いつもと変わらない朝。
アクビをしながらカイトは机の上に
たっぷりと淹れたばかりのコーヒーの入った
大き目のマグカップを置き、PCの電源を入れた。
液晶画面にはミクのキメ顔でポーズを撮った壁紙。
「……あいつ、また勝手に壁紙変えやがった……」
この画像はミクがカイトを散々つき合わせて撮ったものである。
やれやれ、カイトがまだ寝ぼけ眼でPCの前でぼ~~っと
していると、液晶モニターの裏から寝巻きを着て
アクビをしながらミクが現れた。
実は液晶モニターの裏がミクのベットルーム。
高級チョコレートの入っていた小奇麗な箱に
フカフカのスポンジをつめて、花柄のハンカチを
シーツにしてあるのだが。これもミクが強引に
おねだりしてカイトに作らせたものである。
目をゴシゴシと擦るミクの手には小さなマグカップ。
机の上のカイトのカップの側に行き
とぷんとコーヒーをすくい、ずずーっと
コーヒーを飲みだした。
その一連の動作を見てから、カイトは自分のカップを
手に取り熱いコーヒーを飲む。
「ふ~~~~……」
二人で声を合わせる。
「……えーっと、そういえばですねぇ……、ミクさん。
最近チョット、お洋服を買いすぎでは無いでしょうか?」
カイトがちらちらとモニターの方を気にしてる。
寝室同様、モニターの裏側はミクのクローゼットにもなってる。
「あら?そうかしら?」
しれーっとした顔でミクが言う。
「……、もう既に10着以上もあるようですが」
「やーねー!女の子のクローゼットの中を見るなんてサイテー!」
「……、いや、アマゾンの通販が10回ほど届いてたもので」
「ええ、お安い事で有名な”シマムーラ”製ですわ。おほほ。
ご主人様の懐具合を察して私、気を利かしたざます。おほほ」
この言い方に流石にカイトは切れた。
「お前な!勝手にネット通販してんじゃね~よ!
マジ、今月ピンチなんだから、もう買っちゃだめ!」
「え~~っ!やだよぅ!かってよぉ!」
ポカポカとカイトの手を叩くミク。
「ダメ!絶対ダメ!」
カイトは頑なに断った。
しかし、そんな程度で引き下がるミクではない。
ミクは後に下がり背筋を伸ばしてカイトに一礼した。
「ご主人様。今までの非礼、深くお詫びします。
確かに私は、たかがチビッコロボットの癖に
ご主人様であるカイト様の断りも無くモジュール(洋服)を
買い続けたダメロボでした……。ぐすん」
涙を拭くミク。もちろん嘘であるが
急激なミクの変化にカイトはオロオロし始める。
ミクは話を続けた。
「でもそれは……、ご主人様であられるアナタ様に
少しでも喜んで頂けるようにと、焦る気持ちが
私を今回のような愚考に至らしめたワケです!ぐすん」
「え……、そ、そうなのか?」
「ええ……。私って、本当にバカ……」
「い、いや、そんな気持ちだったなんて、ゴメン。
気づいてあげられなかった僕にも原因があったかも……」
内心、ミクは「ぷぷぷっ」と笑っていたがそこは
コブシを握り堪えた。
「このモジュール(洋服)で最後にしようと思っていました。
でも……、私……、今回は見送ります。このモジュールは
最後にふさわしい、とても破壊力のあるコスだったのですが
諦めて、ご主人様の命令に従います」
しゅん、とした様子を見せるミク。
心なしかいつもよりツインテールも下がり気味だ。
そんな姿を見るとカイトは逆に申し訳ない気持ちになった。
ロボとはいえ、ミクは年頃の女の子(に設定された)。
洋服を選ぶくらいしか楽しみも無いのかもしれない。
―――そう思い始めてしまうところがこの青年の甘い所で
そこをつくミクの方が、どうやら一枚も二枚も上手のようだ。
そしてカイトはついに隙を見せてしまう。
「……、そのコスって……、どんなの?」
「はっ!ただいま、お見せします」
そこからのミクの動きは早かった。
速攻(ショートカット)でPCのブラウザーを開き
お気に入りに保存していたHPにアクセスして
画像を拡大表示させた。
「こちらの商品でございます!」
でかでかと表示されたコスはピンクのナース服。
もちろん丈もミニで帽子、大きな注射器もセット。
「メスタープロジェクト様の”恋愛病棟”PVに使用の
ナースモジュールでございます!」
「おおぉ……」
カイトは画面に釘付けで
こんなカッコしたミクが机の上にいたら……
もういろんな意味で大変である。
「でも……、ダメロボの私には見合わない
モジュールです。ううっ!私って本当にバカ。ぐすん」
嘘泣きするミク。
するとカイトの手がマウスに伸びて
『この商品を購入』の部分をクリックした。
「え……、どうして―――」
「ふっ……、ご主人様の気まぐれ―――かな?」
かっこつけるカイト。
ミクは「ぷぷっ」とまた心の中で噴出していた。
(ほんと、こいつバカだな!カイトがこっそり見てるPCの
閲覧履歴でナース系のコスプレが最近多いのは
もうとっくに調べてるんだよ~ん、ケケッ!)
そんな心の声をおくびにも出さず
「大好きッ!My Master!」
なんて言ってカイトの指に抱きつくミク。コレくらいのサービスは
安いものである。
「あはは。マスターたるもの、そのくらいの器量は
あるですよ!ウェーハッハッハ……」
それからカイトはご機嫌な様子で
学校に行く支度を整えて部屋を出て行く間際に
ミクに言った。
「―――きっと、君に似合うはずだぜ、あのコス。
じゃ、行って来ます」
「はいっ!行ってらっしゃいませ!ご主人様!」
ミクは机の上でブンブン手を振った。
カイトが出て行くのを確認してミクは
部屋で一人、高らかに笑った。
「あははっ!大勝利!―――、しかし流石に
次回はこの手、使えないな……。よ~し、次の『弱み』探そう!」
ミクはPCを操作しあらゆるフォルダーをくまなく探る。
「カイトの趣味を先読みしないと……ねっ!
わ~~!なにこのえっちぃファイル!エロいな~~きゃははっ。
へ~~、こんなの趣味なんだ……ふ~~ん」
PCの履歴というものは男性にとっては触れて欲しくない
聖域であるのだが、そんなの容赦なしで閲覧しまくるミク。
なんだかんだ言いながら、カイトの趣味を研究するのは
洋服を買って貰うためだけでは無いハズなのだが
それについては彼女は何も考えていない様。なのだが―――
「ん?ナニコレ?」
ミクは、ある画像を見つけた。
閲覧回数が多いその写真は唯の普通の写真。
ショートボブで少し気の強そうだが
綺麗な顔をした女性の写真。
ちょっと胸が大きめなのがミクには気に入らなかった。
何気ない笑顔だが、どうやらカイトがこっそり
写メで撮ったものらしい。
「ふ~~ん……、こんなのが趣味……なんだ……」
ミクはPCから離れて、しばらく机の上をウロウロしはじめた。
カイトが飲み残してすっかり冷めたコーヒーの入ったマグを
ミクはコツンと足で蹴ると―――
ミクは液晶モニターの裏に戻っていった。
―DTM! Desk Top MyMaster―
エピソード 1
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