25.紅の目覚め
上空から空を切り裂いて、何かが戦闘地帯に降り立った。
立ち上る砂ぼこりの中、立っていたのは、狂人デッドボールであった。
「この俺が何だろうが知った事かよ。俺は今、この時を楽しみたいんだ」
自らに言い聞かせるようにそう叫んだ彼は、ミクとノイズの方へと歩みを進めた。
「なんだ? てめえはよぉ。何がサイキョウノヘイキだよ?
みっともねぇったらねえな……。たかがボーカロイドのガキに何をびびってんだよ?」
立ちすくむ悪魔を指差し、説教をたれている。
地面に膝をつき、こちらを見ている少女を見つけると、
途端に上機嫌な風に、ニヤリと笑ってみせた。
「ボロボロじゃねえか……、いいねぇ、そそるねぇ~」
すたすたと近づいてくる男をつかもうと、ミクは右手を伸ばした。
だが、その手をするりとかわし、男は無情にもミクの顔に足蹴りをかました。
「あぁ? 調子に乗るんじゃねえよ。油断してなきゃなぁ、
てめえみたいなガキの攻撃なんて、くらわねえんだよ」
男はそう罵りながら、倒れている少女に何度も足蹴りを浴びせた。
「なんだよ? その目は? 怒ってんのか? いや、そんなわけねぇよなぁ?
てめえらに心なんて無いんだからなぁ。ただ命令に従うだけの人形だもんなぁ」
ずっと変わらず冷たい目で見つめるミクに、男の凶気は爆発寸前の所まで来ていた。
少し離れた所で見ている老人と少年は、その場から動けずにいた。
まったく異次元の世界に、その境界にある壁を越えられないままであった。
心ではわかっているのに、体が別の意思で支配されたように、ぴくりとも反応しない。
そうこうしている間にも、デッドボールはこの状況に少し飽き始めていた。
――そろそろ、終わらせるか…… ……ん?
彼は、少女の首で光っているあるモノに気がついた。
「ネックレスか…… たかが人形が、色気づきやがって」
おもむろにそのネックレスを手に取ると、力まかせに引きちぎってしまった。
「えっ? な、なに? この音は……」
ライムの耳を、今まで聞いたこともない不協和音が襲ってきた。
その強烈さに、思わず耳を塞いでしまったが、音は脳内で激しく響いている。
隣では、トラボルタが必死に何かを叫んでいる。
激しい不協和音は、コンマ一秒ごとに大きくなっていく。
炎が照らし出す広い庭には、凶気に満ちた笑い声と、老人の悲痛な叫びと、
悪魔のうなり声が響いている。
ライムの中で響いていた音のリズムが一瞬変化した、その瞬間――
激しい光と、雷鳴と、衝撃が一度に、庭に立っていた者たちを襲いかかった。
デッドボールは、後ろに立っていたノイズを飛び越え、はるか後方へと吹き飛ばされた。
ゆっくりと目を開くと、見える世界全てが、赤色で支配されている。
世界の中心で、激しく光を放つ存在が、この辺りを赤で染め上げているようだ。
ソレは、激しい雷鳴を轟かせながら、そこに立っている。
真っ赤な電撃をまとい、長い真っ赤な髪を、ゆらゆらと逆立たせて立っている。
ライムは、それが誰なのか、一瞬見分けがつかなかった。
だが、それは、どう見ても、やはり、ミクであった。
「ひぃっ、お…… 鬼姫……」
地面に尻もちをついて、後ずさりしながら、かつての狂人は、少女を見て、怯えている。
少女の持っている刀は、根元からみるみる、赤く染まり、光っていく。
その光が折れた刀の先端まで到達しても、その光は止まらずに、そのまま伸び続けていく。
よく見ると、その光に追従するかのように、刀身が復元されていっている。
あっというまに、ボロボロで見るも無残だった刀は、元の美しい姿を取り戻した。
「赤い刀身…… 赤い髪…… 赤いいかずち…… な、なんで、奴がここに……?」
デッドボールは、情けなくも、必死に地面をけり、後ろへと下がろうと試みている。
彼が見ているのは、紛れもなく、過去への恐怖の象徴、そのものであった。
「赤…… じゃと? いや、違う……」
老人は、とりつかれたように、赤い光を放つ少女を見てめている。
「もっと、濃くて、もっと、深い…… あ、あれは……」
「く、紅(くれない)…… ”紅のいかずち”」
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