この世界には、もう僕と君しかいないんだ。
「……今日も雨」
僕は真っ青に澄み渡った空を見上げて呟く。
「馬鹿だなぁ、晴れだよ」
「雨だもん」
「晴れですー」
ほら、と隣の君が指を指す。
そんなこと、わかってる。わかってるんだ。いっつも、こうだ。
本当のことなんて、言ったら僕は、死んでしまうから。そういう呪いみたいなものがかかっているんだ。
名前も、家族も、何もかもを失ってしまった。廃れたツルだらけの建物の柱の上で、僕たちはいつもこうして空を眺める。
「なんでいつも傘さしてるの?」
「……雨だから」
「晴れだってばー」
そうやっておかしそうに笑う君。僕は君に、二度と本当の気持ちを伝えることはできないよ。僕は天邪鬼だから。
たとえ滅びかけていても、世界っていうのは不公平なものだね。
何度も何度も、君に伝えようとしたんだ。僕は本当のことが言えないって。言うと死んでしまうんだって。僕は死ぬのが怖くて、本当のことが言えないんだって。
好き、って言おうとして、嫌いって言って。君は寂しそうな顔をした。君は、好きって言って、僕はとても嬉しかったんだ。けれど嬉しいと笑えないんだ。だから僕は泣いた。たくさん泣いた。たくさん笑う代わりに。君は悲しそうな顔をした。嫌だった?ごめんね、って。
どうして僕は、こんなにも嘘つきなんだろう。
(君が好きなんだ。大好きなんだ。)
「君が嫌いなんだ。大嫌いなんだ。」
君に思いを伝えようとすればするほど、君を傷つけていくから。僕は君に思いを伝えようとは思わなくなった。
でも君は、僕を嫌わずに話しかけてくれる。僕はそれに、いつまでも応えられずにいる。死ぬのが怖いから。僕は、 「天性の弱虫」 だね。
ふと気づいたら、右ももに何か書いてあった。木漏れ日の中、目を凝らしてみると
「2」
って書いてある。
「ねぇこれ何?」
君をつつく。数字を見せようとして指を差すと、君は少し顔を赤くして「え、うわちょ待」って少しあわてたみたい。何を考えたのか僕にはわからないけど。
結局わからなかったから、そのままボロボロの寝床に戻って、二人でうとうと朝を迎えた。
*
起きたのはもうお昼近かった。隣に君はいなかった。ご飯の材料を採りに行ったのかな。
「……増えてる」
嘘。
ももの数字が、「1」になっていた。
――いやな予感がした。
「残りの……日数」
昨日が、”何かが起こる”2日前で、今日は1日前なんじゃないか。
”何”が起こるのか。僕には直感でわかっていた。
僕は今日1日で、消える。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
自分の本能が警鐘を鳴らす。心臓はうるさいほど音を立て、体中から嫌な汗が滲んでいた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない…
僕は消える。君は消えない。
僕が消えた後も、君はいつものように空を眺めているのかな。君はこれからも未来を進んでいくけれど、僕はきっと消えたまま、止まったまま、どんどん離れていってしまうんだ。
そんな隙間を、何で埋めたらいいんだろう。
僕が消えてしまったら、僕の思いはどこへ行くの?僕の伝えられなかった本当の気持ちはどこに捨てていけばいいの?
そんな宛ては、あるわけがないんだ。君しか。
「今日は晴れだ……」
*
雨音の中、僕は走った。久しぶりの雨に、歓喜する植物たちのツルをすり抜けて、ボロボロに崩れた建物の中を。
「おーい!おーい!」
名前もわからないから、おーいって叫びながら走るしかなかった。
日が、傾きかけてる。
今日が終わっちゃう。最期の日なのに。最期の日なのに。
「!」
君はいつもの柱の上にいた。やっと見つけた。やっと。もう日が暮れて、すっかり夜になっていた。
「あ、見つけた!何やってたんだよもう」
笑いながら歩み寄ってくる君。僕はその顔を見たとたん、笑顔になった。僕は今、とても泣きたいのに。ああ、天邪鬼だ。
ぎゅっと、力強く抱きしめる。
君は、声も出ないくらいびっくりしているみたいだった。僕ははじめて、人のぬくもりを感じた。もうすぐ消えてしまうのに、なんてのんきなんだろう。
「ねぇ」
小さい声で、君を呼んだ。
どうせ、消えてしまうなら。最後に本当の気持ちを伝えたいよ。
(君のことが、好きだって)
日付が、変わった。
「君が、大好きだよ」
僕は、消えなかった。
おまけ*
「まだ、待つよ」
「……もう待たなくていい。君にちゃんと、伝えられたから」
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想