屋敷に火をつけたくなる程長い廊下をカツカツをハイヒールの音を立てながら自室へ向かう。遠くから婚約者の姿が見え、私の苛立ちは余計酷くなった。私が通り過ぎようとすると、彼はそれに気づいたのか私に声をかけてきた。
「お帰りなさい」
仮面の様に美しい笑みを浮かべ彼はそう言った。
「ただいま帰りました。遅くなってしまい、申し訳ございません」
「あはは、いいよ、別に。ねぇ、ところで何してたの?」
その一言で、背筋が凍った。私らしくもない。
「買い物に、出かけていたのです。レン様」
「君は、」
喉に石でも詰まったかの様な息苦しさ。今すぐ喉を掻き毟って、中の石を出してしまいたい。
「随分と、あの男にご執心みたいだねぇ」
予想通りの発言とは言え、驚いた。この男が私に関わってくるとは。
「・・・つけてたんですか?」
「あぁ、デート相手を放ったらかしにしてね」
「それはそれは、あなたの淫行相手が減ってしまいますね」
「そうだなぁ、とても困る」
「私も困ります、レン様」
私がそう言うと、彼は眉をピクと動かし、けれども表情は変えずに私にこう言った。
「あの男に会える時間が減ってしまうから?」
「まぁ、それもありますが」
彼は私の顔に手を伸ばし、顎を掴む。
「君みたいな女の人、初めて見た」
彼はまるで私のことを珍獣を見るような目で見てくる。ひどい自惚れだ。この世界は広いんだから、コイツの様な男を好きになれない少女もいるはずなのに。こいつなんて死ねばいい。
「世間は広いですから、あなたのことを好きになれない女性なんてたくさんいると思いますが」
「生意気だなぁ、可愛い」
ちゅっ、という私にとっては死刑宣告の言葉に聞こえるその音が静かな廊下に響いた。
彼はそんな私を置いて、鼻歌を歌いながら上機嫌に廊下の曲がり角へ消えた。
何が起きたか理解するには、数十秒かかった。
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