第十一章 リグレットメッセージ パート8
普段より何倍も豪華な昼食を終えると、リンはハクと一緒に食器の後片付けを行うことになった。数十名いる修道女の食器を片づけるのはそれだけでも結構な重労働ではあったが、リンは文句ひとつ言わずにそれを片付けてゆく。流石に一週間も同じことをやっていると体が覚えてくるのか、初日に早速発生させたお皿を割ると言う事故を起こさずに無事に皿洗いを終えると、リンは待ちきれない、という様子でハクに向かってこう言った。
「ハク、早く生誕祭に出かけましょう。」
厨房には今リンとハクの二人しかいない。先程冷水につけていた為に赤くかじかんだ両手を温める様にこすり合わせながら、そうね、と前置きをしたハクは、続けてリンに向かってこう言った。
「もう少し待ってね、ウェッジさんが迎えに来てくれることになっているの。」
ハクはそう言いながら時計を見る。時刻は二時近くを指していたから、そろそろやって来る頃合いだろう。
「あの、酒場の用心棒さん?」
ウェッジの噂はリンも耳にしたことがある。確かミレアから聞いたのだろうか。ハクに惚れている一途な男性だとミレアは言っていたが、ハクは全くその様子に気付いていないらしい。そのハクに会いに半年以上も修道院通いを続けているというから、よほどの変人か、それともよほどハクに惚れている人物なのだろうとリンは考えていたのである。そのウェッジが迎えに来る。ということはウェッジの目的は生誕祭ではないだろう、と流石のリンも推測を立てて、ハクに向かってこう言った。
「ハク、あの、あたしが一緒でもいいの?」
リンの遠慮がちなその言葉に、ハクは不思議そうな表情で首をかしげた。成程、ミレアが呆れていたのはこのことか。一体二人がどこで知り合ったのか皆目見当もつかないが、ハクは未だにウェッジのことを男性として認識していない様子だった。なら、変な気遣いは無用かしら、とリンは考えて、ハクに向かってこう言った。
「なんでもない。なら、ウェッジさんが来るのを待ちましょう。」
リンはそう言って苦笑いにも似た笑顔をハクに向けて放った。そのリンの微妙な表情にもう一つ不思議そうな表情をしたハクは、あ、と声を立ててから口を開いた。
「そう言えば、ルカさんは来られないの?」
「そういえば、聞いていないわ。」
忘れていた、という様子でリンはそう言った。
「なら、今の内にお誘いしてくるといいわ。あたしは食堂で待っているから。」
「うん、そうする。」
リンはハクにそう告げると、厨房から飛び出すことにした。厨房は食堂の奥に用意されている。厨房から食堂にでて、玄関口を通過して真っ直ぐに廊下を歩いて一番奥、リンの私室の手前がルカの為の部屋として当てられていた。その私室をノックすると、中からルカの声響く。その声を耳に納めてから、リンはルカの部屋へと入室することにした。何やら読書を堪能していたらしいルカは、リンの姿を目にすると、少し驚いたようにこう言った。
「マリー、どうしたの?」
相当慎重な性質のルカは、よほどのことがない限りリンのことを本名では言わない。他の誰かに聞かれる可能性が僅かでもある時は、リンのことをマリーと呼ぶことが常であった。そのことはリンには十分に理解出来ていたから、丁寧に扉を閉めると何事も無かったかのようにルカに向かってこう言った。
「ルカも生誕祭にお誘いしようと思って。」
リンがそう言うと、ルカはすまなそうな表情を見せてからこう言った。
「私は行けないの。イザベラから魔術師として祈祷をお願いされているから。」
イザベラとはルータオ修道院長の名前である。どうやら修道院長は昔からルカのことを知っていた様子で、ルカが来訪したと知るなり諸手を上げて歓迎したという噂をリンも耳にしていた。まさか魔術師様に修道女として生活させる訳にはいかない、ということでルカは修道女としての生活を免除されてはいるが、その代わりに押しつけられる仕事もあるのである。今日の祈祷などはその典型的な仕事の一つだろう。他にもルータオ修道院を訪れた病人の治療なども依頼されているというから、リンよりも先にルカの方がルータオに必要な人物になってしまった様子であった。
「そう。じゃあ、あたしもうそろそろ行くね。」
リンがそう言うと、ルカは一つ頷き、それでも真剣な表情でリンに向かってこう言った。
「気をつけて。くれぐれも、身分をばらさないように。」
「分かっているわ。」
そのルカの瞳に向かって、リンは同じように真剣な表情で頷き返した。
一応、決めるときは決める、という様子で、普段よりも上質な衣装に身を包んだウェッジがルータオ修道院を訪れたのは丁度その頃合いであった。この様な時、親衛隊の時代なら楽だったのだが、と考えなくもない。何も考えずとも正装は規定されており、緑の国として求められているものだけを着用していればよかったのだから。それが民間人と化した途端に衣装から自分で考えなければならない。言い方を変えれば自由と言うことなのだろうが、それはそれで煩わしい、と考えてしまうウェッジなのであった。だが、今日ばかりは負けるわけにはいかない。昨晩勤務先である『巻貝亭』の店主であるゼンに休暇を求めた際に、ゼンはニヤケ面ながらも即断で休暇の許可を出し、一方姉であるリンダはまるで「あんた、バカぁ?」とでも言いたげな表情で溜息を漏らしていたのである。ハク以外の別の少女もなにやら同行する様子だが、それがどうした。俺は必ず勝つ、という他人には理解不能な結論を出したウェッジは、いざ、戦場へとばかりに力強くルータオ修道院に併設されている宿舎の扉を開けたのである。その時、ウェッジは偶然に玄関を歩いていたらしい少女に出くわすことになった。黄金の髪に、サファイアの様に蒼い瞳。どこかで見た記憶がある。思わず不審げに眉をひそめたウェッジに向かって、その少女は少し戸惑った様子でこう尋ねて来たのである。
「あの、どのようなご用件でしょうか。」
その声は、いつか聞いたことがあった。と言っても、遠くから耳に挟んだ程度であったが。その声と姿は、酷く似ていた。ウェッジの宿敵に。唯一絶対の忠誠を誓ったミク女王を殺した張本人、黄の国の女王リンの姿に。そう考えて、ウェッジは小さく首を横に振った。まさか、そんなことがある訳がない。悪ノ娘は処刑されたはずだ。青の国のカイト王の手によって。カイト王がわざとリン女王を逃がすとは到底考えられなかったし、仮に生きていたとしてもこんなところで堂々と生活をしている訳がない。ウェッジはそう考えると、その少女に向かってこう言った。
「私はウェッジと申す者です。ハクさんはいらっしゃいますか?」
ウェッジがそう訊ねると、その少女は得心したように両手を軽く叩いた。そして、こう答える。
「お待ちしておりました、ウェッジさん。あたしはマリーと申します。今、ハクを呼んで来ますわ。」
予想よりも丁寧な口調に、自然な笑顔。この娘がハクの言っていたマリーか、と考えたウェッジは、まるで貴族の子女のようなマリーの態度に多少面食らったが、その零れる笑顔は年相応の少女の姿にしか見えない。一瞬でも悪ノ娘と疑った自分自身に対してどうも疲れているらしい、と考えながら、ウェッジはそのまま玄関口でハクが訪れるのを待つことにしたのである。それから数分後、マリーに連れられる様にハクが玄関口に現れた。普段着用している修道着ではなく、白を基調とした私服である。そういえばハクの私服を見るのは久しぶりだな、と考えながらウェッジはハクに向かってこう言った。
「ハクさん、少し早かったでしょうか。」
その言葉に、ハクは楽しげな笑顔でこう答える。
「いいえ、丁度良い時間ですわ。」
「では、早速向かいましょう。・・マリーさんも。」
ここで折れてしまうのが自分の悪い癖かもしれない。名を呼ばれて安堵した様な表情を見せたマリーの姿を眺めながら、ウェッジは自嘲するようにそのようなことを考えた。
ハルジオン71 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第七十一弾です!」
満「くくく・・ウェッジww」
みのり「ウェッジについてレイジさんからコメント来てるよ。『やべww自分で書いてて吹いたwww』」
満「酷い扱いだ。。」
みのり「ウェッジの苦悩は続きます。以前『ハルジオン40』で向日葵ちゃんへのコメントの返信で、『ウェッジは今後、もっと重要な役を演じてもらうつもりです。』という返信をしているのだけど・・。」
満「その重要な役割がこれだよw」
みのり「おかしいよね、本当はもっと格好良い人のはずだったのだけど。」
満「sunny_m様からコメント頂いたビーグル犬がとてもよくウェッジの現状を指し示している。」
みのり「しかもリンに気が付かないし。」
満「まあ、これは作品の都合上という理由もあるからね。」
みのり「そう考えると小説って適当かも・・。では、次回分もお楽しみください☆ウェッジが更に弄られる・・かも?」
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