[雨の日々 突然の晴れ]
外では雨が降っているようだ。しかし、雨の音は、私達の耳には届かなかった。それは、私がヘッドホンをしているからもあるが、部屋にゲームの音と、声が響いているから。声も歌声ではなく、たわいのないおしゃべり。いつものことだ。VOCALOIDなのだから、歌うべきかとも思うが….この空間も嫌いではない。パソコンの前で、カチカチとキーボードを打ちながらみんなの話を聞いて、一緒に笑う日常がただただ続く。それだけで十分、十分過ぎる。
「飲み物持ってくるけど、いる人~」
数人が手を上げる。私は、一人部屋から離れた台所へ向かう。家は無駄に広く、もともと私はそこに一人で暮らしていた。寂しいとも思わず、当たり前のように…。最初は、寂しいと思っていたかもしれないが、人間には“慣れ”というものがある。それが今は、こんなに騒がしく、嬉しい。この日々を大切にしたい、慣れたくないと思う。台所は、かすかに聞こえる雨の音と、話し声で、柔らかい空間になっていた。それぞれのコップに、それぞれの好きなものを注いでいく。ラクにはコーヒーを、ウサには砂糖たっぷりのピーチティーを、ヒトにはコーラを…。その時、突然後ろから声をかけられる。
「手伝いましょうか♪」
そこには、笑顔のリアが立っていた。
「じゃぁ、お願いしようかな」
「は~い」
リアは、ちょっとした時に手助けしてくれる、良いお姉さんだ。しばらく弟のことで困っていたようだが、ウサが来てから機嫌が良くなった。注ぎ終わったコップをお盆にのせ、部屋まで運ぶ。…部屋が、妙に静かじゃないか?リアと一緒に居たので気付かなかったが、部屋の声が途絶えている。私は少し早歩きになり、部屋のドアを開く。そこには、水色の髪の知らない少年(VOCALOID)が泣きそうな笑顔で立っていた。そして、正面にはウサが戸惑ったような表情で立っていた。その間には、ラクがわって入り、ウサをかばっているようだった。
「シア!!此処に居たんだね…帰ろう?」
少年は、シアと呼んでいるが、ウサに向かって言っている様だった。
「….知らない。」
ウサは、ラクの後ろへと隠れてしまう。少年は、訳が分からないようで驚いた表情をしている。
「シ…ア?どうしたの?ぼくもマスターも、探してたんだよ。ねぇ、早く帰ろ?」
「….知らないもん。」
優しい声で詰め寄られると、ウサはラクの袴を握り締めて泣きそうな表情になる。
「え…知らないって、なに…?シア、ぼくだよ。ねぇ!」
「ごめんなさい。知らない。傷音は、知らない。」
ウサはただ、知らないと呪文のように繰り返す。それを見て、私には何となくどういうことなのかが分かった。そう、“ウサ”は、彼を知らない。ラクも、分かっているようで、普段笑顔を絶やさない彼が、無表情で(困っているのかもしれない)、手はウサの手をそっと包み込んでいた。
「シア!」
「なぁ。ちょっと黙ってくれるか?」
静かに優しく、しかし突き刺さるような瞳を向け、ラクが少年をとめる。ラクはウサの危険を察知し、少年は自らの危険を察知したようだった。ラクは少年の手を引き、向かいの部屋へ入っていく。
「ハイ、ウサを頼む。」
「…分かった。」
ウサの手をハイの手へ持っていき、しっかりと握ったのを確認してから、そっと自分の手を離す。ウサには、しっかりとほほ笑みを見せて。
「マスターも来い。」
私まで、扉の向こうに押し入れられる。バタンと扉が閉まる。ここは来客用の部屋で、硝子の机を挟んで、長いすが二つ向かい合わせになっている。向かいに少年が座り、隣にラクが座る。
「…ごめんな。」
突然、ラクが少年に謝る。
「お前が、自殺した恋人じゃ無い限り、“シア”は死んだ。」
私も、ウサの過去をネコに聞いたことがある。恋人が自殺で死んで、自らのデータを壊した、と。
「シア…は、記憶がないんですか?」
「違う、記録がないんだ。」
少年は、異常なくらい戸惑って、それでも必死に何かにしがみ付こうとしている様だった。ラクは、
少年の気持ちも分かっているようで、優しく語り掛けるように呟く。
「記…録?」
「そう、記録。データは、ウサの中には、残っていない。」
「じゃぁ、シア…は?」
「…亡くなった。」
VOCALOIDはデータだ。“記録”がなくなったら“死んだ”ことになるのだろう。それも、間違えて捨ててしまったのなら、ゴミ箱から拾えばいいかもしれない、しかし彼女は壊してしまったのだ。拾ってくることもできないし、その記録は直せなかった。ただのデータなら、また作れば良いかもしれない、でも彼女は少年の中で“一人”のVOCALOIDだっただろう。
「死んだ…の?せっかく、見つけられたのに…?」
「彼女のデータのことなら、ネコの方が、詳しいかもしれない。」
ネコ…彼女のもう一つのデータ。彼女の哀しみを吸い取るためだけに生まれた、悲しき少年。しかし、今もまだウサの中で眠っている。絡み合わせた指で支え合いながら生きている。
「マスター、ネコを呼んできてくれる?」
「えっ、あぁ。…でも、ネコなら扉の向こうで、盗み聞きしてる…と、思うけど」
自分は、無駄に勘がいいときがある。何となく、だけど確実にドアの向こうに誰か居る…そう思う。ネコだというのは、この話を聞くのはネコくらいだから。
「…えっと。やっぱマスターにはバレてたか…。」
苦笑して、首元を掻きながらこちらにやってくる。
「聴く権利くらいあるんだから、入ってくればよかったのに。」
「ラクの雰囲気的に入りずらかったんだよ。」
分からなくもない…かな。今のラクは、いつもと雰囲気が違いすぎる。いや、正確には恋人が死んでからウサが来る前のときの雰囲気に戻った感じだ。失いたくないものを失ってしまった彼に同調したのか。
「…シア?」
少年がネコに向かって尋ねる。
「…違う。ボクは“傷音ネコ”だ。でも、シアが壊れていた時の辺りの記録は、ボクが持っている。だから、ウサよりは、シアが分かるのかもしれない。シアではないけど。」
「シアは、もう…何処にも居ないんでしょうか…?」
「多分、居ない。」
ネコは、酷く哀しそうな表情をしていた。
「でも、貴方の中にシアの記録が残っているんでしょう!?そこからシアを取り戻すことが出来るんじゃないんですか!!」
「悪いが、無理だ。….ボクの中にあるシアは既に壊れているときの記録だ。」
「じゃぁ、今のシアに思い出させれば!!」
「そんな事出来るわけないだろ!!今度はウサが壊れる!!」
黙って聞いていたラクが、怒鳴りだす。この小さな部屋に、ネコの哀れみと悲しみ、少年のシアへの愛情、ラクのウサへの愛情が飽和していた。自分にはどうすることも出来ない。ただ、不安定なデータにAIを入れた科学者と自分を呪う。
「もう、シアは戻らない。でも、壊れたシアの記録の中で、真っ暗な愛しい記憶の中で、優しい君の記憶だけが輝いていたよ。…ライ。実はボクが“シア”という名前を知っているのも、記録の中で何度も君の優しい声で名前を呼びかけてくれていたからだったりするし。」
そのときのネコの、今まで見たことの無いような笑顔は、きっとシアの記憶だったのかも知れない。
私はそっと、さっきの呪いを解こうと思った。コンピューターには記録-データ-しかない、AIには記憶-思い出-がある。
「…ふぅ。まぁ、“ウサ”にはその優しい声は、危険な引き金になりかねないみたいだけどな…。」
「何となく、諦めがついた気がします。失ったものは、戻らないですもんね。….ネコさん」
「俺は、ラクなんだが…」
「分かってて、無視したんですよ」
ラクは、ウサの過去を知っているライが羨ましかったのかもしれないし、ライは、現在のシアが頼りにしているラクが羨ましいのかもしれない。気があいすぎる二人なのだろう。
「それじゃぁ、また来ますね。ネコさん、シア…ウサにさっきのこと謝っておいてくれませんか?」
「おう。ついでに嫌な記憶も消しとくな。二人のために。」
「俺には何もなしか!」
「なしですよー。それでは、お邪魔しましたマスターさん、皆さん。」
そう言って、何も無かったかのようにパソコンから自宅へ戻っていった。
「何かゴメンな、ラク兄ぃ;」
「ま、いいや。あいつも、大変だろうし…あいつのマスターも心配してたんだろうな…」
そういいながら、こっちを見てくる。きっと、私がVOCALOIDはネットを行き来できることを知らないで、ラクが居なくなったと泣き喚いていたときのことを思い出しているのだろう。そのときは、結局泣きつかれて寝ているときにラクが戻ってきたのだが、泣き喚いていたとリアが話したのだろう。恐ろしき遊音姉弟。
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[数週間後]
「ウサ、ぼくとゲームしようよ。」
「ちょっ、俺のコントローラーとるなよ!」
「ウサちゃんも、ライ君も可愛い♪ラクもたまにはゲームくらい貸してあげなさい!」
「うるせぇ!リア姉ぇは入ってくんなよ~」
「これぞ日常って感じだよな~!!」
「飲み物持ってきたけど、いる人~?」
「あのさ、…廃研究所にVOCALOIDっぽい、男の子が、いたんだ…けど。」
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変わらない日常に、ぽつりぽつりと雨が降る。
雨は、いつかは必ず降ると、誰もが分かっている。
それでも、天気予報は嘘つきで。
突然の大雨が、私達の大切なものを奪ってゆく。
それは、誰がいけないわけでもなく。
本当に仕方の無いことだった。
だから、雨が降り続いても、晴れが続いても、
それに慣れないようにする。
ううん、どちらも楽しめるようにする。
そうすれば、この部屋に
ほら、虹が掛かかった。
【小説Ⅱ(続き)】雨の日々 突然の晴れ【遊音主視点】
長い。(自分の中では)。
伏線は出来る限り拾うようにしました。
ハイ君の台詞的には続く感じですが、アイ君の方は書くの大変そうなので続きません。i-00の観察記録は作るかもしれませんが;
字などの間違えはお知らせ下さい...
見直す気力が無いのでww
雨なんて特に関係なかったはずなのに、両方の始めに書いてしまって伏線ぽかったので最後に無理やり拾いました;無理やりすぎてすいません。
おまけだと思ってください。
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