6.快活少女の一縷の涙

ミサ当日。ゆかりも顔だけでもいいから出すようマキに言われていたので、開始の九時に間に合うよう、通学と同じ時間に家を出た。ところが、出発して間もなくマキからの着信が携帯に入るのだった。
「おはよう。どうしたの?」
ゆかりは何気なく尋ねてみたが、送話口から聞きとれるマキの様子がどうにも重かった。
「今日のミサは中止だって」
いつも元気なマキが暗いのとミサ中止の一報に何か関係性があるのではないかと思った。
「何かあったの?」
「教会がめちゃくちゃに荒らされちゃって・・・」
あのマキが泣き出したのだった。さすがのゆかりもこれには驚いてしまった。
「マキちゃん!いまどこにいるの?」
「・・・教・・会・・・」
現場を目の当たりにしてショックに感じたのだろうか。こんな状態のマキを放っておくことなど出来なかったので、とにかく教会へ行ってみる事にした。

小一時間ほどの道のりを経て、ゆかりは教会に到着した。警察が来て現場検証をしていると思いきや既に終わっており、窓ガラスのところには青いビニールシートがかぶせてあるのだった。通行人もこの異常な事態に立ち止まり教会の様子を眺めている者もいたが、ゆかりが考えているほど多くの人が寄ってたかってはいなかった。
さて肝心のマキはどこへいるのだろう。外周には見当たらなかったので、恐らく御影夫妻の家にいるのだと直感し、玄関の呼び鈴を鳴らした。
「結月です。マキちゃんの友達のゆかりです」
応対に出たのは御影だったが、声を聞く限りかなり疲弊しきっていた。だがゆかりが名乗ると、知り合いの訪問が嬉しかった様で声の調子が少しだけ明るくなった。戸を開け御影が出迎えてくれると、奥のリビングのテーブルには御影の妻と教会の関係者と思しき大人数名、その中にマキがいた。先ほどの電話の時より泣き止んでいたものの、やはり沈み込んでいる様子は生半可ではなかった。
「彼女はゆかりちゃん。マキちゃんの友達で今日のバーベキューの為に昨日から準備を手伝ってもらってたんだ」
御影から紹介をしてもらうと、初対面の大人たちに軽く会釈をし挨拶を済ませると、御影に座るよう言われた。ソファーに膝を抱えて座っているマキの隣が空いていたので、そこに座った。そして何故このようなことになったのか、御影からの説明が始まった。
「一部の方にはお話していましたが、先月からこの教会を立ち退くよう、地上げ屋から恫喝を受けていました。建物は教会所有ですが、土地は葛流市内の地主さんよりお借りしてるものです。二か月前に地主さんが亡くなり、兄弟に遺産として土地を相続したのですが、そこに地上げ屋が割って入ってきて、半ば無理矢理売らせられたと言う話です。でも実際売買契約の書類が取り交わされている以上、優位性は地上げ屋にあるようです」
遺産として教会の土地を引き継いだ地主の兄弟は、自分の寿命を鑑みて財産整理を考えていた。そこで行き会った不動産屋が今回の地上げ屋だった。兄弟の息子夫婦らの話では、自分たちが居ない間に売買契約を成立させてしまったという。今の話がおかしいと感じたこの場の大人たちは、強引な不動産取引の違法性や、居住者の利権が強い事などを挙げた。
「もちろんその通りです。最初は裁判も考えましたが、まずはどうにか説得できないかと思い、来るたびに言い聞かせてはきました。ですが一切応じる相手ではなったので、最近では警察に相談しながら、最終的には訴えを起こすつもりではいました」
同席者たちは、御影の性格上事を荒立てない人間だと承知していたので、この対応の遅さに非難の声を浴びせる者はいなかったが、やはり内に秘めている想いが曇っている表情や態度に表れていた。
「ここまで話せば私の考えが通じていると思いますが、今回の犯人は地上げ屋だと思っています。直接見たわけではありませんし、証拠があるわけでもなく、憶測だけなので名指しすることはできません。ですが今回の事件で調査が進めば、必ず彼らが捕まるのは明白です。その後、強引な不動産取引が発覚し、取引自体も無効になると信じています」
物損は痛手だが怪我人がいなかった事にも触れ、御影は非常に前向きだった。
「だからマキちゃん。安心して」
ソファーに足を抱え、顔を伏していたマキに御影が声を掛けた。
「みんな・・・ごめん」
マキが徐に顔を上げたが、なにやら様子が変だった。
「地上げ屋をけしかけたのは・・・私なの!」
「マキちゃん。それは関係ないよ」
御影は優しく慰めるようにマキに語りかけたが、彼女の思い詰めようは尋常ではなかった。周りの大人たちは話してごらん、とマキを促した。
「昨日、あいつらが来た時、御影さんが上手く言って帰ってもらおうとしていたところに、私が飛び出して、警察呼んだからって怒鳴ったの」
大人たちは一時感心したが、危険な事をするものではないとたしなめた。
「うん。十分反省してる。でも子供のころからお世話になりっぱなしの教会を、指をくわえたまま無くなっちゃうって考えただけで、あいつらが許せなくなった」
ゆかりは何故マキがこんなにも落ち込んでいるのかを理解した。自分を責め立てていたからだった。隣席するゆかりはマキの背に手を当ててさすってあげた。マキはそれだけでとても安心し、ゆかりを見やるとお礼の代わりに小さく微笑むのであった。言葉にはしなかったがゆかりは彼女に微笑み返し、深くうなずいたのだった。
「マキちゃん。仮に君のせいでなかったとしても、彼らはいずれこの手段に出ていたでしょう。巡り合わせが悪かっただけだから気に病む事はありません」
御影の慰めに同調し、周りの大人たちも彼女を励ます言葉を掛けてくれた。
「ですから今日のバーベキューは中止せざるを得ません」
この場の誰しもがこれからやるような気分ではなかったし、やりたいという奇特な人物がいるはずはなかった。
「ゆかりちゃんにはたくさん手伝ってもらったのに、こんな事になっちゃってごめんなさいね」
御影は申し訳なさそうに、だが自分の監督不行き届きでこうなったことを責めるような口ぶりでゆかりに言った。
「いえ・・・」
ゆかりは深々と頭を下げた。
「それにわざわざ来てもらって・・・」
「マキちゃんから電話を貰った時、様子が変だったから気になっちゃって」
言ってみれば関係の無い人物だったので興味本位でいるだけと思われても仕方の無い立場ではあったが、その一言でその場にいる誰しもが彼女の同席に納得した。
「そうか。友達想いで偉いんだね」
関係者の一人が彼女に言った。
「大事な友達ですから」
ゆかりはマキの頭をポンと撫でてあげた。するとマキはゆかりの胸に飛び込み、声を上げて泣いた。するとゆかりはマキの背中をトントンと優しく叩いてあげた。
「よしよし泣き虫さん」
教会と共に育ってきたマキだからこそ、この憤りは管理者の御影以上の想いがあった。ただこうなってしまった彼女を優しく包んであげられるのはゆかりしかいなかったことに、周りの大人たちは安心して見守れた。

しばらくしてマキが泣き止むと共に、御影がマキの父親に連絡し迎えに来るよう頼んだ。ここから歩いても大した距離ではないので、ゆかりが送っても良かったが、やはり血縁に預けるのが一番というのが御影の判断だった。
「御影さんたちは何かを盗られたって事はなかったの?」
教会と自宅が隣接している為、最悪強盗に入られる事も想定できた。
「幸い自宅で何かを盗られたということはなかったんですが・・・」
御影が言いづらそうにしていたが、意を決し言葉を紡ぎ出した。
「礼拝堂を見てもらった方がいいかもしれません」
周りの大人たちは同意し、席を立ち始めた。するとマキも立ち上がろうとしたので、御影に止められた。
「マキちゃんは休んでいた方がいい」
「いや。私にも見せて・・・」
そう言ってゆっくりと立ち上がるのだった。泣きじゃくったせいで時折息が詰まる様子を見せた。ゆかりもマキに付き添って一緒に立ちあがると、御影夫妻にも付き添われながら礼拝堂に移った。
「これは・・・ひどい」
誰しもがそう口にした。窓という窓が全て打ち砕かれ、長椅子という椅子が散乱、ひっくり返っている物もある。もちろん聖壇も正面から蹴り倒されたように転がっており、祭壇の装飾品も無残に引き剥がされていた。
「妻が大きな物音に気付いたのが朝の四時半頃です。その前に教会の窓を割って侵入してきたというのが警察の見解です」
この惨状を見てマキがまた泣きそうになっていた。
「そして正面を見てください」
御影が指さした先、祭壇の装飾品が置いてあった所だ。
「純銀製の十字架が盗まれてしまいました」
周りの大人たちが一瞬にして凍り付いた。
「重さが三十キロですから、相場でいくとざっと二百万円の代物です」
この教会は歴史が古く、建立当時日本支部より寄贈されたものであった。防犯上の理由からそれが純銀製であることを知るのは管理者と幹部のみで、代々ここに住まう牧師が盗難防止のために、隣接している自宅に住まい管理を行ってきた。
「目利きでもいたのか?出なければあれが純銀だなんて分からないはず」
「でも盗まれてしまったので素直に警察に届け出ました。そして私は責任を取ってここの管理者を辞退します」
みんな驚いていたが、それを聞き捨てならなかったのがマキだった。
「嫌だよ!教会がめちゃくちゃにされて、御影さんたちがいなくなって!私そんなの認めないから!」
「マキちゃん。大人の世界は誰かが責任をとらないといけないんだよ」
御影は優しくマキに諭したが、それでも聞こうとしなかった。
「つつましく暮らしているだけなのに、なんでこんな酷い目に遭わなきゃいけないの!」
「神の与え給うた試練です」
今の一言に怒りを覚え、マキは我を忘れて教会を飛び出してしまった。
「マキちゃん!」
御影は呼びとめたが、そんなもの聞くはずも無かった。あんな状態で放ってはおけないと、ゆかりは咄嗟に後を追い掛けた。

「マキちゃん!」
べそをかきながら並木通りを全力で逃げるマキを、ゆかりもまた全力で追い掛けていた。だが幹線道路の信号で引っかかり、両手を膝に付いて苦しそうに肩で息をしていた。ゆかりは体力に自信があったので彼女ほど苦しい思いはしていなかったが、それでも息を切らせていた。
「マキちゃん・・・」
彼女の名を呼ぶが、息を整えるので精一杯で返事が無い。信号が青になるとまた走り出し、幹線道路を渡り細い路地へと入っていった。そこは葛流の古い住宅街で、道幅も自動車が辛うじて一台通れるくらいの地元道だ。
「マキちゃん!どこへ行くの?」
無言のマキに付いていくが、この先は一級河川の江渡川が流れており、目の前の堤防を登り切れば河川敷となる。マキは案の定堤防の階段を駆け上がった。ゆかりもようやく追いつくと、河川敷からの川の景色を一望できた。
江渡川をはさんで反対側が武州市となる。葛流市のライバルといえる街だ。堤防眼下の河川敷には、菜の花が一面に広がっていた。そして下流域に目をやると天にそびえる一本の槍、スカイタワーが望める。息が整ったマキは川を見渡しながら足を抱えて座り込んだ。それに続いてゆかりも隣に座る。
「大人ってずるい」
「そうだね・・・」
「御影さんは立場があるのは分かるけど、都合のいい時だけ親の顔するし、牧師の顔をするから、それが嫌いなんだよ。地上げ屋だって人の事なんてお構いなし。今日来てた大人たちも、下ごしらえには来なかったくせに、今日はお酒飲んで大騒ぎしようとして。ずるいよ」
マキは顔を伏してまた泣きそうになっていた。
「マキちゃんの言うことも正しいと思う。でも何もかもを人のせいにするのは、やっぱり子供だよ」
「私はどうせ子供ですよーだ」
顔を上げたと思ったら、舌を出してあかんべーをすると再び顔を伏せた。ゆかりは呆れたがそれでも続けた。
「大人って、社会っていう体裁と向き合っているから、自分だけではどうにもならない所をずるさで補っているんだよ」
「でもずるいのはずるいよ」
マキは再び顔を上げて反論した。
「そうだね。でも大人だって私たちと同じ人間で、一人のキャパシティじゃ限界があるのは一緒。御影さんはまきちゃんをなだめようとしていたし、地上げ屋だってきっと上司の人間からきつく言われていると思う。あれだけの事をしでかすんだからね。下ごしらえに来なかった人たちはその日は仕事だったんだよ。でも今日はバーベキューセットとか持ち込む手はずになってたでしょ。大人は解決する手段や方法を私たち以上に知っているし、マキちゃんが思うずるさはそのうちの一つなんだよ」
マキはゆかりの一緒という言葉に妙な響きを覚えていた。
「経験を積むと、私もずるくなるのかな?」
マキは大人たちと自分はどこか違うと感じていた。自身が高校生で子供という自覚もさることながら、それらが遠い存在に思っていたのだ。但し近親者や身近な人間とはまた別の括りだ。
「ずるい方法を知る事にはなるでしょう。でもそれを使うかはマキちゃん次第」
「うん・・・」
「それにずるがずるじゃ無くなる魔法の言葉があるんだよ」
「それは?」
「御影さんや今日来てた大人たちの事、少しは許せるようになった?」
「完全に許したわけじゃないけど・・・まあゆかりんのお陰で」
「それが魔法の言葉だよ」
一杯喰わされたと、マキは思わずほころんだ。
「ゆかりんずるい」
マキが笑った事に安堵しつつ、ゆかりはいたずらっぽく舌先をペロッと出すのであった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!#6【二次小説】

どうにか書き上がった。時間って大事ね。いやマジで。

完結までの過程を見なおすとあと3回(全9回)くらいで終わりそうです。
そういやコマンド―が地上波でやってたので初めて見ました。
シュワちゃん演じる主人公メイトリックスの劇中評価ヤバ過ぎワロタ。

原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893

作詞・作曲:nami13th(親方P)
http://piapro.jp/nami13th
キャラクターデザイン:宵月秦
http://piapro.jp/setugekka_sin

著作:多賀モトヒロ
http://blogs.yahoo.co.jp/mysterious_summer_night
モンハンの二次小説書いてます。

前回:5.音楽少女の奉仕な週末
http://piapro.jp/t/Ytfg

次回:6.怪盗少女は夜空を舞う
http://piapro.jp/t/SKW9

閲覧数:799

投稿日:2013/09/02 23:12:34

文字数:5,560文字

カテゴリ:小説

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