅわと音を立てて水を飛ばしているがちゃ坊に、リリィは縁側から外へ顔を出して声をかけた。
「…お姉ちゃんは?」
暴言を吐いたのは自分のくせに、居なくなれば不安になる。なんて自分勝手でわがままなのだろう。
そう思いながらそう問い掛けると、がちゃ坊はそのとろんとした瞳を少し不安げに揺らして、おかいもの、と言った。
「買ってくるの、忘れたの、あるんだって」
泣きだしそうな声でそうとぎれとぎれに言って、がちゃ坊はじっとリリィを見上げた。
「リリィ姉ちゃん。グミ姉ちゃんとずっと喧嘩したままじゃ、ないよね?」
その瞳同様に不安で揺れた声でそう言ってくる。その言葉に、ごめん、と今度は素直に謝ることができた。
「ごめんね、ガチャ坊。心配かけて」
そう言うと、ううん、とがちゃ坊は首を横に振った。
きっと謝られるよりもなによりも、早く仲直りをしてほしいのだろう。もう一度リリィを見上げ、がちゃ坊は水やりに戻った。何となく脱力感を感じながら、リリィはそのまま縁側に座り込み、がちゃ坊の手に寄って庭木が潤う様をぼんやりと眺めた。
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