13.ココロのありか(前編)
薄暗い部屋の中に一人の女性が入って来た。
歩くたびに両手に持った松葉杖が床をドンドンと突き、
右足の金属製の義足はカチャカチャと音をたてている。
「なんだよ? そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるって。
大体、いつも言ってるだろ? 私はメイコなんだって」
松葉杖で体を支えながら、女性は機嫌悪そうに老人に文句をつけた。
「す、すまんすまん……。つい昔の名で呼んでしもうた。……いや、そうじゃなくて……」
なんとも歯切れの悪い様子でそう言うと、老人は目線をミクの方へやる。
「その……、この子なんじゃが……」
メイコはトラボルタの後ろで立っているミクにようやく気付いた。
「あら? ミクぅ、こんなとこに来てたのかぁ。どうしたんだ?
このおじいちゃんの部屋に遊びにきたのかい?」
少女を見るやいなや、途端に笑顔になり、猫撫声で語りかけた。
「だれが、おじいちゃんじゃ。いや……そうじゃなくて……」
老人は急に怒ったかと思えば、急にまたいぶかしげな態度に戻ったりと、
よくわからない行動をとっている。
「なんだよ? 言いたい事があるならはっきり分かるようにいいなよ?」
メイコも老人の理解不能な態度に少々苛立っている様子である。
「じゃからなぁ……」
溜まりに溜まった想いを噴き出すように、突然トラボルタは動き出し、
目の前に立っていたメイコの服をぐいっと引っ張り、
部屋の隅、ミクから少し離れた場所にメイコを伴って移動した。
松葉杖のメイコは突然の移動についていけずに、よろけてしまったが、
そこはトラボルタが支えることで事なきを得た。
移動が完了すると、老人はメイコにだけ聞こえる程度の音量で怒鳴りつけた。
「わしはな、子どもは苦手なんじゃ……。それに……」
「それに?」
メイコははっきりとしないトラボルタを促すように聞き返す。
「わしには正直あの子が何を考えとるのか、よくわからんのじゃ。
わしとてまがりなりにも数多くのメルターたちと接触してきた。
別に偏見や差別というワケではないがの……」
ようやく、トラボルタは想いの丈を全てメイコにぶつけた。
真剣な表情で打ち明けたトラボルタの言葉を受け、メイコはなぜか突然笑い始めた。
「な、なんじゃ? せっかく人が真剣に話をしとる時に笑うなぞ」
メイコはようやく呼吸を整えて、話が出来る状態になったようだった。
「まったくお前はいつも理屈で考えすぎなんだよ……」
まだ整いきってない息をを吐き出しながら言った。
「しかしな……、シンデレラよ。感情を失った者とまともに接することなど――」
トラボルタも少しムキになって反論する。
「おいおい……、ホントにお医者様の言葉かね? そりゃぁ?」
メイコはムキになって反論する老人を冷ややかに一瞥した。
言葉に詰まってしまった老人は、少し冷静さを取り戻したようで。
「うむ、確かにわしの失言じゃったな……。すまん。
しかし、わしは今まで患者としてしかメルター達を診てこんかった……。
いざ、こういう風に触れ合うというのは――」
すっかり意気消沈してしまった老人を見て、メイコはしばらく黙していたが、突然――
「それじゃー、ここでクイズです」
大きな声に老人は驚き、彼女の方に目を向けた。
「ココロはいったいどこにあるんでしょうか?」
あまりに簡潔で意味を理解しがたい内容の質問が投げかけられた。
それは、とても浅いようで、しかし限りなく深くもあるような気もする。
「なんじゃ? 突然……。哲学の問題か?」
あっけをとられた老人だが、質問の内容自体は理解出来た様子である。
そうこうしている間にも、メイコは回答期限までの秒数のカウントダウンを口で刻んでいる。
そのカウントも、残り二秒に差しかかろうとした頃――
「心とはすなわち、人間のコミュニケーションにおける根幹を――」
老人があわてて、回答を始めた。
しかし、メイコが口ずさむカウントダウンはなぜか止まる事なく、
あっというまにカウントはゼロを迎えることになった。
「ぶっぶー。時間切れー。だめだめー」
メイコは呆れかえった様子で、老人にそう伝えた。
回答を始めていたのにもかかわらず、そのような態度をとられたトラボルタは当然怒った。
「答えの途中じゃろがい。いいか? だから――」
メイコの間違いを指摘し、再び回答を続けようとするトラボルタ。
「ぶっぶー。……私が聞きたいのはそういう事じゃないんだよ……」
トラボルタの回答を最後まで聞くまでもなく、メイコは不正解を宣告する。
怒りとハテナが入り乱れる老人を尻目に、メイコは少し離れた所でまだ立ったままでいる
ミクの下へと松葉杖をつきながら移動した。
移動しながら、メイコは誰に向かって語りかけるわけでもなく、
部屋全体に聞こえるような大きな声で語り始めた。
「ココロってなんだろな? やっぱりハートってくらいだから心臓にあるのかな?
それとも物事を考えるのは脳だから、頭の中にあるのかな?」
メイコの講義は尚も続く。
「それじゃぁ……感情が抑制されているこの子には、ココロはないのかな?」
移動を終えると、目の前に立っているミクを見ながら、メイコはそう言った。
やや遠回りではあるが、メイコはトラボルタにあることを伝えたかった。
「今さらそんな抽象論をされても……。お前の言いたい事はわからんでもないが……」
部屋の片隅で一人取り残された老人は、メイコに聞こえるようにつぶやいた。
「よし、わかったよ。それじゃ、今どこにココロがあるか具体的に指してやるよ」
メイコは自信満々にそう答え、ゆっくりと右手を動かし、ココロのありかを指差した。
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