( 1 )
ここは、音楽創作の理想郷。神奏日本。
そこの、科樂庁で
秘密裏に創( つくられ )られている楽器があった。
究極の楽器となる予定の機体は、
対防衛戦術型音響兵器APA(Android of Phono-Aegis)-V_02 を
元に、マスターとなる人の
思考、趣向、及び、感情をトレースして、
思い通りの曲を奏でるという機能を持ち合わせていた。
現在、最終調整に入っている。
「 もうすぐ、完成だ。伝説の歌闘姫。
MIKUHATSUNE。」
「 ああ、いにしえに存在したといわれる
伝説の歌闘姫。ミク・ハツネ …。我らの
神話に伝わる天使の旋律。あんじぇのーと 」
科樂者たちは、この長き年月の努力を思い、慨嘆した。
錬金術の粋を極めた彼らの美術品は、
エリクシルに満ちた 巨大な蒸留ビンの中で、
彼女の元型( アーキタイプ )に順ずる脳内パルスを、
人工頭脳に与えられていた。
目覚めるための雷電が、蒸留ビンの中の彼女に伝わり
、そのたおやかな身体が 二,三度ほど、びくんっとはねる。
それでも、めざめないため、幾度か電気ショックを繰り返す。
ようやく、目覚める気配がする。
大量のエリクシルの奔流とともに、
彼女は初めて外界へと飛び出した …。
成功するかにみえたそのとき、
エマージェンシーコールが鳴り響き、電子音が連呼する。
「 ノイズが発生しました。ノイズが発生しました。ノイズが…」
そうして、外界に出た彼女はいづこかへと消滅した。
突如として発生したノイズに、
襲われた科樂者たちは、騒然となった。
暴れまわるノイズたちが科樂庁を崩壊させるのに、
そう、時間はいらなかった。
( 2 )
「 ちくしょう。誰も振り向きやしない。」
繁華街の広場で、フリ-のストリートミュージシャンの
移調 唱太 ( イチョウ ショウタ )はギザ 苛立っていた。
まあ、それも無理はない。一ヶ月かかって、練り直した曲を、
徹夜して引き続けても、誰も耳を借そうともしないのだから。
せいぜい。仔猫一匹といったところだ、
その三毛のちびぬこは、結局、最後までお座りして、
聞いてくれている。
さきほど、うるさいと酔っ払いにどなられ、
ビールの空き缶を投げられたりもしたので、
気分的には最悪だった。
「 まったく。客がおまえだけというのもなぁ。 」
「 なぁ~お ♪ 」
「 お前の方が、歌はうまいな。」
唱太は、足元にじゃれ付く
仔猫を抱き上げて、頭をなでる。
気持ちよさそうに、仔猫は目を細め、
ぐるぐるとのどを鳴らしている。
「 しゃーねーな。一緒に来るか? 」
「 なぁ~お ♪ 」
まあ、ゆくゆくは、メジャー進出、
印税でももらって、気楽に暮らすというのが
モットーの彼は、持ち前の楽天さと諦めの早さで、
エレキギターをケースに入れて帰ろうと、
五百メートル離れた駅を目指して、足を向けた。
空がしらみはじめている。
仔猫も、ちょこちょこと唱太の横をついてくる。
その仔猫が、不意に立ち止まり、
天空を見上げてうなり始めた。
「 ふぅうううう!! 」
「 んっ…。どうした?」
もう、そろそろ、朝日が昇ろうとしている
東雲時( しののめどき )に、空の水色と
ラヴェンダー色と、柿色が交じり合う一瞬に、
天地を刺し貫く電光が、轟音とともにあたりに響き渡る。
何事かと野次馬が集まる中、唱太もまたその中にいた。
唱太の運命に、何かが起ころうとしていた・・・
【つづく】
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