9
その翌日、朝練を終えた私は憂うつな気分で教室に向かった。
どうしよう。
嫌われちゃったよね。
謝らなきゃ。
仲直りしたい。
でも……どうやって?
避けられたりしないかな。
そんな不安で、私は押しつぶされそうだった。
……けれど、その不安すらたいした問題じゃなかったなんて、このときには知りもしなかった。
恐る恐る教室に入ってみたけれど、悠はいなかった。
そのことに、ちょっとだけ拍子抜けしたみたいな気持ちになったけど、気を取り直して、悠が教室に入ってくるのを不安なまま待ってた。
けれど、彼はやってこなかった。
先生が入ってきて、ホームルームが始まってしまって、私は悠がカゼをひいちゃったのかな、なんて思ってた。
「えー。まず最初に、皆さんに伝えなければいけないことがあります」
悠が来てないってことにばっかり気持ちが向いてて、そんな先生の言葉なんてはじめは聞いてなかった。
けれど、先生はそれからとんでもないことをしゃべりだした。
「本人に口止めされていたので、今日まで黙っていましたが、クラスメイトの浅野悠くんは、ご家族の都合で海外へと引っ越すことになりました。浅野くんが学校にくるのは昨日が最後で、早朝の飛行機で日本を離れた、と先生は聞いています」
「……え?」
先生が悠の話をしているんだってことを、なかなか理解できなかった。
悠、が?
引っ越し?
海外?
昨日が最後?
なに、それ……?
冗談?
やめてよ。
……やめ、てよ……。
そのあとも、先生はなにかをしゃべっていて、それから授業も始まったんだけど、それ以降、放課後までのことを私はほとんどなにもおぼえてない。
先生の言葉も、クラスメイトの言葉も、全然耳に入ってこなかった。
なんだか、突然みんなが外国語でもしゃべりだしたんじゃないかって感じで、なんていうか……それが音だってことはわかるんだけど、私の知ってる言葉じゃないって感じだった。
あとから聞いた話だけれど、夏になってから私と悠の仲がいいっていうのはバレバレだったみたいで、クラスメイトのほとんどが知ってたらしい。
悠が私にも黙っていなくなったんだってことは、先生の話に呆然としてた私を見れば一目瞭然だったんだって。
突然のことに取り乱すこともできなかった私を、クラスメイトが心配して「大丈夫?」とか「今日は休んだら?」とか声をかけてくれたらしいんだけど、私は「うん」とか「そうだね」とか、上の空の返事しかしなかったらしい。
昼休みには、他のクラスの陸上部の人とか、後輩まで様子を見にきてくれたそうだ。
みんなが声をかけてくれたことも、返事をしてたことも、私はなに一つとしておぼえてないけれど。
気づいたときにはもう放課後になってて、教室は数人のクラスメイトしか残ってなかった。
……そうだ。
帰らなきゃ。
ぼんやりとそんなことを考えて鞄を手に立ち上がると、そこにいたクラスメイトが「大丈夫?」と声をかけてくれた。
それだけはかろうじておぼえてるんだけど、私にはなんでそんなこと聞かれたのかがわからなくて、ぼーっとしたまま「……なにが?」って答えた。
「無理しちゃ……ダメだよ?」
「……?」
クラスメイトの心配そうな表情は、私にはまったく意味がわからなくて、ちょっとだけ首をかしげると私は教室を出た。
帰らなきゃって思って教室を出たはずなのに、気づくと私は美術室にやってきていた。
扉を開くと、何人かの美術部員が絵を描いていた。何度見てみても、そこに悠はいなかった。
「あ……初音さん」
私に気づいた一人が、ぱたぱたと私に駆け寄ってきた。
「……?」
「あの……これ、さっき準備室にあるのを見つけて……」
その人の手には、一通の白い封筒があった。
「すぐ渡さなきゃって思ったんだけど、もう帰っちゃってるだろうから明日渡そうってみんなで言ってたの。ここにくるって思ってなかったから。でも――」
その人の言葉も耳に入らないまま、私はその封筒を見つめる。
『初音未来様』
几帳面な、丁寧な字であて名にそう書いてあるのが見えて、私は封筒を受け取った。その手は、自分でもおかしいって思えちゃうくらいにふるえていた。
「――」
その人はまだなにかしゃべってたけど、私にはちっともわからなかった。
手を返して、封筒の裏を見る。
『浅野悠』
その、差出人の名前を見て、私は全身から力が抜けた。
かくん、と膝がおれ、美術室の入り口で私は座り込んでしまう。
そんな私にあわてる美術部員たちなんて目に入らなくて、立ち上がることなんてできるわけなくて、その封筒を握りしめたまま、その封筒から目を離すこともできないまま、私の時間は止まった。
私がその手紙を読んだのは、それから何時間もたってからのことで、家に帰り着いてからだった。
茜コントラスト 9 ※2次創作
第九話
書いててつらかった回です。
書いてて自分で泣きそうになりました。
「ReAct」の時の影響か、その後に書いていたオリジナル物もかなりかための文語体の文章になっていました。
今回の二次創作をする上で気をつけている事は、一人称かつ口語体で書く、ほぼ全編を回想シーンとして過去形で書く、そして、そうすることで今までの自分の文章っぽくない文章にする、というものでした。
最後のやつに関してはうまくいっているのかどうなんだかさっぱりわかりませんが、油断していると文章も一人称ではあるものの、口語体で書く事をすぐに忘れてしまうので、気をつけないと大変です。
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