時間はたっぷりあった。
死を待つこのうすら寒い空虚な時間は永劫に続きそうで、
恐怖やらなにやらを越え、諦観したような気持ちで僕は薄汚い天井を仰ぎ見た。
愛しい姫様へ。
愛しい僕の半身。二人分の陽光を一身に引き受けた彼女。
君の笑顔だけが救いでした。
君の笑顔こそが苦痛でした。
君の幸福だけが生き甲斐でした。
君の幸福こそが苦しみの象徴でした。
僕の人生は罪に塗れている。
いつだって君に嫉妬してた。
でも、君を愛してた。本当に。
愛し過ぎて嫉妬した。
今思えば、僕は知っていたのかもしれない。
分かっていたのかもしれない。
女王の失墜も。国の滅亡も。
だって国民を見てきたのは僕だから。
僕は知ろうとしなかった。
分かることを拒んでいた。
耳を塞ぎ、目を瞑り、蹲って拒んだんだ。
君を待つ絶望を。失望を。
それはたぶん、自分の幼さの露見を、自我の否定を自己の存在否定を恐れたから。
きっと君は僕を殺さなかっただろうね。
僕を逃がしてくれたかもしれない。
君はきっと名君になれたはずだ。
なにせ君は有能な母の子で、賢く気高い女王の血を引いているんだ。
それをさせなかったのは君の隣という居場所に固執した僕なのだ。
例え君がなんといおうが、君が泣こうが、君が怒ろうが、僕はそのために生きてきたんだ。
例え君にも否定されたくなかった。
君の影じゃなくなったその瞬間に否定される今までが苦しすぎた。
それは何よりあの子の幸せを未来をすべてを奪った僕の罪が、丸腰になった僕に降り注ぐ事が恐かった。
君を止めることすらできない罪深さを自覚したくなかった。
僕はずっと僕から目を背けてた。
いつだって苦しさを自分の生きる意味だと置き換えてきた僕が、それを失ったら、蓄積された僕の悪は僕を押しつぶす。
頭上すぐそこにあった恐怖に僕は耐えられなかった。
僕の目が漸く現実をみたのは緑の国に進軍した翌年。
自殺した大臣が最後に託した手紙だった。
僕の部屋の引き出しにあった、見覚えの無い瓶。
つめられた羊皮紙。
書かれたこの国の未来。
書かれた僕のとるべき未来。
僕は気付かされた。
男はこの国を滅ぼすんだ。
賢い母王様、貴女はどうして僕を殺さなかったのでしょう。
これは貴女の失政です。
貴女は殺すべきだったのに。
身代わりなんて、影武者なんて、考えるべきじゃなかった。
影が本体を食ってしまった。
僕は、僕こそが国民の見た王女だ。
国民と触れる式典は僕が出た。
姫が城から出ることなんてほとんどなかった。
当たり前のように、国民の見る姫は僕だったのだ。
国民に謁見する姫も、上級裁判にあらわれる姫も、御前会議に形だけとはいえ参加した姫も、視察に向かった姫も皆、皆僕だ。
最初から、最後まで悪逆非道の女王は、純粋無垢な姫様の召使の僕だった。
これから可哀想な可愛い可愛い姫様は、苦しむだろう。
女王の罪を自分の罪だと知るだろう。
たとえ、僕がどれだけ罪を背負おうとも、その罪だらけの僕の死すら彼女は背負うことになるのだ。
僕は一人逃げるように死を選んだ。
でもね、僕も君と生きたくないはずはなかったんだよ。
最期まで君のために生きて死ねればいいんだ。
ただ、人々は女王の死を、処刑を希望の芽として国を再興するのだ。
女王が生きているなんて事は人々の不満でしかないのだ。納得できない人々は君を追うんだ。
そんな死への恐怖でこれ以上君を苦しめてなるものか。
苦しむ君のこれからに、そんなリスクは必要ない。
人々の目の前で女王が処刑されれば君は単なる他人の空似。
大丈夫。僕が護るから。
僕はそのために生きてきた。
彼女のために死ぬために生きてきたんだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
大好きな僕の姫様。
僕のせいで君が苦しむ。
気付かなかった馬鹿な僕。
僕がもっとまわりを見られさえすれば、君と生きられたかもしれないのに。
でも、これが僕の生きた意味だった。そう、ずっと。
君を甘やかし、君には君の望むものしか与えず、君の成長を押さえつけた、愚昧な愚鈍な僕の生きた意味なんだ。
この世で僕の存在を知るのは君だけなんだよ。
すべてを知る賢い大臣は首を吊った。
僕を知る他の大臣も殺された。革命の火の手は当たり前のように彼らを焼き尽くした。
君のおつきの数少ない従者達は僕と一緒に処刑されたり、既に殺されたり。彼女らは君と一緒で僕が影だなんて知りもしないけど。
青いあの人だって僕を疑わなかった。あの人の目に僕はきっと映っていなかったから。
母王様はとっくにお亡くなり。
父上はそれよりずっと前に国に葬られた。
君しかしらないレン。
君が名付けた君の弟。
君の影で君の分身。
明日からは君の記憶に溶けるだけ。
君の心に混じるだけ。
君に忘れてほしくなかった。
君の中にしか僕はいないんだもの。
君の光に憧れ嫉妬した愚かな影は悲しみと苦しみと罪の意識として君に混じるよ。
君を生かす為に生きてきたから。
僕はそれだけは誇りたいんだ。
あのね、リン。
もしも赦されるならば、また、君の双子の弟として、
只の双子の弟として、君と笑って遊びたいな。
死ぬのは震えるほど怖いけど、君のためなら胸を張れるよ。
君はこれから苦しむけど、苦しむ分だけ本当の幸せを知れると思ってる。
言い訳に聞こえるかもしれないけどね。
僕は、苦しくて自分が憎くて、君に申し訳なくて堪らない人生を生きてきた。
でも、でもね。
これだけは君に面と向かって、笑って言える。
君と出会えて本当によかった。
僕は幸せだった。
君の為に生きる自分はどんなに醜くても好きだった。
君が大好きだから。
だからね、君はきっと幸せになれる。
はっきりと死を選んだ僕だけど、生きていれば苦しみと同じだけ幸せでいられるって事は知ってるんだ。
弱い弟でごめんなさい。
愛してたよ。
それから、愛してるよ。
姉さん。
「女王。」
視線をやると女剣士がいて、彼女は事務的に言い放った。
「あんたの処刑が決まったわ。明日、午後三時。」
「そう。」
「怖くないの?」
「何故?」
私は笑う。楽しそうに。馬鹿にするみたいに。
苦虫を噛み潰したように女剣士が私を睨み付け、吐き捨てた。
「狂ってる。」
知ってる。
僕は眠らなかった。
恐怖ではなかった。
君との記憶を思い出せるかぎり思い出して、僕は、レンは、最期の瞬間を迎えるのだ。
「出ろ!」
「煩いわ。」
「こい!処刑の時間だ。」
「下手なエスコートね。」
「無駄口を叩くな。」
拳を振り上げた男。
「この、無礼者!」
その腕を叩く。男はもはや呆れたように近くにいた女剣士を見た。
彼女は溜め息と供に首を横に振った。
私は、自ら最期の舞台に立った。
促されるように断頭台に首をのせる。
轟く罵声、あまりの音量に断頭台にも振動が伝わる。
投げられる石やら何やら。
私は愚民による盛大な憎悪の葬送曲に耳を傾けると、教会の鐘が微かに聞こえた。
私は笑う。
「あら、おやつの時間だわ。」
【最終幕】悪ノ物語【悪ノ召使独自解釈小説】
悪ノ召使のあくまでも偏見による独自解釈の二次創作です。
あくまでも一つの妄想ストーリーとしてお楽しみください。
出来るだけ美化しないように書いているつもりです。
また、作品としては人間らしく汚くて、綺麗で、もがいて苦しんでいる彼らの様が伝わればうれしいです。
レン視点で進めているのでレンが知り得る事しかかけていません。事象は矛盾しないようにしていますが、感情は矛盾だらけで沢山彼が苦しみます。
なお、時代背景はファンタジーではありますが、なまじそれっぽい(歴史っぽい)流れがあります。作者の不勉強故、おい、おかしいよ!という部分はあるとは思いますが流してやってください。すみません。
文章にかんするご意見、ご感想はいただけると糧になります。
コメント1
関連動画0
ご意見・ご感想
りぼん
ご意見・ご感想
やば、マジで涙出てきた!
感動をありがとう
2009/02/07 18:23:56