THE PRESENT PART1 L-Mix SIDE:γ

 その屋上へと続くガラス扉を開くと、キィィ、ときしんだ音を上げた。
 病院の屋上は、実際には意外に広い。だが、頭上に広がる夕焼け空のせいか、それとも屋上を取り囲むフェンスのせいか、いまいちその広さが感じられなかった。むしろ、なぜか逆に狭く感じてしまう程だ。
 屋上に出たレンは、思わず身体を震わせる。部屋着のまま来てしまったのは失敗だったか、とも思う。
 せいぜい沈み行く夕陽が、かろうじてささやかな温もりを与えてくれる位だ。それもあと少しで沈んでしまえば、凍える程の寒さになってしまうだろう。
 これだけ寒いのであれば誰も居ないだろうか、と思いきや、入り口から離れたところに誰かが立っていた。
 レンからはちょうど夕陽と重なる位置で、その姿はシルエットしか見えない。レンはその人をよく見ようと、手をかざして目を細める。
(あれは……ミク、さん?)
 ゆるやかにたなびくツインテール。
 清楚な白いワンピース。
 彼女のもとまで歩いて行くと、レンに気付いた彼女は振り返ってお辞儀をした。レンが会釈を返して近付くと、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「あ……ごめん。邪魔しちゃったかな」
 ミクは目元をぬぐいながらそんな事無い、気にしないで、とでも言うように首を振る。
「昨日は……ごめんね。姉があんな事しちゃって」
 ミクは再度首を横に振る。ただし、今度はうつむいて。その様子は、レンにはまるで、ミクが「本当は私が悪いの」とでも言っているように感じられた。叩いたのは間違いなくレンの姉の方だというのに。
 その態度はレンには釈然としないものがあったが、今の彼女には安易に否定出来ない独特の雰囲気があった。
「……」
「……」
 レンはむやみに話そうとはせず、彼女の隣に立ってフェンスの向こうの夕陽を眺めた。
 街中の病院の屋上では、もちろん地平線など望むべくもない。夕陽が沈み行くのは遠くにのぞむ山脈の稜線ですらなかった。手前に見えるビル群の、上がったり下がったりするいびつなラインの向こうだ。
 その夕陽は、空に鮮やかなグラデーションを作り出していた。紺、藍、蒼、空、黄、橙、朱。そのグラデーションの中に夕陽に照らされた雲が点在し、アクセントを加えている。
 二度と同じ光景は現れない、自然の生み出す一瞬の芸術。
 その幻想的な光景を眺め、レンは思わず目頭が熱くなってしまう。自分がそうなって初めて、ミクが泣いていた理由を理解出来たような気がした。
「綺麗だね」
「……」
 やはり声は出さなかったが、彼女は微かにうなずいたようだった。
 その姿に、レンは改めて思い知らされる。ミクという少女は時折年齢離れした様子を見せるが、それでも自分と数歳しか変わらない女の子なのだと。
「……な、さぃ……」
「……え?」
 ささやき声、というよりはかすれ声だった。レンには一瞬それが声だという事にすら気付かない程に聞き取りづらい、かすかな声。
 そして、レンは今まで彼女の声を一度も聞いた事が無いという事実に不意に気付く。ミクに対しては、これまで声をかけても声での返事はなかったし、ここ最近は、返事を「聞く」のではなく、表情や態度での返事を「見る」事に慣れてしまっていた。
 そのせいか、彼女が声を出しているという事が、レンにはにわかに信じられなかった。
「ごめ……な、さぃ」
 それがミクの声なのだとようやく気付いて、レンは驚いて隣を見る。
 彼女は涙を流しながら、苦しそうに口を開いて、言葉を続けようとする。
「もぅ……ぉ……」
 それ以上、言葉は続かなかった。
 レンには、何があったのかは理解出来なかった。
 ただ分かったのは、彼女の瞳孔が開いて、恐怖に震えだしたという事だけだった。
 ミクは立っていられなくなったのか、フェンスに寄りかかり金網を弱々しく掴む。
「だ、大丈夫?」
 レンが慌てて駆け寄り、身体を支えようとする。が、彼女は彼にも分からないくらいに小さく首を振る。
「だ……め……」
「……? 何?」
 彼女の瞳には何の意志の光も灯っていなかった。しかし、その瞳には確かに映っていた。ミクとレンと、あともう一人の姿が。
 レンは、その三人目に気付かないままミクの頼りない身体を抱き留める。


「――やっぱり、そうなんだ」


「え?」
 ――そして空虚な声が屋上に響き、レンとミクに割り込むようにしてもう一人が現れた。
 その手元に、銀色のきらめきを宿して。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ReAct 11  ※2次創作

第十一話

THE PRESENTは三話構成になりました。
レン視点の時は、毎回書き出しがうまく言っているような気がしています。なぜなのかはわかりませんが。

今回は、絵になるシーンを書こうと思っていました。なので情景描写に気をつかって書いています。夕日の様子とか、それを背景にしてたたずむミク嬢とか。
読んで下さっている皆様に、PVのような美しいシーンが目に浮かんでくれると良いのですが。

閲覧数:133

投稿日:2014/01/25 08:34:30

文字数:1,868文字

カテゴリ:小説

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