ホップステップで踊ろうか。

   
       *


――今日は授業を抜け出してきた。


開け放たれた窓からは相変わらず夏を感じさせる暑い日ざしが差し込み、階段を一心に見つめる少女の首に突き刺さる。しかし、少女はそんな事気にしても居ないようだった。
生暖かい風が入ってきて、髪を揺らす。
近くにある教室郡からは、規則的なチョークの音と、静かな空気が流れていた。
―これから私は、あの階段の向こうへ。
何ともいえない感情が心の中で渦巻く。自分はこれからいけない事をするような緊張感と、ここから解き放たれる高揚が入り混じる。握り締めた拳の中は暑くて、額から首へと汗が流れ落ちた。
少女はスカートのポケットをごそごそと探ると、淡いピンク色の携帯を取り出した。本当は持ってきてはいけない代物だが、こっそり校則を破って持ってきているギャル軍団などをよく見かける。


「私と一緒にこの世から解き放たれませんか?」

これが本当なのか冗談なのかは分からないが、何故かどうしようもなく少女は惹かれて、そして書き込んでしまったのだ。

内容は簡潔なものだった。

「私、一緒に行きます」

それからのレスには、集合場所や集まる日時等が書かれていて、そして最後に携帯上の「自分の仲間」はこう締めくくった。

「ここで終わりにしましょう」

それはレスの締めくくりなのか、それとも二人の人生の締めくくりなのかは分からなかったが、それが本当に最後だった。それからそのスレは消され、今では何事もなかったかのように掲示板は楽しい雑談に溢れている。

―全然良いことも無いし、この手を引いてみようか?

だから少女は、そのレスの手を引いた。
全然良いことの無い人生を、彼女も送ってきたのだろうか。
そう思ってしまったから。

少女は駆け出した。まるで何かが吹っ切れたように。
―ああ、すべてが輝いて見える!
歓喜に頬の肉が緩み、彼女の顔には所謂「笑顔」が浮んでいた。
いつもならうざったい日差しが。
爽やか過ぎて嫌になる青空が。
五月蝿い小鳥のさえずりが。
纏わり着いてくる制服の感触も。

すべてが今の少女には輝いて見えたのだ。

散々躓いて苦悩し続けたダンスを、最初はあそこで踊るなんて呆然に目が眩んだ。でも後一押ししてくれれば、私はいける。

少女は今そんな、一つ肩をたたけば落ちてしまいそうな危うい位置に居た。だからこそ、この提案は魅力的で。

開け放たれた屋上の扉から、小鹿の様に勢い良く少女は飛び出した。

「……」

たった数十段の階段だったのだが、少女は全力で駆け上がったせいか息が上がっていた。そして、彼女の数メートル前には不敵に微笑む「彼女」。

「―待ってたわ」

ピンクのふわりとした髪を靡かせて、憧れを通り越してゾッとするほど整った顔を此方へ向けた表情は、感情の読めない笑顔の仮面が張り付いていた。彼女は髪を雲に負けないほど白い手で梳くと、スラリと均整の取れたスタイルに纏わせた長めのスカートを翻し、ブーツの音を響かせて少女へと近付く。―彼女はまるで人形のようだった。感情を持たない人形。偽の笑顔の仮面を貼り付けて、人を惹き付けて離さないのだ。


『キャハッハハハ』

―奴らの汚い笑い声が、少女の頭の中にリフレインして仕方ない。傷付けられた机が、殴られた痣や傷が、ズキズキと痛みをぶり返した。
甲高い声が埋める教室。最低な意味を渦巻いて。
―私はただそれに耳を塞いで耐え続けるしかなかった。
視界が滲む。
息が荒くなって、思わずコンクリートへしゃがみ込んだ。耳を塞いで、ガンガンと鈍痛を繰り返す頭を憎みながら。

しかし人形の彼女は、彼女の目線までしゃがみこんで、優しい微笑みを向けたのだ。初対面の、一介の女子高生に。顔も見えないまま携帯で知り合った少女に。

「もう苦しまなくて良いのよ」

まるで、母親が子供を諭すように優しい響きが、少女の心を満たした。
「貴方は、異端でいいの」

豊満な胸に、彼女は少女の顔をうずめさせた。少女は声を殺し、人形の彼女の背に腕を回して、そして泣き始める。
―人形の彼女は、依然として表情を変えなかった。
「なぜ、人は繋がりたがるのでしょうね。」

少女に語りかけるように。彼女は出会ったときの様な不敵な笑みを顔に浮かべて、彼女の半袖から除く華奢な腕に刻まれた傷痕を見つめた。
(……もうすぐ、壊れる)

少女は、彼女の本心も、彼女の思惑も知らなかった。
「顔も合わせずに毛嫌う意味を…探しても探しても見付からなかった。貴方は異端だったから、普通の人間の感性を持ちあわせていなかったわ」


「え、美玖(みく)?あぁ、あの根暗女?え?何であたしがアイツと仲良くしてるのかって?だってぇ、アイツと仲良くしてたら先生受けよくなるし?引き立て役にも便利だし」

はにかみながら、そんな暴言を吐ける友人達が、信じられなかった。

見てみぬふりをして目を伏せながら、私が虐められるのを楽しんでいるクラスメイト達が、許せなかった!

嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああ。

色んな感情がごちゃ混ぜになって押し寄せた。
そしてそれを、少女は彼女に吐き出した。

「愚か。あなたを虐めた奴らは愚かだわ」

そんな支離滅裂な少女の叫びにも、彼女は動揺も物怖じもせず微笑んだ。

「ねえ、どうせならここから飛び降りない?」

くるり、とまるで子供の様に両手を広げて、彼女はこちらを見てまるで玩具を買い与えられた幼い少女の様に嗤った。

その言葉に、少女の瞳が見開かれた。
飛び降り?この、屋上から。

「どうしたの?」

いつの間にか、彼女は低い屋上の塀に立っていた。後ろ手に手を組んで、こちらを微笑んでみている。

「どうせ私達は元からこっちが目的だったんだし」

おっと、屋上から落ちそうになって慌てて体勢を持ち直したりしながら、彼女は少女の反応を楽しみに待った。

どうせ私が死んでも、悲しむ人は居ないわけだ。
世界は普通の日常に戻り、少し経てばまた運営りだす(まわりだす)。

少女は、終末感にクラッとしそうになる。彼女はそれを楽しげに見つめて。
今の少女は、触れれば儚く脆く溶けて崩れてしまう雪の様。パッとフラッと消えてしまうそうで。

少女は、視界かくるりと回転する錯覚に襲われた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ワールズエンド・ダンスホール <1>

長い間サンドリヨン更新していなくてすみません;
お詫びとして新小説を書かせて頂きます。

閲覧数:1,552

投稿日:2010/06/20 13:28:01

文字数:2,623文字

カテゴリ:小説

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  • ゆとう

    ゆとう

    ご意見・ご感想

    すごい・・・!
    この小説、続きみたいです!

    これからも頑張って下さい!

    2011/07/25 18:38:36

  • *蜜*

    *蜜*

    ご意見・ご感想

    この曲いいですよね!
    私も好きです^^*
    小説になるとこんな感じなんだ~、と思いました!
    続きがすっごい気になりますっ><
    がんばってくださいっ。。

    2010/06/20 13:37:41

    • haruna

      haruna

      *蜜*様>

      ご来訪有難うございます!
      わたしも好きなんですよ。中毒性高いですよね!
      今他の方々の小説も見てきましたが…やはり皆さん凄いですね。私なんか足元にも及びません。見習いたいと思います。
      期待に答えられるようがんばります!これからも長い目でこの小説を見てやってください。

      2010/06/20 15:04:31

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