61.白ノ娘、悪ノ娘

 星明りを頼りに、ハクはリンを散々探した。
 そしてついに、まだ夜の明けきらぬ青い闇の中で、ハクは浜辺にたたずむリンを発見した。

「リン……! やっと見つけた……!」

 一瞬子供たちに囲まれて笑顔をみせるリンが脳裏をよぎったが、腹の底から燃え上がる恨みと怒りの炎がそれを吹き消す。
「やっぱり……!」
 ハクの手が、服の下にくくった短剣に伸びた。
「やっぱり、許せない……!」

 ハクをヨワネの町から救いだし、初めて居場所を与えてくれた、ミク女王。
 ハクにとって誰よりも大切だったその人を、殺せと命じた本人がここにいる。
 青の国で初めて出来た友だちに、ミク女王を殺させた本人が、ここに居る。
 ハクに対して遠慮なく接してくれた、ハクを何度も助けてくれたネルが、無残な最期を遂げるきっかけになった、黄の国の、緑への侵攻。
 それを指揮した人間が、今、まさに、自分の目の前に居る……!

 ハクの手が服にすべりこみ、その鞘をあっさりと抜き放った。
 夜の闇の中に、白刃が輝いた。

「!」

 と、『悪ノ娘』が動いた。気付かれたか、と身構えたハクだが、彼女の視線はまっすぐに海へ向いていた。
 白い波が闇の中にちらつく海へ、彼女は、砂浜を一歩踏み出した。
 その唇が、小さく小さくつぶやいていた。

「もう、いいよね、レン……」

 ハクの理性が、この瞬間怒りに吹きとんだ。同時にその言葉がリンが『女王リン』だと最終的にハクに確信させた。
 レンを知っており、罪悪感を抱える、リンという娘。そんな『リン』はこの世にただひとりだ。

「待ちなさい! 『悪ノ娘』」

 ハクの呼び掛けに、『リン』はゆっくりと振り向いた。

         *         *

「待ちなさい! 悪ノ娘!」

 その呼びかけに、リンはゆっくりと振り向いた。

「ハク……」
 リンは、目をわずかに見開き、そしてふっと眼を伏せた。
 ハクの瞳は、暗闇でも感じるほどに、怒りに燃えていた。

「悪ノ娘。大人しく死なせなど、しないわ」
 ハクの握った刃が、星明かりに禍々しくきらめいた。

「……そうでしょうね。貴女はわたくしを、恨んでおいででしょうね」

 リン自身も、ハクと再会したときは驚いたのだ。まさか、行き倒れた教会が、彼女の故郷のヨワネだとは思わなかった。
 黄の国を、民の幸せを願い、黄の民自身のものへと導いた事と、レンやその黄の民自身を不幸にしてしまったこと。
 その葛藤に耐えかねて逃げ出した先に、なんと、ハクがいるとは。
 しかも、青の国で、知り合って間もないはずのレンの怪我にさえ動揺していたハクが、存外にしっかりと生きていることに、リンは驚いたのだ。ハクは、ミク女王という大きな心の支えを失ったはずなのに。

 女王お抱えの刺繍職人にして第一の付き人だったハクと、ミク女王の関係を、リンはミクの葬儀を行うときに、緑の国の市長たちから聞いた。市長を代表することになるツヒサも、他の市長たちも、ハクとミクの関係を、主従を越えた親友だと評していた。
 だからこそリンは、ハクにミクの葬儀でのあいさつを頼み、同時に、二度と会いたくないと願ったのである。ハクからミク女王を奪ったこと。それは、自分からレンを奪うようなものだろうと、リンには容易に想像がついたからだ。

 そのハクが。ミク女王の支えで生きていたハクが、五年たった今、滅びかけた工芸の町を復活させようとしていた。子供たちに囲まれて、強く生きていた。
 なんと、自分とは違うのだろう、とリンは思った。
 自分は女王だと気張って、結局の所レンを死なせた自分は、そのあと一体、何をしてきた……?

 リンは、微笑んだ。

「そういえば、なにもしていなかったわね」

 ただ、生きていただけだ。レンに言われたから、ただ死なずに、機械的に笑っていただけだ。

 ハクの握りしめる白刃を見て、リンの心は不思議に落ち着いた。
 ついにこの時がきたのだと思った。真白な髪の彼女が握る刃は、天使からの断罪に見えた。

「悪ノ娘と呼ばれた娘に、相応しい最期かもしれないわ」

 恨みの刃を受けて死ぬ。そうしたみじめな最期が、女王ですら無くなった、ただの娘には相応しい。

 ハクが一歩、リンに向かって間合いを詰める。
「私、ずっと気づいていたのよ」
 ハクはリンに向かって告げた。
「あなたが、悪ノ娘じゃないかって」
 ハクが、ぐっと短剣を握りなおした。
「でも、もう違うのだと思いたかった。教会で行き倒れて、言葉を失うほどに弱くて、子供たちに囲まれて、笑顔をみせる。
 あなたは、もう、聡明な『王女リン』でも残忍な『女王リン』でもない。もし本人であったとしても、生まれ変わった別の人だと」

 ハクが、さらに一歩リンに向かう。
「でも、無理だわ」
 ハクが、足を踏み出す。ギュッと砂が鳴った。
「貴女がミクさまを殺し、ネルちゃんを死なせ、……あなたが生きているということは、レンも……あの歌の伝説どおりに身代わりにしたんでしょう!」

 ハクの瞳に涙が閃き、次の瞬間、ハクは砂を蹴った。一気にリンにつめよった。
 ハクに見えるのは、黄の女王、リンだ。

「今度こそ……」

 あの時。すべてが変わってしまった五年前。
 黄の女王が、ミク女王と、真夜中の緑の王宮で会見したときも、自分はこうして短剣を構えて、レンの扮する『女王リン』めがけて走った。
 ミク女王を守るために。

「今度こそ絶対……」

 ハクの怒りと恨みが、うねりを上げてリンに叩きつけられる。ミクから託された短剣が、ハクの心を加速させた。

「今度こそ絶対、外さない!」

 ハクがするどく白刃を引いた。必殺の構えを、リンは身を引くこともせず、まっすぐに見つめていた。

 これが、黄の女王の業だ。
「最後に言いたいことがあったら聞いてあげるわ!」
 ハクが言い放ち、刃を振りかぶる。

「今まで……」
 リンの唇が動く。

 死を前に、リンの思いが紡がれた。レンが死んで、しばらくは悲しかったが、新しい生活を始めて、楽しいこともあった。心から笑った時もあった。

「今まで生きていて、ごめんなさい」

 その瞬間、わずかにハクの刃がぶれた。

         *         *

……つづく。

ライセンス

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悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 61.白ノ娘、悪ノ娘

誰かを失ったことは、一生忘れない。それは、ごく当たり前のこと。ハクは、ヨワネを復興しつつも、きっと失った三人の歳を数えて生きている。だから、強い。過去が隣に居る人は、良し悪しはともかく、強い。

明るくまっすぐな王女リンの悪の始まりはこちら↓
悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ娘・悪ノ召使二次・小説】 1.リン王女
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閲覧数:416

投稿日:2011/03/19 03:15:37

文字数:2,618文字

カテゴリ:小説

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