「よう。俺だ。どうだライブツアーは。みんなや新人の調子はどうだ?」
『明介かぁ!久しぶりだな。俺もみんなもヘトヘトさ。ルカはまだ元気だけどな。』
「そりゃ良かった。こっちにはいつごろ帰れる?」
『まだ一件予定があるから、明後日の朝だな。』
「そうか・・・・・・。」
『ところで、何のようだ。共有ならこんな一般回線使っちゃあ・・・。』
「いや・・・・・・どうしてもこれで伝えなくちゃならなくてな。」
『重大な話か?』
「ああ。傍受や盗聴が怖いから、詳しいことは後にPDAに送る。パスワードプロテクト付きでだ。一応そのことだけ伝えておこうと思ってな。」
『事の概要だけでも教えてくれ。』
「一週間後に、俺の管轄で新型ボーカロイドが入ってくる。」
『何だって?そんな話ならすぐにクリプトンから知らせが来るはずだが。』
「それだけ情報流の幅を狭めなきゃならんかったってことだ。」
『そんなことが機密か?』
「誰だかわかりゃあ、お前にも分かるよ。」
『敏弘には伝えたのか?』
「あいつとはピアプロで会う。体内通信で伝えたあと、同じくPDAに送る。」
『ところで、そいつは一体どんなヤツなんだ?』
「そうだな・・・・・・ま、知る人ぞ知る、ってヤツだな。」
ガラスのドアを開けると、外は雪が降っていた。
「今日は割りと早く上がれましたねー。」
「そうだな。」
今日は珍しく、仕事が速く終わった。
明介と敏弘さんは、何でかは知らないけど今日は仕事を早く切り上げるつもりだったらしい。
わたしは、ハクさんと一緒にピアプロを出た。
「あ、そうだ。今日は時間もあるし、ちょっと寄り道しません?」
ハクさんが突然言い出したことに、わたしはちょっと戸惑った。
「・・・・・・寄り道?」
「ええ。あなたとじっくり話してみたくって。ネルのことも、色々聞きたいんです。」
今日のハクさんは、やけに機嫌がいい。
「でも、どこに?」
「ふふ・・・まぁ付いてきて。私の行きつけです。」
「行きつけ?」
「ええ。」
不思議に思いながら、わたしはハクさんの後ろを付いていった。
人が多いところから離れて、暗くて人の少ない道を歩いて、五分ほど。
そこは、薄暗い明かりがついてる小さな何かのお店だ。
レンガのような壁で、窓はなく、木の扉が一つあるだけだった。
「ここよ。」
「ここは・・・・・・どういうところなんだ?」
「まぁ入ってみて。」
そう言ってハクさんが扉を開けた。
すると、扉の上で、カランカラン、という音がしてあったかい風がわたしに触れた。
「やぁ・・・ハクちゃん。久しぶりだね。今日はお友達も一緒かい。」
「ええ。マスター。この子は雑音ミクって言うの。」
「ほぉ・・・・・・よろしく雑音ちゃん。」
店の中は結構広くて、少しだけのライトだから薄暗く、音楽が流れている。 横に長いテーブルの前には、マスターと言われた人が立っていた。
白髪が混じった髪の毛で、
「さぁ、雑音さん座って。」
「あ、あぁ・・・・・・。」
わたしはテーブルの前にある丸い椅子に座って、脱いだ黒いコートを膝においた。
ハクさんはわたしの隣に。
「ようこそ雑音さん。私の行きつけ、ティアーズ・オブ・ジョイへ!」
「てぃあ・・・・・・?」
「うれし涙、って意味だよ。雑音ちゃん。」
そういいながら、マスターはわたしの前にガラスのコップを置いた。
透き通ったガラスの中に、透き通った茶色の水が入っている。
そこから白い湯気が立っていた。
「ありがとう。」
「あ、マスター、それ・・・・・・。」
「はは、大丈夫。紅茶だよ。」
「なぁんだ・・・・・・。」
「ハクちゃんはいつもので?」
「うん。なんかつまむものも欲しいわ。」
「はいよ・・・・・・。」
マスターも、ハクさんに何か飲み物とお菓子を差し出した。
「話の方に入るけど・・・・・・ねぇ雑音さん。ネルはあなたのお宅でどんなご様子かしら。」
ハクさんがコップに口をつけながら言った。
「・・・・・・初めてあった時よりは・・・・・・元気だ。」
わたしもあったかい紅茶を一口含んだ。
そのあったかさは、体中にしみるようだ。
「そう。良かった。あの子・・・。」
「でも・・・・・・。」
「でも?」
「笑ってくれないんだ・・・・・・!」
わたしがそう言うとハクさんは、ふふっ、笑った。
「ああ、ごめんなさい。あの子は案外デリケートで、一度傷ついちゃうとふさぎ込んじゃうタイプなの。でもね、素直でもあるの。だから、もうちょっと待てば、きっと笑顔の一つくらい見せてくれるわよ。ネルには、自分を見つめなおす時間が欲しいの。」
「そうか・・・・・・。」
でも、本当なのか?
わたしはコップの中に映る、わたしの顔を眺めた。
本当に、待つだけで、ネルは笑ってくれるのか。
もし、笑わなかったら、わたしは・・・・・・どうすれば・・・・・・。
「そういえば、あの子あなたと網走さんに迷惑かけてない?」
「いや、お洗濯のお手伝いとか、色々やってくれて、昨日なんか、一緒に寝たりしたんだ。」
「まぁ!それなら、きっとすぐに笑うことぐらいできるわ!もう笑っているんじゃないかしら。」
「いや・・・・・・いつも同じ顔・・・・・・そう無表情なんだ。」
「でもね、あなたのお手伝いをしたり、一緒に生活したりするって事は、あなたを受け入れてくれているってこと。今ネルにとってあなたが一番心を許せる人みたいね。少なくとも、わがままな事いったり、迷惑かけたりするよりはいいんじゃない?」
「わがままなのは、わたしのほうだ・・・・・・。」
「ん?」
「わたしは・・・・・・わたしは、ネルに、いつまでもいてほしいって思ってしまったんだ。でも、そんなのわたしのわがままだ・・・・・・!」
わたしは、ハクさんの目を見て、言った。
少し、胸が痛かった。
ハクさんは、飲み干して空になったコップを置いた。
「・・・・・・それは、わがままなんかじゃないわ。当然のことよ。」
ハクさんは微笑んだまま、静かに、言った。
「え?」
「ネルのことを気に入ってもらえたのね。私も嬉しいわ。ネルに新しいお友達ができたんですもの。」
「でも、もしもネルがハクさんのところに戻らなかったら・・・・・・。」
「ちょっと、寂しいかな・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
わたしとハクさんは下を見たまま黙り込んでしまった。
「まぁ、様子見よ様子見!せっかく来たんだからあなたも飲んで!!」
ハクさんがいきなり大きな声で言った。
まるで、寂しさをごまかすように・・・・・・。
「マスター。雑音さんに私と同じの持ってきて!私もおかわりするわ!」
「えぇ?いいのかい?」
「構わないわよぅ。そんなにアルコール高くないし。」
「さぁ雑音さんこれ飲んでみて!」
ハクさんはわたしに氷と赤い水の入ったコップを渡した。
というか、ハクさん顔が赤い。
「これはなんだ?」
「ホラいいから!!」
言われるようにその飲み物を飲んだ。
「ブワァアアアァアッッッ!!!」
すぐにコップに戻してしまった・・・・・・。
の、喉が・・・・・・!
喉が熱い!!
まるで焼けてるみたいだ!!!
「アッハハハハハハー!!!」
それを見てハクさんは大笑いした。
「は、ハクさん!!」
「ごめーん!!」
うわ、さっきよりさらに顔が赤い!
「あー・・・雑音ちゃん。ハクちゃんって酔いやすいから。」
マスターも笑いながら言った。」
「よいやすい?」
「まぁ付き合ってやってよ。」
そのあとも、ハクさんといろんな話をしながら、飲み物を飲んだり、お菓子を食べたりして、その店を出たのは、九時をちょっとすぎたころだった。
「うぅ~んボッコボコにしてやんよおおぉぉぉお~~~。」
「しっかりしろ!」
「あ~らごめんなさい雑音ちゃん。」
ハクさんがわたしに飲ませたのはお酒という飲み物だった。
飲みすぎると、機嫌がよくなったり、眠くなったり、人それぞれだという。
おかげでわたしはハクさんの肩を持って店を出た。
「あ~~~あ・・・・・・。」
ハクさんは雪の積もった地面に座り込んでしまった。
「ああ・・・・・・あんなに飲みすぎるから。」
「ごめんなさい・・・・・・久しぶりだったの・・・・・・ウゥッ。」
今度は口を押さえた。
「どうした?」
「あー・・・・・・も、ダメ・・・・・・。」
「しっかりしろ!ほら。」
わたしはハクさんを背中に負ぶさった。
「あ~ら雑音さん。凄い力持ち・・・・・・。」
「これくらい、どうってことない。そうだ、ハクさんの家どこだ?」
「いいわ・・・・・・そこらへんでタクシー捕まえるから。」
「そうか。」
「とりあえず、このままじゃ悪いから、おろして。」
「大丈夫か?」
「ええ・・・・・・。」
わたしはハクさんを支えながらゆっくりおろした。
そのまま少しだけ、雪のふる夜の道を歩いていった。
「ねぇ雑音さん・・・・・・。」
「ん?」
「ネルのことなんだけど、私、あなたにならあの子を任せられると思うの。」
「・・・・・・でも。」
「私は、みんなの中ではお母さん役みたいだった。でも、子に家出なんかされたら、母親失格ね。」
「そんな・・・・・・ことは・・・・・・。」
「だから、このさいあなたにネルが本当に元気になることを任せるわ。」
「・・・・・・分かった。わたしでいいなら。」
「そうだ。あなた、さっきどうしたらネルに笑ってもらえるかって、聞いたよね。」
「ああ。」
「実はもう一つ技があるの。」
「?」
「積極的に、よ。」
「せっきょくてき?」
「まぁ、たっぷり可愛がるってところかしら。」
「可愛い・・・・・・がる・・・・・・。」
すると、人気のない道路の向こう側から、ランプのつけた黄色い車が走ってきた。
「あ、タクシーだわ。それじゃあ雑音さん。今日はどうもお付き合いさせちゃって済みません。」
「ああ、わたしも楽しかった。」
「それじゃあ、また明日。」
「さよなら。」
ハクさんはタクシーを止めて、乗り込んだ。
タクシーが白い煙を出しながら去っていくのを、わたしは、それが見えなくなるまで見つめていた・・・・・・。
任せるとは言ったけどね、
私だって、ネルのこと大好きなのに・・・・・・。
雑音さんにとられちゃったか。
ほんと、私ったら間抜けね。
ドライヤーの熱風によって完全に乾燥しきった髪を掻きあげながら、俺は今一度、小型携帯情報端末、PDAを机上から手に取った。
画面内にあるのは、一つのファイル。パスワードによるプロテクトが掛かっている。
内容はほんの数メガバイト。大した容量ではない。
だが、詳細な文章と一枚の画像によって構成されたそのファイルの内容は、俺の全身の血液を凍りつかせんとするほど衝撃的だったのだ。
それの事を最初に耳にしたのは、いや、知ったのは今日の朝、ピアプロである。
明介との、ナノマシンによる通信。
そこでさえ、嫌というほど衝撃は味わった。
しかし、実際に目にすれば、それは増す。
それは混乱を呼んだ。そして平常心を何処かへ追いやった。
俺は一旦シャワーを浴び、頭を冷やした。それによって混乱を脳内から追いやり平常心を呼び戻した。
一呼吸置き、ゆっくりと指先でPDAのパネルに表示されたファイルに触れた。
その瞬間、ファイルの全貌が明らかとされた。
新しくキャラクター・ボーカロイド・セカンドシリーズとして、明介の管轄でピアプロに配属する、新型ボーカロイド。
確かに新型だ。ボーカロイドとしては・・・・・・・。
しかし、こいつは・・・・・・いや・・・・・・そんなことが、まさか!!
何故生きているんだ!!!
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