第五章 緑の国 パート3
本来ならば国賓として迎え入れなければならないカイト王の突然の来訪ではあったものの、今回はお忍びという立場をとっている為に盛大な出迎えは控えることになった。それでも相手は大国の国王。無下に扱える訳もないというミクの判断により、自ら緑の国の王宮を囲む内壁正門まで出迎えることになったのである。傍に控える人物はハク。ハクにとってカイト王は初対面となる。一体どのような人物なのだろう、と考えながらハクはカイト王の到着を待った。初夏のさわやかな風を感じながらミクと共に待つこと数十分、目的の人物は唐突に現れた。最低限の従者だけを従えたカイト王は青みがかった黒髪と、同色の瞳が特徴の優男であった。
「お出迎え頂けるとは、感激の極みです、ミク女王。」
緑の国王宮内壁正門を越え、ミクの姿を見つけたカイト王は自ら騎乗していた馬から降りると、清潔感のある笑顔を見せながらそう言った。
「この様な小国に訪れて頂けるなんて、光栄ですわ、カイト王。」
ミクはその様に告げて丁寧な会釈を見せた。その表情に違和感を覚えた人物はハク一人だけだっただろう。少し、わざとらしい笑顔。そのミクの態度に不安を覚えながら、ハクもミクに続いて、両手を前に組んだ状態でカイト王に一礼をした。緑の国を訪れてから一番初めに叩きこまれた最敬礼のやり方だけはもう完璧にこなせるようになっている。
「女官を増やされたのか。初めて見る顔だね。」
ハクが再び面を上げると、カイト王は少し興味を持った様子でミクに向かってそう訊ねた。
「ハクと申しますわ。私が野狩りに出た際に世話になり、召し抱えることに致しました。」
ミクはカイトに向かってそう告げた。ハクは黙したまま、今一度会釈を行う。
「ミク女王もなかなかのじゃじゃ馬でいらっしゃいますね。野狩りに出かけられるとは。」
嫌味を感じさせない丁寧な口調でカイトはそう言った。
「女と言って戦の訓練を怠る訳にはいきませんから。」
「それは頼もしい。ミク女王の剣技を一度目に留めておきたいものだ。」
カイトはそう言って微笑む。それにつられてミクも一応の笑顔を見せた。その時、ハクはカイト王の隣に控える、ハクと同じような白髪を持つ少女に気が付いた。ミク女王と同じように後頭部の割合高い位置で足元まで届きそうな白髪をツインテールにした、褐色の肌を持つ少女である。瞳は深夜の様な深いダークパープル。そして、全てを射すくめるような強い視線。そして、腰には銀色に輝く長剣。
その表情を見た瞬間、ハクは心が凍るような気分に陥った。まるで肉食動物に狙いを定められた哀れなガゼルのような気分を味わう。その少女に、ミクも気が付いたのだろう。褐色肌の少女を一目見て、息を飲む気配がハクにも伝わって来たのだ。
「カイト王も、従者を増やされたのですか?」
ミクは僅かに緊張したように、カイト王に向かってそう告げた。どうやらミクさまもこの褐色の少女と対面するのは初めての経験らしい、と考えながら、ハクはカイト王の言葉を待った。その緊迫した気配を打ち消すような爽やかな声で、カイト王はこう答えた。
「ああ。彼女はアク。腕が立つので護衛に雇った。」
そのカイトの言葉に対しても、アクは無表情のままである。動作と言えば一つ瞬きした程度か。空気が沈滞する。まるで長く置いていた紅茶の様に、地面の底に雰囲気と言う茶葉が沈んで行くような気分をハクは感じた。その空気を払うように、カイト王が言葉を続ける。
「少し無愛想であることが問題と言えば問題だがね。」
その言葉に我に返ったように、ミクは何度か瞬きし、それからカイト王に向かってこう告げた。
「構いませんわ。では、昼食の席を設けておりますので、王宮にご案内致します。」
ミクは重苦しい空気を打ち払うようにそう告げると、カイト王を促して王宮正面玄関へと向かって歩き出した。その後ろにカイト王が続く。その後ろ、ハクはアクと並んで王宮へと向けて歩き出した。
贅を尽くした昼食会が終わると、カイト王はミク女王を散策へと誘いだした。それに一つ頷いたミクはカイト王と共に庭園へと散策へ向かう。季節の木々が溢れる王宮庭園は緑の国王宮の東側に用意されている。ハクが好きなハルジオンの季節は終わってしまったが、今の時期なら丁度薔薇が咲き誇る時期だろう、と考えてから、ハクはこの後どうしようか、と考えた。昼食時に使用した銀製の食器や高級陶器の後片付けも全て終了した。王宮三階にある、今昼食を取ったばかりの貴賓室に残された人物は二カ国の従者連中だけである。彼らをおもてなししない訳にはいかないか、とハクは考え、紅茶でも淹れようと考えた。確か、昨日購入したセネガル産の茶葉がまだ残っていたはずだ、と考え、一旦自室へと戻る。二階の一番奥の自室まで戻るだけで数分の時間がかかってしまうが、それでも何もしないよりはましだろうと判断したのだった。そのハクが紅茶瓶を手にしてようやく貴賓室に戻った時、貴賓室は閑散としていた。大テーブルの上に敷かれた白いテーブルクロスが嫌に目に映る。残っている人物は一人だけだった。褐色の少女、アクである。
その時点でハクはもう一度考えた。他の従者連中も散策に参加したのかもしれない。では、何故アクだけが残っているのだろうか。先程感じた息の詰まるような気配を思い出し、ハクは躊躇ったが、アクは無感動な瞳でハクを見つめている。ここで踵を返す訳にもいかないと考え、ハクはアクの着席している席に近付くと、思い切ってこう声をかけた。
「アクさま、皆様はどちらに向かわれたのでしょうか。」
ハクのその問いに対して、アクは変化の見せない瞳でハクを見つめてから、短くこう答えた。
「知らない。」
予想よりも透き通った声質にハクは多少の驚きを感じながらも、こう言った。
「ではアクさま、紅茶でもお召しになられますか?退屈でいらっしゃいますでしょう。」
その問いに関して、アクは僅かに首をかしげた。そして、こう答える。
「頂く。」
「では、ご準備致します。」
ハクはそう告げると、紅茶の準備の為に一旦貴賓室を後にした。アクの姿が見えなくなった瞬間、何かに安堵し、深い溜息を吐く。ただ会話をしただけなのに、酷く疲れた。それはアクの言葉が淡々としていたという理由だけではない。一目見た時から感じている、何かを切り裂くようなアクの視線を受けているだけで、まるで戦を経験したかのような疲労を感じたからであった。そうしてハクが一旦廊下に出て、貴賓室の隣に用意されている調理室に入室しようとした時、背後から声がかけられた。
「あいつ、何者だい?」
聞きなれた声に安堵して振り向く。ネルであった。あいつ、が誰を指しているかはハクでも容易に想像が付いた。アクのことを言っているのだ。
「分かりません。カイト王は護衛と仰っておりましたが。」
「護衛ねえ。」
そう言いながらネルは腕を組んだ。訝しげな表情で考え事を始めた様子だった。そして言葉を続ける。
「王宮の端にいても勘付かれるような強力な殺気を惜しげもなく放っているものだから、暗殺者かと思って来てみたのだけど。」
「暗殺者、ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、ハクは口内が乾くような気分に陥った。確かにアクと対面している時に感じる雰囲気は暗殺者と言う表現が的確であるように感じた為である。
「そんな表情しないで、ハク。別にすぐに戦いになる訳じゃないさ。カイト王の付き人なのでしょ。」
どうやら余りに深刻な表情をネルに見せていたらしい。ネルは緊張を和らげるような笑顔を見せてそう言った。確かに、今すぐ戦いになると言うことは無いだろう。とにかく、あたしは約束した紅茶を入れなければならないわ、と考え、ハクはネルに一つ会釈すると調理室へと入室した。
「こちらの方は随分と暑くなってきましたね。」
庭園に出ると、午後の強い日光に向かって僅かに眉をひそめたカイト王がミクに向かってそう言った。確かに青の国の王宮から見れば緑の国の王宮はかなり南方に位置している。自然と気温が青の国よりも高温になりがちなのである。
「この日光のおかげで、ここにある花々が可憐に咲き誇るのですわ。」
カイト王から一歩引いた位置を保ちながら、ミクはそう言った。今は丁度庭園が花盛りの頃である。煌めく木々の葉に加えて、薔薇、百合、マリーゴールド、ポピーなど、花の名称を羅列してゆくときりがない。全ての色が集合しているかのような庭園の中を、カイトは物珍しそうに眺めていた。それぞれの花の特徴を上手い具合にブレンドさせたような豊かな香りが二人の嗅覚を存分に楽しませてくれる。
「やはりミク女王も花はお好きなのかな?」
不意に視線を草木から離したカイトは、唐突にミクに振り返るとそう言った。
「これでも女ですから。」
無難に、ミクはそう答える。
「それは困りました。何しろ、俺の王宮は質素剛健を維持する余り、色に乏しい。」
「男らしさだと感じますわ。」
一体カイトは何を言い出すつもりだろうか、と考えながらミクはそう答えた。
「ミク女王は本当にお優しいお方だ。」
目元を緩めたカイトはそう言った。
「お褒め頂き、恐縮です。」
「ところでミク女王、俺のお手紙はお読みいただけたかな。」
緩めた目のまま、カイト王は唐突に核心を突く質問をミクに向かって投げかけて来た。その問いを受け取り、さてどう投げ返すものか、とミクは思案する。確かに手紙は読んだ。そして求愛を受けている。カイト王にとっての最良の答えは私のイエス。最悪の答えは私の拒絶。そう考えながら、ミクはこう答えた。
「お言葉は非常に嬉しく思いますわ。」
「では。」
あくまで落ち着き払った様子で、カイト王はそう言った。もう少し欲深い男ならあしらい方もあったのに、と思いながら、ミクは言葉を続ける。グミが進言した通り、今日はカイト王をかわし続けることが肝要だった。
「今は国際状況が安定しておりません。お答えするには時期尚早ですわ。」
「確かに、黄の国の大飢饉以降不穏な気配がミルドガルド大陸に流れておりますね。」
カイトは一つ頷くと、その様に述べた。ミクは敢えて口を閉ざす。暫くの沈黙の後、カイトは再び口を開いた。
「黄の国の反応を恐れているのなら、ご心配は不要です。」
まさか自らそのことを口に出すなんて。ミクは心底不信に感じながら、カイト王に向かってこう述べた。
「不安にもなりますわ。カイト王とリン女王の仲はミルドガルドの全ての人間が存じ上げております。」
ならば、敢えてこちらから本論を問う。ミクはそう決意して直接的にカイト王に向かって言葉を放った。その言葉を受け流すようにカイトは一つ笑顔を見せ、そして応える。
「今の黄の国には、自国を防衛するだけの戦力を有しておりません。おそらく、今年中には国庫が尽きるはずだ。そうなれば戦どころではなくなるでしょう。大陸最強の国家という称号は最早過去のものになっているのですよ。」
「お耳の早いことですね。」
いつの間にそこまでを調べ上げたのだろう。青の国の持つ情報網に心底驚愕を覚えながら、ミクはその様に答えた。黄の国の財政が芳しくないという情報は当然ミク女王の元へも入っているが、そこまで逼迫しているという情報は未だ掴んでいなかったのである。
「俺と貴女との仲を公表するのは来年になってからでもいい。その頃には黄の国は国家として成り立たない程の打撃を受けていることでしょう。残念ながら、リン女王は内政という概念をお持ちでは無い様子ですからね。」
今度は冷たく、カイトは言い放った。その言葉に含まれている、憎しみよりも憐れむ声質に、ミクはこう答えた。
「そこまでの情報をお持ちなら、黄の国を救済する術を考えるべきではないでしょうか。ミルドガルド一の大国である黄の国の内情不安はすぐにミルドガルド大陸全体に波及致しますわ。」
「無駄でしょうね。何しろ黄の国にいる敏腕内務大臣であるアキテーヌ伯爵が手を焼いているのです。リン女王は正直に申しまして何もしなくてよい。アキテーヌ伯爵に一任するだけで黄の国はたちどころに元の強国としての立場を取り戻すでしょう。しかし、それがなされていない。何故だと思いますか?」
アキテーヌ伯爵の名声はミクも耳にしている。確かに、内政手腕ではミルドガルド一の称号を与えても遜色のない人物であるだろう。その人物が何故。その様に思考し、或いはと思いついた思考はミクの心を急速に冷やしていった。
「リン女王が暴政を行っている、ということですか?」
「そうです。最も、リン女王には暴政をしているという自覚すら無いでしょうけれど。」
「どのような意味でしょうか。」
「リン女王はただ、自身の望むままに生きているだけなのです。女王としては失格ですね。」
カイトはそう言って、冷めた瞳で嗤った。返す言葉が見つからず、息を飲み込んだミクに向かって、カイトが言葉を続ける。
「俺と貴女なら、ミルドガルドをもっと平和で住みやすい大陸にすることだって可能であるはずだ。」
ミルドガルド大陸の統一。カイト王の狙いはそれか、とようやく思い当たったミクは苦し紛れの様にこう答えた。
「私には荷の重すぎる申し出ですわ。」
「貴女の力なら不可能ではないと思いますが。」
再び元の優しい笑顔に戻ったカイトはミクに向かって更にそう告げた。どう答えたら用意のだろう、と一瞬悩んだミクに向かって、カイトは何かに得心したように頷くと、言葉を続けた。
「勿論、返答を急いでいる訳ではありません。そうですね、次回お会いする時までにお返事を頂けませんでしょうか。」
「次回、と申しますと?」
「遊覧会の折になりますでしょうか。今年の主催国としてお忙しいとは思いますが、遊覧会の際に暫くの時間を俺に頂ければ幸いです。」
遊覧会。それならばもう一カ月しか時間が残されていない。それまでに的確な対処法が見つかるのだろうか、と心底不安に陥りながらも、ミクはようやくこれだけを述べた。
「考えて、おきますわ。」
ハルジオン⑮ 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第十五弾です!」
満「また新キャラ登場だ。」
みのり「アクって女の子だよね?オリキャラなの?」
満「違う。これは『闇音アク』という、ミクの派生キャラだ。イラスト原案はXai様が行っている。というかピアプロで公開されてる。」
みのり「そうなんだ。知っている人いるのかな?」
満「知っている人はいると思うぞ。」
みのり「レイジさんは良く知っていたね。」
満「実は知ったのはほんの数時間前だけどな。」
みのり「ほえ?」
満「実は『ハルジオン』の次に続くある作品、まあこれがレイジが一番書きたかった作品なんだが、この作品の中で急遽暗殺者役が必要になり、慌ててピアプロ内のイラストを調べたところ発見したという訳だ。」
みのり「ふうん。まだ『ハルジオン』すら書き終わる目処がたっていないのに・・。」
満「無茶するのが好きなんだよ。」
みのり「そう言えば、緑の国の王宮もモデルがあるのよね。」
満「ああ。城下町は本文記載のある通り京都市、王宮はヴェルサイユ宮殿を一応モデルにしている。」
みのり「ヴェルサイユ宮殿なんて、レイジさん行ったことあるの?」
満「無い。というかあいつは海外に出たことが無い。京都は何度も行っているが。」
みのり「じゃあどうやってモデルに?」
満「必死でググって、写真を見たイメージで書いているから、多分実際のヴェルサイユ宮殿とは全く異なる記載をしているはず。」
みのり「ふうん。なんだかググってばかりだけど、とにかく次回作もお願いします。今日次回投稿出来るかな・・?出来なければ来週になりますね・・。出来るだけ頑張ってもらいましょう☆」
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ゆるりー
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