「おなか……減った」
眼前に見えるのは大きな屋敷。
大きな大きな冷蔵庫……じゅるり。
屋敷の片隅で俺は体育座りをする。
「お前が次期当主だぞ。あとは頼んだ」
そう言って父と母は世界一周旅行に行ってしまった。
ここは、除霊を生業とする一族の屋敷。
俺はその十三代目に当たる。
父と母が言うには、俺には才能があるらしいのだが。
出来ることと言ったら、霊力を込めたパンチを込めるだけ。
父のように霊力で火を出せるわけではなく、母のように霊力で氷を出せるものでない。
たったこれだけしか出来ない。
そんな俺に、最後の頼みの綱と言わんばかりに、呪われた道具が屋敷に届いてくる。
一応蔵にしまっておくけど、今日は一つだけ挑戦することにした。
大きな庭に一つのテーブル。
その上には、土鍋が置いてある。
その土鍋は禍々しい黒いオーラを放っている。
今日、俺はこの土鍋を浄化する。
鍛えたわけではないパンチ。霊力を伴ったパンチ。
これで、この呪われた土鍋を浄化しなくてはいけない。
俺の脚は緊張で震え始めた。
今日は、俺一人で浄化しなくてはならない。
父や母の助けを借りず、一人だけで浄化。
もし凶悪な邪念だったらどうしようか。
もし……。
いや、考えていたら終わらない。
やるべきだ。
「?」
なんか家のほうが騒がしい。女中さんたちになにかあったのだろうか。
まあいい。集中しよう。
俺はテーブルに近づいた。
「やるぞ!」
俺はこぶしに霊力を込めて少し強めに殴った。
土鍋の黒いオーラが消える。
……やったか?
突如、土鍋から黒い霧が現れて、女性のような人型になった。
「う、うわああああ」
俺はすぐさま後ずさる。
やばい。俺には対処できない類だ。
このままじゃ!?
そのとき、
「♪」
バラードの歌だ。
その歌に、黒い霧は硬直する。
俺はその歌の主を探す。
屋根には、巫女服を着た緑のツインテールの女の子がいた。
彼女は少し歌ってから、
「殴るんじゃだめ。撫でてあげるの」
彼女はそう言った。
俺は自分のこぶしを眺め、考える。
父と母は、道具にこもった邪念を道具から追い出して浄化する。
このスタイルしかないかと思っていた。
でも、彼女が言うスタイルでもいいのではないか?
また、足が震える。
「勇気を出して。そっとやさしく撫でてあげて」
俺はどこの誰かか分からない彼女に従って、硬直した黒い霧に近づいた。
そして、土鍋を、やさしくやさしく撫で回した。
「あ」
その声は、ほっとしたような声だった。
やさしく撫でて行く。
すると、土鍋の黒い霧が光に包まれて、霧散していく。
「あんたは癒すのが得意みたい」
彼女はどこからかお皿を持ってきていて、その上にあるサラミを食べながら言っていた。
撫でること五分。
土鍋に篭っていた邪念はすっかり消えうせ、単なる土鍋になっていた。
「ごちそうさま」
彼女もサラミを食べ終えている。
「さてと」
「あ、ちょっと、ま」
「そいつはどろぼうよ!」
かっこよく去ろうとしたその巫女は屋根でずっこけて、庭に落ちた。
「許さないわよ」
女中さんにこんなに感謝したのは初めてだ。
「巫女の武者修行?」
「そうよ。ここ、迷い家かと思っていたのに」
その巫女は女中さんにこってりしぼられてげっそりしていた。どうやら女中さんが機転を利かせて住み込みで働くことになったらしいこの巫女は、初音ミクというらしい。
なんでも、遠いところから来たみたいで、ずっと旅をしているみたいだ。
迷い家を襲っては食いつないでいたみたいだが、とうとうこの屋敷で……らしい。
ほんとに迷い家だけなのか!?
それで今回御用となり、住み込みで働くことになった。
「あんたも除霊師なのね」
ミクが品定めするように見てきた。
「ああ、そう、かな」
「いいわよ。面倒見てあげる」
「高級サラミ、生ハム、九条ネギ……」
「分かった! ちゃんと教えるから!」
ミクは怒ったように言った。
そこまでは責めてないんだけど。
手を持て余したミクがチラチラと見る。
そこには神棚があって。
ミクが目に留めたのは、父から触るの厳禁された細工された箱だった。
父が言うには、危険なルービなんとからしい。
それを……
「あ、おい。むやみに触るな」
ミクはそれを手に持って、細工で遊び始めた。
「なにこれー……あ」
俺はそれを奪い取り、神棚に戻そうとしたところで、
「「うっ」」
二人して吐血した。
お腹が痛い。
猛烈にいたい。
「これ、呪物のようね。しかも、高度な」
「くっ」
激痛にゆがむ俺たちの顔。
「もうしょうがないわね。除霊始めるわよ」
大半はお前のせいだろうが。
父でさえ浄化が困難で置いていたものを、俺たちでなんか無理だ。
「うう、いたくて歌えない」
頼りにしていたミクが、お腹が痛くてのた打ち回る。
俺はすぐさま先ほどと同じように、箱を撫で回すと、急速に腹痛がなくなっていく。
そして、箱から解き放たれていた邪念が急速に消えた。
ミクはすぐさま歌を歌う。
すると、箱は次第に震え始め、それから
突然小柄な鬼が目の前に現れた。
腹痛は治まっている。
こいつはいったいなんだ?
しかも、ミクの歌が効いている様子はない。
「あの糞ヤロウの子供っと言ったところか」
「お、お前はだれだ」
「この女は知らんがな」
「俺か……そうだな。鬼だ」
見れば分かる。
「良いこと思いついた」
すると、鬼はおもむろにミクへ顔を向け、凄んだ。
「ヒッ」
「呪っといた」
「な、何~をした~のよ!」
ミク!?
「お前はこれから、歌うようにしか話せないようにした。もし治したくば、俺を倒しに来い。音神社の娘よ」
「ま~さか、おまえ~」
ミクは何かに気がついたように、鬼に手を伸ばす。
それを、鬼はひょろりとかわした。
「待ってるぞ」
「まてええええええ~~~~~」
音神社ってなんだよ!
箱は空中に浮き上がり、窓を突き破る。
俺は追いつけず、あとに残るのはぐちゃぐちゃになった部屋だった。
「み、ミク?」
「一緒に~、いく~わよ」
ミクは俺の手を握り締める。
震えている手。
俺はそんな彼女を見て、覚悟を決めた。
「ぜったい見つけよう」
「うん♪」
ミクの言葉を取り戻すため。
これが、俺とミクの出会いと旅の始まりだった。
END
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