※曲のイメージとは離れた内容になっています。
※ミクの擬人化、軽めの猟奇的要素を含みます。
ブラウン管の向こうで微笑むアイドル。そんな彼女達に、誰だって一度は夢中になったことがあるだろう。
私も、そんな男の一人であるが、私の場合はちょっとだけ事情が違っていた。
初音ミク。私の好きなアイドルの名前だ。だが、彼女がブラウン管にその姿を映すことはもう永久に無い。なぜなら彼女は、もう20年も昔のアイドルであり、不幸なことにデビューして1年も経たずにで死んでしまっているからだ。自殺とも事故死とも言われているが、真相は定かではない。
デビューして1年に満たないうちに亡くなってしまった彼女。私が、彼女のことを知ったことすら奇跡に近いだろう。それでも、私は出会ってしまった。そして、彼女に恋をした。決して叶うことはない恋ではあるけれど、それでも私は好きになってしまったのだ。
私は、わずかに出ていたCDや写真集を探した。幸いにも発達したネットの力で、それらは苦も無く集めることが出来た。
写真集の中で彼女は笑い、CDの中で綺麗な歌声を響かせる。私には、それだけで十分であった。
『ハジメテノオト』
彼女が一枚だけ出したアルバムの中の一曲だ。シングル曲でなく、アルバムのために用意された曲だ。
それほど目立つ曲でもなく、確かにアイドルのシングル曲としては弱いと言わざるをえない。それゆえアルバムの中に組み込まれたのだろう。
私は彼女の曲の中でこの曲が一番好きであった。
漢字に直すと、『初めての音』だろうか。世界に溢れる音と、世界が変わっても変わらない歌声を詠った詩。
今の流行の曲とは違うけれど、私にとってこの曲は特別な一曲であった。
しかし・・・。
一つだけこの曲には問題があった。それは、アルバムに収録されているためなのか、何なのかわからないが、一番しか収録されていないと言うことであった。歌詞カードには二番の歌詞まで書かれているというのに、なぜか収録されているのは一番だけという不可思議なことになっていたのだ。
一番だけとはいえ、私は会社から帰ってくると日課のようにこの曲を聴いた。家にいるときは、常にこの曲が流れていると言ってもよかった。
一度でいい。たった一度でいいから、生で歌うミクを見たかった。私の中の想いは、衰えることなく、いつまでも私の胸を焦がした。
今、現役で活躍しているアイドル達ではダメなのだ。20年という月日は、様々なものを変えていってしまったが、私にとっては、ミクこそが理想のアイドルであった。
ある日、私はネット上で一つの噂を耳にした。
『ハジメテノオト』の二番までを収録した完全版のアルバムが存在すると言う噂である。
ミクは、デビュー1年未満で亡くなった不幸なアイドルである。それゆえ、色々とオカルト的な噂が絶えない。ライバルとの曲争奪戦に敗れたため自殺したとか、恋人に裏切られたため自殺したとか。ミクの噂の大半は、死に関する噂ばかりであった。
この噂も、それらの噂と同じように死に関するものを含んではいたが、私の興味を大きくそそった。
噂によると『ハジメテノオト』は、製作者の意向で一番だけの試作品的な曲だったという。だが、ミクはこの曲を気に入り、是非二番までを収録した完璧なアルバムを出したいと切望していたそうだ。そしてそのアルバムの製作は決まっていたらしい。だが、ここでミクの死が関わってくる。
ミクは、ファーストアルバム、つまり『ハジメテノオト』の一番のみを収録したアルバム発売の一ヵ月後に死んでいる。ならば、この完全版のアルバムはどうなったのか。噂は、こう続けている。
「二番までを収録したアルバムは、一般向けに販売はされなかったものの完成しており、一部のファンに配られた。だが、このアルバムにはミクの強すぎる想いが篭っており、『ハジメテノオト』の二番目の歌詞を聴いた者には死が訪れる」
噂の内容は、いかにも不幸な死を遂げた歌手らしい内容である。だが、問題はそんなオカルト的な部分ではない。完成しており一部のファンに配られた、というところがポイントなのである。
もし、この噂が本当なら・・・。
真実はどうであれ、私は、このアルバムを捜し求めた。聴いたものが死ぬと言う、単純な恐怖を煽る手段に使われているだけかもしれないが、私はどうしても聴いてみたかったのだ。彼女がこだわり続けていた、この曲を。
ネット、中古販売店、それらを探し回っても、さすがになかなか見付からない。20年と言う歳月は予想以上に厚く、私が所持している一番の歌詞のみを収録したアルバムですら見かけなかった。あのアルバムを手に入れることが出来ただけでも、私は相当にラッキーなのかもしれない。
完全版のアルバムは都市伝説の類なのだから、見付からないのも仕方が無いことだろう。噂はやはり噂であったか・・・。諦めかけていたとき、私に一筋の光明が差した。それは、とある中古販売店で見つけたミクのアルバムであった。
一枚100円という捨て値で売られているCDの山。その中にそれはあった。
そのアルバムは、ジャケットの絵が私の所持しているものと少しだけ違ったのだ。私は、興奮を押さえきれなかった。
ついに見つけた、そう思った。興奮冷めやらぬままレジで清算を済ますと、急いで近くの喫茶店に入り、いつも持ち歩いている携帯CDプレイヤーで再生した。
・・・・・・
なぜ?
私の頭の中には、それだけが浮かんだ。なぜなら、そのCDから聴こえてきたのは、いつもと同じ一番だけであったからだ。
私は、不思議に思い歌詞カードを確かめた。
その瞬間、私の体を衝撃が走った。その歌詞カードには、一番の歌詞しか書かれていなかったからである。
何と言うことだ!私は、完全版のアルバムが存在する決定的な証拠を最初からもっていたのだ。あの二番までの歌詞が書かれている歌詞カードこそ、完全版の歌詞カードであり中身だけがどこかで入れ替わってしまっていたのだ。
一番しか収録されていないのに、歌詞カードには二番までの歌詞が存在する。私は、この違和感にもっと早く気が付くべきであった。
だが、これではっきりとした。『ハジメテノオト』の二番までを歌いきった完全なアルバムは存在する。
その日から、私はさらに精力的に探し始めた。
だが、どれだけ探し回ってもやはりアルバムは見付からなかった。
決定的な証拠があるのだから、それを手掛かりに誰かに協力を仰ぐという手段もあったのだが、私はそれをしなかった。
なぜなら、この二番の歌詞が書かれている歌詞カード、これを持っていることが私とミクの特別な何かを強く意識させたからだ。
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