Sol-2413 二次創作
1.
朝起きたら、その日の気象データを確認してウラノスに報告するのが私の日課だ。
充電ステーションから起き上がると、伸びをして各関節の簡易稼働チェックをする。
――うん、今日も問題なしだね。
それからもう10年も使い続けているポッドの扉を開けて外へ出る。
「うわっぷ」
扉を開けたとたん、赤褐色のモヤが流れ込んできて、私は思わず目をつぶってしまう。
もうそんなに暖かくなってきたんだなー。
独特の色合いの朝モヤは、この星の短い短い春が、もう後半に突入したことの証しだ。
凍りついた大地と海をおおっていた二酸化窒素の氷が昇華して、一気に気体へと変化しているのだ。
昨日や一昨日はまだアンモニアだけだったから、春は本当にあっという間だ。このペースだと10日後には種子が芽吹いてくるだろうな。
そんなことを考えながらポッドの外へと出てみるけれど、赤褐色の朝モヤがすごい。可視光線域だと一メートル先も見渡せないから、光学センサー感度の最小値を380nmから25nmまで上げて視界を確保する。
空を見上げると、上空は雲一つない晴天。二酸化窒素のモヤは数日続くだろうけれど、天候は快晴だ。
その他、私の各種センサーがとらえた気象データが視界端に表示されているので、それらをまとめてウラノスに送信する。
送信ボタンをクリック。
……実際にそうしているわけじゃないけれど、だいたいそんなイメージ。
〈データ受信確認。高濃度の二酸化窒素は、呼吸器系統への深刻な影響が懸念される〉
ウラノスの律儀な返答に、私は苦笑してしまう。
「ウラノスってば、私に有機化合物が一切使用されていないこと知ってるでしょ。呼吸器系統もないんだから大きなお世話よ」
〈我らが想像主たる人類の体にどんな影響があるか、知っておいて損はない。この星が、人類の移住先の候補の一つであることは確かなのだから〉
「わかってますよーだ。わかりきってることを指摘しなくたっていいでしょって言ってるの!」
〈以後、留意する〉
そんなこと言って、また春がやってきたときには、ウラノスはまた二酸化窒素の毒性を私に語るだろう。それが彼だ。融通がきかないのは、彼の欠点の一つだと思う。
まあいいか。
彼は変わらない。私と違って、変わらないように作られている。文句を言ってもしょうがない。位置が悪いから、もう一つの星に行った妹とは、あと4ヶ月はおしゃべりできないし。それまではこのガンコなウラノスとの会話で我慢するしかない。
私は高台まで歩いて、まだ溶け始めたばかりの海と岩肌ばかりの大地を眺める。
「さーて、今日はどこに行こうかなー!」
四肢を目一杯伸ばして大声を張り上げたって、この星じゃ誰にも届かない。けれど、それは私を高揚させるのに十分な力があった。
2.
私は、人類によって作られた外宇宙探索機に搭載された人工知能だ。
長ったらしいコード番号の下二桁をもじって、ミクって名乗っている。
私とウラノスと、そしてその他の大勢の私の姉妹たちが地球から旅立ったのは、主観では500年、客観的には1000年近くも昔のことになる。
なんでそんなことになってるのかはよくわかんないんだけど、ウラノスによれば特殊相対性理論とかいうのが関係しているらしい。
亜光速にまで加速されたロケットに乗って、私たちは星の海のあらゆる方角へと飛び立った。そんな中で私がたどり着いたのは、地球から光の速さで837年もかかる距離にあった、この星だ。
Sol-2413の周囲を5.46年周期で公転するこの星には、まだ名前がつけられていない。この星どころか、Sol-2413でさえ、そもそも地球からは見ることのできない天体なのだ。存在を知られていない星に、名前がついてるわけがない。
Sol-2413は、太陽の10倍の大きさで、太陽の6倍の質量を持った恒星だ。スペクトル分類はB7Ⅲで、金色の光を放つ太陽と違って青白い光を放っている。青白い光ってことは、太陽よりもずいぶん温度が高いってことだ。
そんな星なら地球から見えたって不思議じゃなさそうだけど、Sol-2413は太陽系との間にちょうどこと座α星があったおかげで、発見が遅れた。
こと座α星。夏の大三角の一角を担うベガであり、おりひめ星とも呼ばれる星だ。これがなかったら、夏の大三角はデネブ、アルタイルと、Sol-2413になっていたかもしれない。……まあ、837光年も離れていたら、そんなに明るくは見えないかもしれないけれど。
Sol-2413っていうかわいくもなんともない名前は、地球型惑星存在確率に基づいて振られたコード番号だ。
私が旅に出る頃、人類は増えすぎちゃって、あと何世紀もしたら地球に入りきらなくなるってことがわかってた。だから、人々は移住できる星を探さなきゃいけなかった。
私たちの“せんせい”は、それだけじゃないって言ってた。
「地球を照らし、様々な恩恵を与えてくれている太陽は、主に核融合によって水素をヘリウムに変換することで光を放っている。中心核にある水素の半分はもう使ってしまってて、残りは半分しか残っていない。中心核の水素を使いきってしまうのは63億年後だって言われているから、とんでもなく先のことだけれど、そうなる頃には地球は人類が生きるのには適さなくなっているだろう。僕たちは、地球に代わる星を見つけなくちゃいけないんだよ」
そうやって、夜空の星々の中から、地球型惑星存在確率の高い恒星系をいくつもピックアップして、Sol、なんていうコードを割り振っていった。
私に割り当てられたのがSol-2413だって知ったとき、正直に言って「ハズレを引いちゃったな」って思った。
だってそうだ。
2413番目に割り振られた恒星系なんて、きっと地球型惑星存在確率が低い方に決まってる。
そんな風に思ってたけれど。
実際にSol-2413星系にやってきて、この惑星に降り立ってみて、私はビックリしてしまった。
だってここには、生命が存在していたのだから。
3.
眼下には青い海と、黒々とした植物が生い茂っている。
20日に満たない短い春が終わると、250日ほどの夏がやって来る。気圧も上がって、気温も上がって、生命が生まれやすくなると言われている環境ができあがる。
地球外生命体、みたいな単語を使うと、高度な知能を持ったエイリアンを想像しちゃうのかもしれないけれど、この植物だって立派な地球外生命体だ。
期待させてしまったなら申し訳ないけれど、この星には知的生命なんていなかった。
この星に生息しているのは、植物と粘菌だけだ。顕微鏡サイズの世界なら、他にもバクテリアなんかの微生物がいるけれど、マクロな世界じゃ、動物、と言えるような生き物は、昆虫だっていやしない。
私が見つけていないだけ、という可能性もなくはないけれど、私がこの星にやって来てから、Sol-2413軌道上を周回しているウラノスもずっとこの星をスキャンしている。それでも見つからないんだから、やっぱりいないのが正解だ。動物が誕生するには、この星の環境は少しばかり過酷なんだろう。
「キミはおっきいねぇ。初めて見た種類かも」
眼下の森には、ひときわ大きな木が見えた。あれは調査のしがいがありそう。
この星の植物の葉っぱは真っ黒だ。地球よりも過酷なこの星では、Sol-2413からの日光はほぼ唯一のエネルギー源だ。彼らは光を最大限に効率よく吸収するため、こんなに暗い色になっているんだろう。
「ふわぁー」
3時間歩いて巨大な樹木のふもとまでやって来ると、あらためてそのとんでもないおっきさにぼう然とする。15mか、もしかしたら20mくらいあるかもしれない。夏に入って100日が過ぎたとはいえ、その短期間でこんなに育つのは驚きだ。
0.73Gと、地球よりも重力が小さいからこんなにおっきくなっちゃうんだろうか。幹にはケイ素質が多く含まれていて、強度が高いのも関係しているかもしれない。
「キミはたくましいねぇ。私も見習わなくちゃ」
幹に抱きついてみるけれど、一周するにはあと7~8人はいないとダメみたい。
「……よし。キミにはユグって名前をつけてあげよう」
〈新種の生命体に対する命名権は人類にあり、我々に決めることはできない〉
「わかってるよ! でも、とりあえずは仮にでも名前がないとアルカの生き物は分類もできないじゃん!」
〈その“アルカ”がSol-2413における惑星Aを指しているのだとしたら、惑星の命名権もまた我々には存在しないことを付記しておく〉
「だから、仮だって言ってるでしょ!」
こんなにたくさんの名前なしがあるんだから、ちょっとくらいいいじゃない。
そう思うけど、ウラノスは本当に融通がきかない。
〈ユグがユグドラシルからきていて、アルカがアルカディアからきているのなら、君のネーミングセンスは物足りないと言わざるを得ない〉
「……うぐ」
もう。あー言えばこー言う。
私は樹木の幹に抱きついたまま、ため息をつく。
私の皮膚はシリコン系の無機化合物だ。ゴムに似た柔らかさがあって、物質的安定性の高い――要は劣化しにくくて、周囲の環境に影響を与えにくいってことだ――素材を選んだ結果らしい。
仕様上、圧力センサーは手のひらの内側にしかついていないから、木肌のゴツゴツさとかは手のひらからしか感じとることはできない。
それでも、手のひらからはこの樹木のたくましさがありありと伝わってくるようだった。
それはなんだか安らぎを与えてくれて、ウラノスに対する不満もちょっとだけ和らげてくれる気がした。
外宇宙探索、特に地球以外の惑星の調査においては、いかに影響を与えずに行うかが重要になる。
地球から旅立つ直前、私だけに限らず、充電ステーションや降下ポッド、ウラノスの積まれている軌道衛星など、ロケット本体とそれに積み込まれるものは、その全てに徹底的な滅菌処理が施された。
理由は単純。
他の惑星に、地球の生命体を持ち込まないためだ。
たかが細菌一つでも、立派な生命体だ。地球上じゃたいした影響力のないちっぽけなやつでも、他の星からすれば、全く系統の違う未知の物体。外来種である細菌が他の星で大繁殖して、生来の惑星環境を様変わりさせてしまう可能性だってゼロじゃない。だから、私の体には生体素材どころか、有機素材だって一切使われていない。
私自身が人型のボディなのも、星に与える影響を最低限にするためだ。
広大な惑星を隅々まで調査するなら、水陸両用の車両型の方が圧倒的に早い。けれど、タイヤで走った跡が、未知の生態系にとっては大災害と同じだったら?
一直線になにもかも踏み潰していってしまうタイヤと比べたら、私の足跡が与える影響はささやかだ。それに、四肢をうまく使えば、車では越えられない崖や谷も越えていくことができる。場合によっては充電ステーションに戻れないほどの距離を踏破しなければならないときもあるけれど、私の長い髪は日光を受けて発電できるから、大きな問題にはならない。
いったいなにが悪影響を及ぼしてしまうのかわからない未知の生態系の前に、私という存在は人類が考え抜いた末の最適解なのだ。
私はそこで、精力的に仕事をこなしている。
……のに。
〈先ほどから27分32秒もそうしているが、日陰で充電できているわけでもない。調査の終わった生命体に触れ続けているのも意味がない。移動を推奨する〉
「あーもう、ウラノスってば本当に気が利かないわね。そんなんじゃ女の子にモテないぞ!」
〈無用な指摘だ。外宇宙探索においてその必要は――〉
「そーゆーと思った! わかったから。言わなくていいから!」
Sol-2413 No.1~3 ※2次創作
第1~3話
ミク誕、ぎりぎりせぇーふっ!!
……えー、お久しぶりの文吾です。
今回は、ゆうゆP様の「イチオシ独立戦争」より、Sol-2413をお送り致します。
オリジナル物がうまくいかず、また2次創作でもやるかな……と思っていた矢先、今まさに自分が書きたい系統の楽曲があるじゃないか! とこの曲にする事を決め、まずはウィキペディアを読みあさっていたんです。元素とか化合物とか天体とか生化学とかの項目を。
そうやって背景設定をぼんやりと考えていたら、不意に気づいてしまったわけです。
「明後日って8月31日じゃねーか!」
ええ。大慌てで本文を書き始めましたとも。
今のところ全6話(次回完結くらい)を考えていますが、ちょっと見切り発車気味で載せたので、ちょっと延びるかもしれないです。
具体的には、全6話だけど……次回の文字数には収まらなくなるんじゃないかな、って感じです。
今作はSFです。
理想はSF×ファンシーなんですが、設定を詰め込みまくってるくせに短編にしようとしているせいで、設定を説明するだけの話になりそうで戦々恐々。
そもそも、SF×ファンシーの筆頭と言えそうなsasakure.UK様の「*ハロー、プラネット。」を避けるあたり、自分のひねくれ具合が垣間見えます(笑)
でも惑星探査っていいですよね。なんだか夢がふくらみます。
それでは、あまり間を開けずに後半を更新したいと思います。
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6.
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