「おい、あいつが来たぞっ」
「逃げろ!」
子供の信じやすい無垢純真な心と言うのは容赦を知らない
自分たちと同じくらいである彼を大人たちの洗脳により
近づいてはならない、危険な存在として認識されてしまっていた
彼は一人だった、両親は彼を置いてバラバラに消えてしまった
壊れかけた家の中で赤ん坊だった彼は泣き続けていた
自分の存在に気づいて欲しくて
しかし、置いて行かれた子供の苦しみを分からない村人は
彼の毒々しい紫の瞳や灰色の髪に怖れをなし
呪われた子と勝手に思い込み、それは窓辺から落ちる植木鉢のような勢いで
広まり破片は近くの村々に広まっていた
「こんにちは」
「いらっしゃい、とっても楽しみにしてたわよ」
そう言って唯一、彼に優しさや居心地さを与えてくれる老婆は
毎度の台詞を言って彼の背中を撫でながら家へと招く
老婆は彼の育ての母でもあった
彼はこの家で17年を過ごした、しかし老婆が隠し続けていた村人からの言葉が
彼の耳に入ってしまい、迷惑を掛けないがため家を出た
しかし老婆は、何度も引き止めた
『まだ教えていないことがある、私からあげられる幸せがまだある
今まで寂しかった分を埋めていない、お願いだから、老い先短いばばぁの言葉を聴いておくれ』
人が良すぎるほどのその言葉に、彼はうなづいた
家からは出て村はずれの小屋で寝起きし、後は老婆の家で過ごした
もっぱら老婆の家での手伝いや彼女の話し相手を
「おっそーい!」
扉を開けると、正座をしたまま彼女は頬を膨らましていた
「おまっ、おきてくるな寝ろ!」
肩に乗っけて、ベットに乱暴ながらも気遣いを込め彼女をベットに寝かせた
暴れることもせず彼女はおとなしくベットから体を起こし、彼の参上に笑顔を見せた
彼女はミク、老婆の子供が産み落とした老婆の生きる希望といつもいっている子だ
しかしそんな彼女は母親の病弱が遺伝してしまったのか
生まれながら体が弱かった、歩くこともままならないほどだ
そんなミクの楽しみが、外を歩き遠い村まで出稼ぎに出ている彼の会話
そして彼のお土産話と絵本などが唯一の楽しみだった
「えへへっ、だって今日は遅いんだもん! 驚かせようと思って……」
「ったく、倒れたらどうするんだよ、ばあさん気づかなかったら大変だったんだぞ」
「今日はすっごく調子いいんだって!」
「それで倒れたことが合ったのはいつのことだっけー?」
その言葉にびくりと肩を揺らし、頬を書きながら目を泳がせる
つい三日前のことなので何も言えずにいた
「まぁ、いいやとりあえず無理すんな」
いつもは軽い拳骨食らわせるのだが、その代わりバックに詰めた新しい本と菓子を渡す
「わぁあああっ! おーーかーーしぃ!」
まるでずいぶんと菓子を食べていない子供のようだった
つい先日あげたばかりなのに、と苦笑いして椅子を引き寄せ傍による
ミクの笑顔は魔法の笑顔だと毎度心に思っては気づかれないように彼は微笑む
ひとつひとつ口に入れては足をばたばたとさせ、体全身でかもし出す喜びは
彼の喜びでもあった
「いつもありがとう!」
その一言が毎日の彼の幸せのひとつだった
ミクの笑顔が彼の笑顔であり、ミクの感謝は彼が今を生きている事への感謝だった
彼女の全て=彼の全て、そういう式がミクと老婆に心の鍵を開けてもらったそのときから
始まっていたのかもしれない
「はいはい」
「もー、そっけなーい、まぁいいやっ! ねぇ、今日はどんな話を聞かせてくれる?」
対して面白くもなかった出来事を淡々と話し始める
ミクの好奇心を光らせた目に吸い込まれそうになりながら、彼は話す
毎日、毎日、毎日
日常はいつものように当たり前のように進んでいく
しかしそれは終わりを迎えるのは百も承知であった
数年後、老婆は天へと旅立った
全ての幸せを彼へと注ぎ込んだかのように、それを感じ満足感を得たのだろうか
微笑みを浮かべたまま老婆は旅立った
しかしそれは彼を深い悲しみに包んだ
けれど、それだけでは飽き足らないのだろうか、神の気まぐれはミクへと向かう
体調は悪化した、村人たちは彼のせいで老婆は連れて行かれ
ミクの体調も悪化させたのだ、そういって彼を追い詰めた
「お願い! みんなやめて!」
ミクの言葉は村人には優しい少女の慈悲としか受け取ってもらえなかった
誰もそれが本心とは受け取らない、自分たちの両親を振りかざし
それを正義として、悪の彼を打ち滅ぼそうとしている
彼は去った、ミクの涙を見ることに耐え切れなかったからだ
さよならも言えず、一緒に逃げようと言うことも出来ずに彼は去った
「ごめっ……ぐず…約束、守れなくてっ」
自分の不甲斐なさを涙で流しても、それは止め処なく
ずっと一緒に居よう、自分からの約束を破り
今度お外にデートしたい!とミクからのお願いを破った
二つの約束を破った、彼は自分の全てが始まった家と向かった
すでにぼろぼろで蜘蛛や野生の動物に住処にされている
その中心にある大きな揺り篭の傍に座る、ここに眠っていた幼い頃
ここに置き去りにされ、気づいて欲しくて泣きじゃくったのもここ
彼が一度ここで終末を迎えている、見たこともない両親の子供としての人生
しかしそれは老婆とミクとの出会いにより、二人の家族として新しい人生を迎えた
揺り篭を揺らす、ぽたぽたと涙が流れ出した
「っ、うわぁああああああっ」
喉の奥からあふれ出す声、誰かに気づかれるかもしれない恐怖さえ忘れて
始まりがあり終わりがあった、再び始まりがありここでまた終わりを迎えるのか
二人を失った寂しさ、約束を守れなかった後悔、終わりを迎える恐怖
全てが一気に押し寄せて彼は泣きじゃくった
「もう、何処行ってたの?」
後ろから抱きしめられた、暖かな感触と柔らかな声
「ミ……ク?」
振り返る涙のたまった目は薄ぼんやりと淡い緑色を捕らえた
白いハンカチが涙を拭う、荒々しい息をした顔色の悪いミクがいつもの笑顔を見せる
細い小さな手が彼の頬を包むとおでこ同士をくっつける
「やくそく、破らないでよ」
ぎゅっと抱きついてくるミクを腕の中に閉じ込める
「ごめんっ、ほん、とうに、ごめっ」
「泣かないで、泣いてる顔、見たくないよ」
そういうミクの息は絶え絶えだ
袖で涙を拭いて、今見せられる最大の笑顔を見せる
それに釣られ弱弱しく笑顔を浮かべたミクは大きく息をすると、扉を指差した
「ほ、ら、いこう? 今日は、私の誕生日……だよ?」
「そう、だったな」
「お願い、聞いて」
「聞くよ、何でも聞くから」
立ち上がり、扉の外へと向かう
ミクは腕に首を回し、耳元でささやくように行った
教会へ、行きたい、と
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