さく・・・さく・・・さく・・・・。
足を踏み下ろすたび、そう足元の枯れ草が囁く。
さく・・・さく・・・さく・・・。
歩けば歩くほど、枯れ草は囁く。
さら・・・さら・・・さら・・・。
たおやかに、合唱を始める、木々。
さら・・・さら・・・さら・・・。
その合唱の間は、ただ一人に向け、歌われる。
すう・・・すう・・・すう・・・。
互いに呼応するように、空を駆け抜ける、風。
すう・・・すう・・・すう・・・。
それは、周囲を流れるように飛び交い、空に舞う。
時に、囁き。
時に、歌い。
時に、呼び合い、舞う。
ここは、そんな住民達の住まう世界。
俺は夜の闇に包まれた家路を歩いている。
都心から、人気の少ない住宅地に入り、家々の間を抜け、誰も立ち入ることの無い林道へと足を踏み入れる。
舗装もされていない、ただ微かに人の足跡を残すその林道を抜ければ、皆の待つ専用居住住宅へと到着する。
それは、故郷無き俺の唯一の家であり、家族の待つ家だ。
最も、この時間帯であれば、俺が帰宅しても誰も出迎えてはくれないだろう。家族と友に夕食を食べたり、テレビを見て団欒できるのは月に一度あれば良いほうだ。
慣れてはいるが、それは、やはり物寂しいものである。
そして、今日もまた、こうして家へと続く林道を、一人歩いている。
足元には枯れ草が敷き詰められ、辺りは木々に覆われ、風が俺の体を無数にすり抜けてゆく。
俺は、闇に覆われたこの空間で、一筋の光を足元に照らし、どうにか正確に家路を歩くことができる。
今は、手の平程度の小さなLEDライトだけが、俺を家族の待つ家へと導いてくれている。
もう何百回と往復した道だが、やはり視界が利かなければお手上げである。
しか、このごろ、この道を通るときに、妙な習慣がついてしまった。
頼みの綱であるLEDライトを消灯し、その場に立ち止まり、瞑想するというものである。
目蓋を閉じ、体の一切の動きを止めると、何故だか、人の気配がしてならない。
時には、ただの枯れ草が、踏みしめる度に囁いてるように聞こえ、
風に木々が揺るがされるたび、木々か歌っているように聞こえる。
さらには、風が林道を吹き抜ける時、何か呼び声のようなものが聞こえるのだ。
錯覚と切って捨てるには余りにもはっきりと実感できるそれは、まるで、この林道が何か別の世界であるように思えてならない。
そうか・・・・・・では、この枯れ草も、木々も、風も、この世界の住民なのだろう。
そんなことを考えながら、俺はLEDの蒼白の灯で足元を照らし、再び林道を歩き続けた。
すると、向こうから、俺のものではない、さらに眩い光が迫ってくるのが分かった。
その光は、それまで闇に覆われていた林道を煌々と照らし、それと共にこの世界の住民達は一斉に息を潜めた。
灯りは、遂に俺の姿を捉えた。
同時に、その灯りが何者のものかが分かった。
「アカイト・・・?」
「マスター・・・?」
その光は・・・とても悲しくて・・・儚くて・・・。
灯りなのに、とても明るいのに、どうして・・・。
どうしてそんな感情を抱いてしまうの・・・・・・。
灯りは・・・無数に・・・わたしは・・・あなたと・・・ふたり・・・。
その光は、黒い空中に、ぽつり、ぽつり、辺りを照らす。
それは、街灯りよりも、温かくて・・・眩しいよ・・・。
だけど・・・悲しくて・・・儚くて・・・切ないの・・・。
とても、とても。
悲しい・・・儚い・・・切ない・・・。
温かい・・・楽しい・・・嬉しい・・・。
ただの公園の外灯なのに。
なのに、様々な想いを抱くよ。
いろんなことが、思い浮かぶの。
その光を見ているだけで・・・・・・。
きっとあなたも、
何かを、思っているはず。
教えてよ。
あなたは、あの灯りに何を想うの?
深夜の公園に、あたしと雑音は二人きり。
街明かりが少なくて、星が良く見える、近所の公園。
ベンチに、噴水に、適度な防風林・・・・・・と、公園としてはお決まりのものは揃ってるようだ。
二人で夜の散歩に来たけど、あたしは歩きつかれて、公園のベンチに雑音と座っている。
「雑音・・・・・・。」
そう話しかけても、何も返事は来ない。
と、雑音を見たら、おいおい。寝ちゃってるよ・・・・・・。
しかも、あたしの肩に頭乗っけちゃって・・・・・・。
ま、いいか。
その寝顔は、公園の外灯に照らされて、いつも枕元で見る寝顔よりも、もっと綺麗に見えた。
ふと、あたしは公園の外灯を見た。
白くて、綺麗な光で、公園の赤茶色のレンガが埋め込まれた地面を照らしてる。
その光を見ている内に、なんだが、いろんなことを思い出した。
死のうとして雑音に助けられたときのこと。
雑音や網走さんと一緒に、暮らしたこと。
雑音と、歌ったこと。
今までの思い出が、その光の中に見えるような気がする。
そう想っていると、外灯の光は、あたしをいろんな気持ちにさせた。
悲しいかったり、儚かったり、切なかったり・・・・・・。
温かったり、楽しかったり、嬉しかったり・・・・・・。
思い出の中で感じた全ての想いが、あの小さな水銀灯に詰め込まれているみたい。
それを見続けたら、思い出が、はっきりと蘇ってくる。
本当に今までいろんなことがあった・・・・・・いろんなことを想ったんだ。
まるで、あの水銀灯みたいに。
一色だけど、一色じゃない。そんな感じ。
雑音は、あの水銀灯を見たら、どんなことを考えるかな・・・・・・。
昔の思い出を、思い出すかな。
雑音に聞きたいけど、あたしの肩に寄りかかってすやすやと眠っている雑音を起こすのは、ちょっと悪い気がした。
あたしも、寝ちゃおうかな・・・・・・。
雑音に寄りかかると、二人でお互いを支えあった形になった。
あたしは、そのまま目を閉じた。
アカイトは、無口のまま、俺に冷えた缶コーヒーを手渡した。
「すまんな。」
「別に。俺もノド乾いてたところだから。」
家に着く寸前、林道で出会ったアカイトは、住宅街の近くの自動販売機に用があったようだ。
ついでなので、俺も彼に付き合うことにした。
自動販売機で用を済ました俺とアカイトは、そのまま今来た道を戻っていた。
「でも、どうしたこんな夜中に。」
「・・・・・・眠れねぇの。」
「どうして?」
彼はその問いには答えず、無言のままだ。
彼が何を考えているのか、気にかかる。
「ああ、そうか・・・・・・分かったぞ。」
「あん?」
「ネルのことか。」
その知らせは、今日の昼休みに、皆に伝えた。
ハクもカイコも大喜びだったが、アカイトだけ、喜びとは随分異なる表情を浮かべていた。
あの時も、何を想っていたのだろうか。
「・・・・・・。」
アカイトは無言のまま歩き続けた。
否定はしないか・・・・・・。
「そうだアカイト。お前ネルが帰ってきたら、どうしてやりたい?」
「どうするって・・・・・・そんなの・・・・・・。」
咽の奥に、何か言葉を詰まらせているようだ。
「何か、ネルにやってあげたいこととかはないか?」
「そりゃ・・・・・・まぁ・・・・・・。」
「んー?」
「帰ってきたもんで・・・・・・みんなでお帰りパーティーとか。」
普段粗暴な態度のアカイトも、こういう無垢な子供のようなことを考えているんだなと思うと、なぜかアカイトが可愛らしく見えた。
「ふっ・・・・・・名案だ!それでいこう。」
俺はアカイトの肩を叩いた。
「それと・・・・・。」
アカイトが、何かを言いかけた。
「それと、何だ?」
「いや、なんでもない。」
「教えろよぉー。」
「何でもねぇったら!」
二人で戯れあっているうちに、気がつくと、またあの林道の前に来ていた。
アカイトが、手に持っている大きなライトを点灯させた。
「いや、それはいい。」
「はぁ?だって暗いだろ・・・・・・。」
「俺のこれで、十分だ。」
アカイトがライトを消すと、俺はLEDの蒼白の光で足元を照らした。
途中、俺がライトを消し、アカイトと共に闇に包まれたなら、
林道の住人達の存在を、彼にも理解できるかもしれない。
「ふぁ・・・・・・あれ、ネル・・・・・・?」
「あーあー・・・・・・あたし達、公園のベンチで寝ちゃったよ。」
「そうみたいだ・・・・・・。」
「ねぇ・・・・・・雑音。」
「うん?」
「今日一日、何して過ごそうか。だって、折角貰った休暇だし、雑音、今日の夜・・・・・・行っちゃうから・・・・・・。」
「そうだな・・・・・・じゃあ、海に行かないか?」
「海?」
「そうだ・・・・・・涼しくて、気持ちいいところ・・・・・・。」
「いいね・・・・・・行こうよ!」
「だけど、まず家に帰らないと・・・・・・。」
「そうだね・・・・・・。」
「今何度だろう・・・・・・。」
「四時半過ぎかな・・・・・・あ、見て、雑音!」
「あ・・・・・・。」
「朝日だ・・・・・・。」
「きれい・・・・・・。」
公園のベンチで見た朝日はとてもきれいで、
まるで、今のあたしと雑音の心のように。
思い出を映し出す水銀灯が消えてしまったから、
今度は太陽が、あたしと雑音の未来を、照らしてくれる。
「雑音・・・・・・。」
「ネル・・・・・・。」
自然に、あたしと雑音は引き寄せられて、
次の瞬間、キスしてた。
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