レンを信じている、というマスターの言葉を聞いた瞬間、リンが身体を震わせ、目を見開いた。

「えっ…?」

 思わずもれる驚きの声。カイトが首をかしげ、マスターが唇をほころばせる。

「なんで…?」
「リンちゃん?」

 リンには聴こえる。耳に、ではない。空気の振動で聴こえているのなら、カイトにもマスターにも聴こえているはず。
 それでも。強く、高らかに、…レンの歌が聴こえる。

「レン…」

 呼んでいる。分かる。

(来いよ)

 ただひたすらに自分を呼び続けている歌声。
 自分の中から響く声に気を取られたリンに、柔らかく言葉が届く。

「行きなさい。呼んでいるのだろう?」

 マスターの笑顔を目に映した瞬間、リンは弾かれたように部屋を飛び出していた。

「な、何事…?」
「もう少し待てばきっと分かるよ」

 楽しみだね、と呟いて、呆けるカイトをそのままに、マスターは椅子に深く腰掛け直す。



 どこにいるかなど迷うことはなかった。
 物理的に音が響かない場所で歌っているに決まっている。
 それに、…近付けば近付くほど、衝動が突き上げてくる。

 ウタイタイ。

 リンは、録音室の扉の前で一度足を止めて。
 決意を込めて扉を開け放った。


 広がる夏の空気。
 むせ返りそうな暑さ。重たい風。ぎらっと照りつける日差し。じわりと汗がにじみそうな感覚。
 そして、それらを振り切るかのように、すっくと立つ黄金色。


「ああ…」

 歌声から広がるイメージにリンの唇から声が漏れる。
 輝く片割れの元に駆け寄って、迷うことなく、歌い続けるその手を取った。
 レンがそのリンの手を握り返し、少し照れたような微笑みを向ける。

(リン、…一緒に歌ってくれるか?)

 リンがその微笑みと伝わる思いに笑顔を返し、返事をする代わりに、躊躇いなく歌声を重ねた。 

 イメージがふくれ上がり、弾け飛ぶ。

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  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

夏の花、開く時 8

この二人は何処かで繋がっていると思うのです。

もう少し続きます。

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投稿日:2009/09/02 00:11:02

文字数:806文字

カテゴリ:小説

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