目の前で芽結が泣きそうな顔をしていた。頼流がミドリさんに詰め寄っていた。手を伸ばしても触れられない、叫んでも振り向いて貰えない、そんな空虚な隣でずっと皆を見ていた。

「そうなんだ…ミドリさんが…。」
「意外と冷静だね、もっと怒ったり悲しんだりするかと思ったけど。」

自分を消した人間が目の前に居る。だけどどうしても怒る気にはなれなかった。勿論頭に来ていないと言えば嘘になるし、悔しい気持ちだってあった。それでも責める事は出来ない気がした。

「どうして俺は消されちゃったのかな?」
「さぁ、どうしてだろうね?」
「それから、どうして俺は此処に居るのかな?」

過去を消されたのに、死んでしまった筈なのに、俺は此処に居る。皆が少しずつ俺を取り戻そうとしてるのをずっと見る事が出来る。絵襾はずっと俺と居てくれる。AIにそんな事が出来るんだろうか?俺が知っているAIはもっと機械的で、事務的で、そう…こんなに『生きて』はいない。

「あ、ほら、動くみたいだよ?彼の銃なら10年前に届くからね。」
「10年前?」
「そう…幾徒や皆は10年前に行って君を助けるつもりなんだよ。」
「幾徒…。」
「もう直ぐ皆の所へ戻れるよ。」

そう言って絵襾は優しい笑顔を見せた。俺が戻ったら絵襾はどうなるんだろう?あの白い世界にまた一人取り残されるんだろうか?恐い位何も無い世界に…。

「…駄目だよ、余計な気を回しちゃ。今は帰る事だけを考えて、皆を信じよう。」
「その前に聞きたい事があるんだ。」
「…ん?」
「どうして俺を助けた?絵襾は…一体何者なんだ?AIだって言ったけど、それにしたって高知能
 過ぎるし、色んな事知り過ぎてるし、それに第一…!」
「質問が多過ぎるよ。答えられるのは一度に一つだけ。」

少し間を置いて、それから言葉を探して口を開いた。

「どうして助けた?」
「ん~…助けたかったから。」
「はぐらかすなよ!そう言う事じゃなくて…!」
「好きで兵器を作ったんじゃない。」
「え…?」
「誰かを苦しめると判ってて、だけど止められない事も判ってて、守ってやれないのが悔しくて
 悔しくて…どんな姿であろうと会いたかった。」

不意に絵襾に抱き締められた。訳が判らず目をぱちくりさせていると、そのままクシャクシャと頭を乱暴に撫でられた。

「痛い!痛い!何だよ?!」
「例え世界が変わっても、例え全てを失くしても、あの時計台で君を待つ。16の沈黙が扉を開き、
 13の光が真実を照らす。」
「え?え?ちょ…何?待って、16…の…?」
「心配しなくても頼流のタイピンにちゃんと入ってるって。戻ったら幾徒に教えてやれ、後は
 何とかなるだろ。」

『…船…!流…!流船!!』

「芽結…?」
「呼んでるみたいだね。そろそろお別れの時間だ。」
「そんな…!」
「戻るんだ流船、皆が待ってる。」
「待って…!待って…!まだ…何も…!」

軽く突き放されて、足元が消える様に沈んで行った。薄れる視界の中に一瞬だけ確かに見た。エメラルドの髪と柘榴の瞳と、頼流に良く似た、でも少し違う優しい笑顔で…。

「父…さん…?待って…!父さん…!」

そしてそのまま真っ白な光に落ちた。

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  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

コトダマシ-82.空虚な隣-

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投稿日:2011/01/18 02:25:44

文字数:1,332文字

カテゴリ:小説

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