[B区画 街‐2エリア]
「あなたは…私に勝てない」
頭の中で、ずっと反芻し続ける言葉。
私は…負けたの…?
カタン、と、体が揺れる。
ミクは目を覚ました。
「ここは…」
呟いて、あたりを見渡した。
山にいたはずの自分はなぜか長椅子の上。再びカタンと動く。窓からは移っていく景色。
ここでミクはようやく理解した。自分がいるのは電車の中だと。
そして、今度は自分の記憶をさかのぼる。確かに自分は山の中にいた。そして、ルカと戦っていた。そして自分は…。
「…私は、負けた…」
現状を把握するかのように、ミクは呟いた。
だが、おかしい。ここは電車の中。確かに、山にいたはずなのにいつの間にか電車の中にいるというのもおかしいのだが、それ以外にも。
マイクも無事。当然フォンも無事。…つまり、まだ脱落はしていない。
気絶している間何が起こっていたかはわからないが…誰が自分を助けてくれたのかは明白である。
「…あ、ミク姉、やっと目が覚めた…?」
助けてくれたであろううちの一人…レンがやってきた。
[E区画 街‐1エリア]
レンが持ってきてくれたココアを、ミクは口に含む。少し、気持ちは落ち着いた。
フォンを見ると、電車はいつの間にかB区画を抜けて東…E区画に入っていた。
「…大丈夫?」
心配そうに問うレンに、ミクは頷いてみせた。
「…ありがとうね、助けてくれて」
ミクは小さく言った。だがレンはそれでも満足したようでほほ笑む。
そのままミクは何も言わず静かに車窓を眺めていた。レンは、リンはちょっと取り込み中だから、と言ったきり、静かにしていた。
物思いにふける。だんだんミクに何かがこみあげてきた。悔しさ…だろうか。ミクの身体が震えだす。
「…仕方ないよ」
レンがミクの気持ちを察し、慰めるように言った。
「あの時はいろはちゃんとの連戦だったし…」
「仕方なくないわ」
ミクは言葉を遮った。
「…ううん、仕方なくなんてない。…私が心がけてること…知ってる?」
ミクの言葉に、レンは首を振る。
リン、レンは、いつもずっとミクと過ごしてきたが、そういえばそのようなことは聞いたことはなかった。
「…アイドルはね、例えどんなに不調でも…その時にできる最高のパフォーマンスをしなきゃいけない。私は…あの時、それができなかった。たとえ不利な状態でも、どこかしらには抵抗できるところがあったはず。なのに…それをせずに私はルカ姉に恐れおののき…負けた」
途中からレンに言うより、自分に言い聞かせるような口調になるミク。
そして次々と出てくる反省の言葉。
「そうよ。真っ向勝負する必要なんてなかった。カイト兄さんと戦った時はそうだったじゃない。あの時だって多かれ少なかれ…。まだある、だって…」
「ミク姉!」
レンは叫んだ。そこまで大きい声を出す必要はなかったが、そうでもしないとミクは止まらない気がした。
彼も、こんなミクを見るのは初めてだった。
「やめよう、ミク姉。過ぎたことは仕方ないよ。…いつでも全力を尽くすのがアイドルなら…どんなに辛くても笑顔を絶やさずに元気で応えるのもアイドルだろ?…だから…」
「…無理よ」
それでもミクは立ち直らなかった。
「大丈夫だから」
「大丈夫じゃない」
「まだ負けてない」
「私は負けたのよ」
レンの励ましをことごとく否定していくミク。
「まだ勝てるよ」
「もう勝てない」
「ミク姉…まだいける、終わってない」
「…もう…終わったのよ!」
励まし続けていたレンだったが、ミクはそれに応じることはなく、逆に耐えられなくなって、声を荒げてしまった。
「もう黙ってて!無理なの!私は…勝つことなんてできない!」
それはただ、悩んでしまったあまり、ついつい感情的になっていってしまったもの。だが、レンの気に障ってしまった。
「なんだよ…!ミク姉が元気にならないと、俺たちだって元気になれない。第一、俺たちはミク姉を応援してこうしてるんだから、本人が元気にならずしてどうすんだよ!」
「もういい、ほっといて!」
「ほっとけねえよ!今までこんなミク姉、見たことない!」
「いいから、ほっといて!」
こんな状態のミクに、レンは愛想を尽かしてしまった。
「…もういいよ、こんなになるなら、ルカ姉の味方に寝返るべきだった!」
レンは立ち上がると、そそくさと歩き去ってしまった。
「あ、レン…ちょ、え?」
お取込みからリンが戻ってきたが、レンはそれスルーしていった。
「…どうしたの…ミク姉?」
戸惑いながらリンが尋ねてきたが、ミクは知らない、レン君なんて、を繰り返すばかりだった。
「ちょ…ちょっと…」
歩く街中、この戸惑った声はリンのもの。それもそうである。
時刻は夕方、これ以上の移動はいいだろうと判断したので、三人はこの街で泊まることにした。
そこはいい。
問題は…そっきからミクとレンがそっぽを向いたまま、全く話そうとしない。それどころかお互いそっぽを向いたまま。
現在、そんな二人の間にリンが挟まって三人が歩いている状態。リンが戸惑いの声を上げるのも当然である。
「あ、ほ、ほら、あそこなら泊まれる場所なんじゃないのかな?」
リンが焦りつつ声を上げる。そして同意を求めるようにミクを見た。
「…そうね」
ミクはボソッと返すのみ。続いてレンを見るが、
「…だな」
ミクと似たような調子で帰ってきた。
リンは「もお~~!」と叫びたかったが、ぐっとこらえた。
とりあえず中に入り、部屋を適当に決めようとするが、いきなりミクが奥へずんずん進んでいってしまった。
「あ、ミク姉待って…」
追いかけようとしたリン。だがレンがその腕を掴んだ。
「ちょっと、レン!」
「いいんだ、今のミク姉は…一人にしといたほうがいい」
レンは首を振りながらそう答えた。
「なんで?…というかどうしてレンとミク姉はさっきからあんな調子なのよ?」
「別になんでも…」
「何でもじゃないでしょう?私達、ミク姉の味方になるって最初に決めたじゃない!なのにこんな状態になっちゃったら…」
リンの目は切実だ。
レンは何も言えずに目をそらそうとしたが、リンがそうさせなかった。
「言って!私がいない間、何があったのか!」
その強いまなざしと訴えに、レンはノーと言えるはずがない。
「…分かったよ。話すから…とりあえずミク姉はいまはそのままにしてくれ」
レンは言った。
レンから事情を聞いたリンは、ミクの入っていった部屋を探しに行く。開け放されたドアが並ぶ中、一つだけしまっていたドアがあった。
ノックをするも返事はなし。開けようとしたがカギがかかっていた。
「ミク姉…?」
名前を呼ぶも、返事はない。寝てしまったのか、それとも、無視しているのか。
理由はどうあれ、ドアが開くことはなかった。
「…ミク姉、大丈夫だから」
リンは一言だけ言った。大丈夫に、沢山の意味をのせて。
次の日。
「ミク姉…?」
双子はミクがいる部屋のドアの前に立っていた。
ノックをするも、やはり返事はない。ロックもされたまま。
しばらく静かに待ってみても、ミクが出てくる気配はなかった。
「…もう、いいだろ」
レンが言った。
「でも!…」
リンは言い返したかったが、これといっていい案も浮かばないので黙り込んでしまう。
「…とりあえず、食べるもん持ってこようぜ。ミク姉だって、腹が減れば出てくるだろうし、その時に何もなければ…」
「…そう、ね…」
レンの言葉に、リンは頷くしかなかった。
二人は外に出て、早歩きで歩き出す。とりあえず行って早く戻ろう。そう思っていた。
だが、ミクの事で頭がいっぱいだった双子は気づかなかった。…途中から後をつけられていたことに。
「…すまぬな、おぬしら」
しばらくして、気絶した双子を見下ろして、腰に刀を差した紫髪の男性が、呟いた。
…どれくらいこうしていたのだろう?
ベッドの上、ミクは体を起こす。
なんとなく体がだるく感じるのは、やる気のなさからだろうか。
双子の元を離れてこの部屋に入ってから、ミクはずっとこのベッドで寝そべっていた。眠っているのかそうでないのかわからない状態をずっと続けていた。
それでも、リンの声は聞いていたし、朝、二人が来ていたことも分かっている。
さっきは話し声が聞こえていたのだが、今はもう二人はいないのだろうか。そっと立ち上がり、ドアの方へ向かう。
その時だった。
「ひっ…!」
フォンのバイブ音。思わず声があがった。
どうやらメールを受信したようで、そしてその送り主は意外な人物だった。
メールで指定された場所、駅前。
ミクがそこにつくと、メールの送り主はそこに隠れもせず立っていた。そしてその足元には…気絶した双子。
「…待っていたぞ」
紫髪、奇抜な衣装に刀、そして侍のごとく強い眼力。神威がくぽが、そこに立っていた。
「…どういう事よ」
ミクは倒れた双子を見てから、がくぽに視線を戻し、言った。
「…用があるのはおぬしだけだからな。彼らは、ミク殿の協力をしているだけ…ならば巻き込みたくはない、それだけだ」
がくぽは一瞬下を見たが、すぐにこちらに向き直る。そしてさらに続けた。
「おぬしは人間になりたくて戦っておるのだろう?…その考えは我らの目標達成には邪魔なのでな。おぬしには…ここで決闘を申し込む」
がくぽの言葉はまるで刀の切っ先を向けるように鋭く、威圧感があった。
そして、ミクにはわかったことがある。
まだ何も言っていないのに、がくぽさんは私が人間になりたいと思って戦っていることを知っていた。まだ脱落していなくて、私の目的を知っているのは、ルカ姉しかいないはず。ならば。
…がくぽさんは、ルカ姉と、精通している…!
BATTLELOID「STAGE6 絆の真偽」-(1)
注釈は、BATTLELOID「BEFORE GAME」を参照してください。
ルカに負けたミクはやる気をなくし、さらに仲違いもしてしまう。
状況がどんどん悪化するミクのもとに…
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