40.最後の言葉
「……ねぇ、レン。リンと一緒に、私の家来におなりなさいな? 」
命を失う直前、抱き上げたミクは、レンにそう囁いた。
「さすが、ハクの惚れた男だわ」
レンのことを、ミクはそう評した。
なんという皮肉だろう。レンは、ハクと青の国で別れた後、もう二度と交わることのない運命だと覚悟していた。
「まさか……ハクさんがいるなんて……! 」
青の国の祭で、ともに話し笑ったハク。レンに心を許し、ミクのことを嬉しそうに語っていたハク。そのハクを、レンは全力で蹴り飛ばした。そしてハクの恩人である、ミクを、ハクの見ている目の前で刺し殺した。
「俺が、この手で……! 」
足がハクの柔らかい腹を覚えている。手が、ミクの命の感覚を覚えている。
だからこそ、失われたことが体全体で思い知らされた。
いっぱいに目を見開いてレンを見たハクの表情を思い出した。自分の名を呟いたその声も。その悲鳴と絶望の叫びも。
重い。
レンは激しく息をついた。池に飛び込んだせいで、濡れた服が肌にまとわりついて寒い。
中庭を走って回廊に戻ると、レンの着替えた控え室はすっかり何かに焼き尽くされたように破壊されていた。
リンは、うまくやったのだ。そのリンも、早く回収しないと、どうなるか分からない。緑の国の兵士たちの目は、今頃緑の国の城壁に向かっている黄の軍に向けられているだろうが、リンがみつからないとも限らない。
「どこだ、リン……」
「ここよ、レン」
すぐ背後から声がして、レンは驚き視線を巡らせる。
はたしてリンは、そのままがれきの中にいた。部屋を爆破した後、犯人を探して散らばっていった兵士と入れ替わるように、リンはがれきの中に隠れたのだ。
黒く焦げた白い石は、緑の国の山から採れるものだ。これから崩れる緑の国を象徴するように破壊された建材の中で、召使の姿のリンがそっと立ち上がった。
「レン」
月の光がリンの姿を照らしたその時、レンの目から涙がどっとあふれ出た。
「レン? 」
リンが心配して駆け寄ってくる。月に照らされた、自分とそっくりなその顔に、レンは思わず背を向ける。
「レン、」
「……」
リンがびくりと立ち止まる。レンは無言で背を向けた。その手が体の脇で固く握られている。言葉は発しないものの、寄るな、とその背が雄弁に語っていた。
「レン」
リンの気配がレンに近づく。少しのためらいののち、そっと背後からリンの手が、レンの体に回された。
レンの腹が強く引きつる。震える背中が、くぐもった呻き声を抑え込むように丸まって地面に沈んでいく。
「レン……ミクさまは、亡くなったのね……? 」
回されたリンの手に、熱い雫がぽたぽたと落ちてきた。レンの握られた拳が、回されたリンの手に触れることはついになかった。
「ごめんね。レン……」
そのままがれきにうずもれるようにうずくまるレンを、リンは包み込むように抱きしめ続ける。
「……もうすぐ、終わるから。本当にもうすぐ、すべてを終わらせるから」
ふたりの黄色の髪は、うずくまっていた場所のがれきの煤ですっかり灰色に染まっている。
リンは、レンを支えるように立ち上がり、人ごみを避けるように歩き出した。爆発と黄の軍の侵攻、そしてミク女王の安否で大騒ぎになっている王宮を抜けて、ふたりの姿は騒乱の押し寄せる夜の町へと消えていった。
続く!
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