時計の秒針が、決して止まらず、決して戻らず、ひたすら突き進むように、 あらゆる物事は、例外なく、進行していく。
 時計の針が止まることが無いように、皆、一秒一秒突き進んでいく。
 時計の針が戻ることが無いように、物事は元には戻らない。
 そして、例の計画も、実行へ至ることに、もう時間は残されていない。
 刻が来れば、数々の人間が動き出す。いや、人だけではない事は分かりきってる。
 その中には、僕の知っている者が殆どだ。
 あの計画が実行に移されると同時に、その人達は、二つの方向に別れ、同時に二つの方向へ突き進んでいく。
 僕は、どちらにつくのだろうか。
 正直、今更そんなことを決めかねていられるほど余裕が無いことは理解している。
 しかしどんなに決めかねようと、運命の者である僕が、そこから逃げ出せることは無いのだ。
 時が来れば、先ず僕の身近な人物が事を起こす。
 そして、相続者の下へ旅立つ。
 続いて僕も事をお越し、ここを離れなければ、動き出ださなければならない。
 生まれながらにして宿命という枷に縛られた僕は、この、一時の安息をかなぐり捨て、運命の赴く方向へ流れていくしかない。 
 例え、その先にいかなる苦痛があろうとも、いかなる犠牲があろうとも。
 これを自覚することに、どれほど苦悩したことだろうか。
 そしてまた、僕の目の前には運命が立ちはだかる。
 しかし、僕だけではない。
 僕は知っている。僕と同じく、その身に運命を背負ってしまった人々を。
 僕と同じ体を持ち、僕と同じ宿命という名の濁流に身を投じる者達を。
 彼らが、僕の味方となるか、刃を向け合うかはまだ定かではない。
 今こそ分からないことも、刻がくれば全て明らかにされ、僕はそれを一つ残らず享受しなければならない。
 その刻は、すぐそこまで迫っている。
 僕らは刻一刻と、運命に近づいていく。
 そしてたった今、決して止まることのない、決して戻ることの無い秒針が、
 十二の字に触れ、正午を告げた。

 
 ショルダーバックと腰を、同時に柔らかいソファーへと下ろす。
 その瞬間、初めて半日分の疲労を感じる。
 こういうことはよくあるが、朝から慌しく働き、走り回る俺には、もはや疲れを感じる余裕も無いかも知れないが、いざ休憩を取ろうとソファーに腰を下ろした瞬間、それまで感じなかった疲労感が押し寄せるのはいささか気に食わない。簡単に言えば、ストレスがたまる。
 とわいえ、今から一時間弱は、その疲労感をいくらでも癒せる。
 今を、ピアプロでは、昼休み、と呼んでいる。
 正午から、一時までの一時間を、昼食を摂るなり休むなり、皆が自由に出来る時間だ。
 俺もその真っ最中で、この休息所で昼食を摂り始めていた。 
 ここの設備は完璧だ。 
 自動販売機、観葉植物(スギ科)、柔らかいソファー、喫煙所機能、窓から見える大都市。
 休憩所としては余りに豪華なこの空間の魅力を知った俺は、それからというもの、昼休みはほぼここの住人である。
 だが、住人といっても、そうといえる者は俺一人だ。 
 特に休憩時間になってまで他人と群れることを好まない俺は、いつもここてで昼食を摂り、一服する。
 一服の時間が、仕事の合い間の楽しみであるから、俺は手早く弁当を広げる。
 居住区では母親のような存在、ハクが、まさしく母のように早起きし、弁当と朝食を作り始める。これは通称ハク製弁当。 
 いや、近頃は、アカハク製といえるのだが。
 蓋を開ければ最初に目に入るのは、俺に対する思いを調味料で綴った絵文字だが、いちいち味わって食べている余裕は考えていないので、適当に食べる。 今ごろ、ネルと雑音さんは調教室にいるか・・・・・・。
 いいや、あそこでの飲食は禁止だから、二人はどこで昼食を摂っているんだろうか。
 雑音さんの機嫌は元通りになり、ネルとの仲も深まったようだから、楽しくお喋りでもしらがらだろう。
 しかし、彼女らはどのような内容の雑談をするだろうか。
 今まで耳にした事がな・・・・・・ブェッ!アカイトのヤツ、唐辛子を大量に入れやがったな!!

 
 「ほら、ネル・・・・・・ふふふ。」
 「ちょ、ちょっ雑音ぇ、そんなトコ・・・・・・。」
 
 
 「おや、どうもこんにちは。敏弘さん。」
 その声に条件反射を起こした俺は、口から水筒の飲み口を離した。
 「何だ。」
 声の主が誰なのかは、既に分かっている。
 視線を合わせる必要は無い。
 「いいえ、なんとなく。」
 そうあっけなく答えると、何かを待つように、俺の隣に腰掛けた。
 どういうつもりなんだ。
 「そうそう、あれから明介さんとはどうですか?」
 分かりきったことを訊いてくれる・・・・・・。
 相手にする必要は無い。むしろ、こうも陽気に話しかれられると腹が立つ。
 そのまま無言でいると、彼は更に言い出す。
 「このごろ会ってないんでしょう。お仲間同士、色々とやんなきゃならないことがあるんでしょ?」  
 「・・・・・・。」
 そうだ・・・・・・。
 明介とは、ここ一週間も顔を合わせていない。
 共有も、会話すらも行っていないが、それにはとある理由がある。 
 かなり不鮮明な理由が。
 明介は、クリプトン本社の上層部に突然呼び出され、それからというもの全くの音信不通となってしまった。
 今では、ミクオとの同居もしていないという。 
 いくら情報網が広い俺でも、上のことまでは手が出せない。 
 彼がどこに姿を消したかは、杳として知れない・・・・・・。

 
 「雑音・・・・・・誰か来たら・・・・・・。」
 「いいじゃないか、別に。」
 「よくないよぉ・・・・・・ひゃっ!」
 
 
 「お前、どこまで知っている。」
 自然と、ミクオに対する問いかけが口から漏れていた。
 「さぁ?僕は別に、明介さんの居場所なんて知りません。」
 その発言の信頼性は確かなものではない・・・・・・しかし、ここで彼がそんなことを隠す理由が見つからない。
 俺は二度と、彼に質問しないだろう。
 「これは僕の推測なんですけど、多分クリプトンから離れてるんだと思いますよ。」
 「・・・・・・。」
 何故そんんな事がいえるのか、俺には理解できないが、このまま話を聞く価値はありそうだ。 
 「だって、タワーの中にいたら、僕のところに帰ってくるなんてか簡単ですよ。」 
 確かにそうだ。
 クリプトン本社ビルであるクリプトンタワー内部に明介がいるとすれば、ミクオに出会うことは簡単だ。
 なにせ、ミクオの居住区もタワー内部にあるのだから。
 それでも、ミクオと会うことが無いとすれば、その上連絡すらないのなら、どこかに出向いている可能性が高い。
 だが、そんなことがあったのなら、俺にその通告がきて当然のはずだ。
 しかし、知らせといえるものは、何一つ届かなかった。
 そこまでを、俺は畏月と共に、首をかしげていた。
 ミクオの発言が本当だとするならば・・・・・・。
 「どこに行った。」
 「さぁ・・・・・・?」
 その答えは、いかにも、興味は無い、といっているようだ。 
 
 
 「耳ッ・・・・・・甘噛みしちゃ、やぁ・・・・・・!」
 「どうだ・・・・・・?」 
 「雑音・・・・・・こんな・・・・・・いいなぁ・・・・・・。」
 「んっ・・・・・・ネルだって・・・・・・。」
 
 
 ミクオが背を向けた瞬間、彼の背中に、何か重く圧し掛かるようなものを見た。
 雰囲気というか、空気というか、はたまたオーラか。
 感じるのだ。彼にある、何かが。
 ミクオ・・・・・・お前は・・・・・・。
 俺は昼食を終えると、煙草に火をつけ、ふうと灰色の息を吐いた。
 その息と共に、日常の鬱やストレスが抜け出ていくのが分かるのだが、明介のことに対する疑問は、煙草の一服ではどうにも消し去れない。
 いや、消し去るべきではないのかも知れない。
 明介が戻りさえすれば、全てが明らかとなるだろう。 
 全てを、聞き出してやる。
 そう思った次の瞬間、想像することを避けていた、一つの可能性が脳裏をよぎった。
 だが、すぐにその妄想を打ち消した。
 そんなことはあってはならない。
 だが、最悪の事態は、想定しておかなければならない。
 その最悪の事態、考えられる事態はいくらでもある。
 では、その事態を避けるための手立ては?
 俺に出来ることは?
 どうすればいいのだろうか。
 そうこう考え事をしている内に、昼休みがそろそろ終わりを告げる。 
 俺は荷物をまとめ、ソファーを立った。
 休憩をするための休憩所で、休息を得るための昼休みで、
 俺は、明介に対する疑問に、頭を悩ませていたというのか。
 これでは、まるで意味が無いか。
 何も考えず、リラックスするからこそ旨みを感じる煙草を、
 俺はまた、疑問によって無駄にした。 
 ・・・・・・そろそろ、空か。
 
 
 「雑音、そろそろ時間・・・・・・。」
 「そうか・・・・・・じゃあ、続きは、また今度だ。」
 「も、もうこんな所じゃダメだからね!」
 「ダメなのか?」
 「ん・・・・・・まぁ・・・・・・家でなら。」
 「ふふっ・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「んっ・・・・・・。」
 








































 「しかし、よくもこんな物まで用意しましたね。ええ。今目の前にありますよ。これも、例の聖戦とやらのためですか・・・・・・ええ。そちらならすぐに手に入ります。なに、任せてください。あんなものをかっぱらうぐらい簡単です・・・・・・他の監視者たちには、外国支部へ出張として、偽装の知らせが入るでしょう・・・・・・え、はは。そうですか。そんなものまで、あなたがあそこに任せたんですか。ま、もうどこへも顔出しできない身なら、仕方ないですね。まぁすぐに、その顔を全世界に知らしめるでしょうが・・・・・・いえいえ、あなたこそが相続者に相応しい。ですからあなたに俺はついていってるんです・・・・・・ええ。ミクオも。遅れて後から来るそうです。ゲストを連れて・・・・・・そうですか。そちらでも・・・・・・はい・・・・・・はい。分かりました。準備万端ですね。それでは、俺もピッチを上げるとします。はい。誰一人、抜かりはありません。無論、向こう側もね・・・・・・。正直俺は楽しみでなりません。あなたが真の相続者となることを・・・・・・。そして、その後まで・・・・・・分かりました・・・・・・はい。仰せのままに・・・・・・それでは、失礼します・・・・・・ボス。」

 
 時間は止まることも戻すことも出来ん。

 その針を推し進めるのは、紛れもなく、宿命を背負った運命の者。

 運命の刻(とき)は、すぐそこだ!




ライセンス

  • 非営利目的に限ります

I for sing and you 第二十六話「刻」

そろそろ終盤です。あと一息!
つうかこの話自体自作へのフラグみたいなモンですね。

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投稿日:2009/04/22 00:26:54

文字数:4,477文字

カテゴリ:小説

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