27.ドレスズ島の真実
「何をする! やめろ! 放せ!」
リントは全力で暴れた。頭では相手が放すわけないとわかっていたが、それでも力のかぎりに暴れた。相手は四人。ひとりがリントの背を押さえつけ、一人がリントの口に布をかませ、一人がリントの手を後ろに回し、一人がリントの足首を地面に縫い付けていた。
かなわないと解りつつ、リントは全力で背筋をしならせた。
「放せ! オレには……オレには、やることがあるんだ!」
リントを押さえた四人は、あっと言う間にリントの手足を縛り上げた。そして荷物のように彼の身体を運び上げ、足早に歩き出す。
二人がリントの肩と足を抱えて担ぎ、一人が先導し、一人がしんがりを守る。
夏の昼間の空気の中、リントは舗装のされていない草原の中の道を運ばれ、やがてある山の陰へと着いた。
リントたちの島の山は、海に浮かぶ島特有の、固い小さな葉をした樫の森がある。
しかし、このドレスズ島は、リントたちの島よりも五倍は大きい。その面積の大半が、他の乾いた白い砂の島にはない、湿った森に覆われていた。
ところどころから水がちろちろと流れる山道を歩く。その土はリントたちの島と同じように白い。しかし、道の脇に降り積もった湿った落ち葉が、この島に、特有の多様な緑の香りを満たしていた。
先頭の男が、白い岩盤に張ったつるを押し分けるようにして進む。山の中腹に、遺跡のような石積みの壁が見えた。男達は、石壁の続く道をしばらく進んだ後、唐突に立ち止まった。先頭の男が、ぴいっと指笛を鳴らした。
「合図だ」
リントが視線だけをめぐらせる。先頭の男はつづいて、フィ、フィフィと節をつけて指笛を続けた。リントも指笛をならすことは出来る。しかし、このような抑揚の付け方は知らない。もしだれかがまねしようとしても、容易にまねは出来ないだろうと悟った。
「この男は伝達専門か」
ただの指笛ではなく、技術と旋律を知らなくては、たどり着けない場所。
かなりしっかりした組織だと、リントは警戒を強める。仰向けに運ばれながら森をぐるっと見回すうちに、リントは、男達がある一点を見つめていることに気がついた。自分の体を抱えなおすために男が体勢を変えたとき、リントもその正体に気がついた。
石壁の隙間の奥がキラリと光ったのだ。丸みを帯びた光は、水滴のようだが、動かない水滴などあるわけが無い。
「レンズだ」
リントはすぐに感づいた。石壁の中で、誰かが、外の様子を伺っているのだ。
やがて、リントの身体があらためて担ぎなおされた。と、石壁の一角が、重い音をたててずらされた。
石の隙間から唐突に、泥に汚れた指が、ぬっと生えてきた。
リントの心臓が跳ね上がる。
その指が手首にかわり、やがて両手が突き出した。その手がグイと石のひとつを押し開けた。
現れたのは、中年の男だった。
「ごくろうだったな」
男は、拘束されたリントを見ても驚かなかった。おそらく指笛の合図に「怪しい者を捕獲した」という情報が盛り込まれていたのだろうとリントは推察する。
四人の男がリントを抱えたまま、すばやく石の入り口の中に身を滑り込ませた。石の扉はすぐにしんがりの男によってぴたりと閉ざされた。
薄暗がりを想像していたリントは驚いた。電気が引かれ、たりない部分はランプが足されて、遺跡の中は、各人の顔がはっきりみえるほどに明るい。
リントはどさりと石の床に下ろされた。鼻を湿った苔の匂いがつく。
「いいか、暴れないと約束したら、拘束を解いてやる」
男の言葉に、リントは一も二もなくうなずく。
すると、口、手、足とあっと言う間に縄が切られ、拘束が解かれた。縄を切った刃物を手に、男達が立ち上がる。
「……一体なんだっていうんだ」
リントが身体を起こすと、自分を抱えてきた男達四人の顔がはっきりと明りに見て取れた。そしてこの石の遺跡の扉を開けた男、そして、
「……なんで、こんなに、人が」
遺跡の中は、広かった。何か機械の回転する音が響いている。苔の匂いに混じって、なにか油のにおいもする。それは、リントもなじみの匂いだった。
「飛行機の、工場の匂い……!」
リントは目を見張った。飛行場の格納庫もかくやと思われる、石の広場。天井に吊るされた明り。しっとりと冷えた天然の洞窟の中は、どこからか風が吹きぬけている。それに加えて換気扇が回され、その下では、いくつもの翼が、ぬれた光に輝いていた。
「……これ、郵便飛行機だ……表の飛行場に無いと思ったら、こんなところに格納してあったのか」
リントが、信じられないという思いであたりを見回した。そして、ある一角でリントは声を上げた。
「あれ、オレの飛行機!」
リントが藪に突っ込ませた、彼の黄色の飛行機だった。
岩壁を開けた汚い指の持ち主が、はじかれたように立ち上がったリントの肩をぐいと掴んだ。
「やっと帰ってきたか。リント・カトプトロス。いとしの彼女を捨てていく甲斐性なしが」
自分が黄色の飛行機を捨てて故郷に帰ったことを言われているのだと解り、リントは作った笑みを浮かべる。
「オレって、そんなに有名でしたか」
「有名だとも! 有能な郵便飛行機乗りが、徴兵を拒んで逃げているとな! 手配の電信がきたからな」
男はリントの肩を引き寄せた。肩を掴んだ手の反対側、リントの左胸の下部に、冷たい棒状のものが突きつけられた。
「で、時に君は、どちらの味方かね? 『大陸』か? 『奥』か?」
リントの喉を汗が滑り落ちた。洞窟の中のすべての目が、リントのほうを見ていた。
「返答によっては、このまま殺す。その覚悟もあって戻ったのだろう?」
リントの思考がめまぐるしく動いた。
おそらく、この人たちは『大陸』か『奥』の、どちらかの味方なのだ。昔から縁が深いのは『大陸』だが、それならば隠れて活動する理由が無い。逆に本当に『奥』の味方だとしたら、まわりの島々を敵に回すような、飛行場に堂々と『奥の国』の飛行機を置いてみせるようなまねをするだろうか。
「オレは」
リントは、意を決して口を開いた。脳裏に、自分を逃がしたレンカとヴァシリス、そしてルカの顔が浮かんだ。 これが自分の最期となったとしても、自分を守るために命をかけてくれた人たちがいる。
そのために、リントの言うべき言葉はひとつだと、彼は決めた。
「オレは、『空』の味方だ。『奥』『大陸』『島』?……そんな境界線は、知らないね」
そのとたん、すべての音が静まった。小さな換気扇の音だけが、ひんやりとした洞窟の中に響いた。
長い刻が過ぎたと感じたとき、ぴたん、と水の落ちる音が響いた。その瞬間、わっと周囲が沸いた。
「よう! リント!やっと帰ったと思ったら相変わらずか!」
「心配したぞお前!」
「馬鹿は長生きするって本当らしいなおい!」
飛行機のむこうから顔をだしたのは、作業服と眼鏡をつけて作業をしていた者たちだった。
「え、ちょっと……」
とまどうリントの前で、胸に当てられていた銃口がふっと外された。
「……馬鹿が。徴兵から逃げるなら、もっと用意周到に逃げんかい」
リントはまじまじとその汚れた指の男を見てしまう。フンと鼻を鳴らして、男は短銃をしまい、リントを見上げた。
「私のことを知らないか。まぁ、空からじゃ、ちっぽけな人など見えやしないのだろうがな」
そういって、男は飛行機の並ぶ場所へと歩き出す。
「ま、待てよ! あんた、そこまで言いかけて誰だか教えてくれないのか!」
追いすがるリントよりも先に、リントを押さえつけてここまで運んできた男たちがその男を追いかける。
「町長! 待ってください!」
「町長!」
え、とリントがあんぐりと口を開く。町長と呼ばれた男が、追いすがった者たちに拳を振り上げるふりをする。
「くそ! 隣の島のもんにばれちまったじゃないか!」
「え、え、ちょっと……?!」
戸惑うリントに、リントを押さえていた四人の男のうち、しんがりの男がゆったりと側に歩み寄った。
「……気にしないでくれ。これにはちょっとした事情があってな」
リントが問い返す前に、今度は別の方向から声をかけられる。
「リント!」
町長たちと入れ替わるように、飛行機の向こうから先ほどから叫んでいる作業服の男達が駆けてきた。リントはただ驚くばかりである。それは、ついこの間までリントと共に空を飛んでいた、郵便飛行機の操縦士の仲間たちであった。
「お前ら……! どうしてここに!」
「どうしてって、ドレスズ出身だからさ、嫁さんが」
「そんな個人的な事情を訊きたいんじゃないだろうリントは!」
リントを囲んだ仲間は三人。皆、大陸の国で訓練を受け、島と大陸に郵便を運んで往復していた郵便飛行機乗りたちだった。
「ドレスズはな、作戦拠点なんだよ」
え、とリントが震える。
「……表向きは、『奥の国』に飛行場を提供する。しかし、その水面下ではこの通り」
見回すと、郵便飛行機の裏にもさらに、飛行機がいくつか並んでいる。それは大陸の国の爆撃機だった。
「『奥の国』がこのドレスズに安心して飛行機を配備したところで、一気にそれらを奪い、戦況をひっくり返す。そしてドレスズは、『奥の国』の飛行機といったモノと情報を手土産に、大陸の国と合流し、一気に奴らを叩く。
……それだけの人材とタイミングが整うのを、狙っていたんだよ」
リントの目が、ふっと光を失った。
「じゃあ、オレは……結局、爆弾を積んで飛ばなきゃいけないのか」
あちらへと行きかけた町長がリントのほうを振り返る。
ふと気がつくと、光る目が、並んだ飛行機のあちこちから、リントをじっと見つめていた。
つづく。
滄海のPygmalion 27.ドレスズの真実
「島はどれひとつとして同じものは無い」
……リントたちの島とは違う、したたかな島国根性。
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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