家に着くと、まず私は青年をソファに寝かせた。
青年は崩れるように横になる。
かなり衰弱はしているけれど、息はあるから一応大丈夫だ。
私は別室に移り、急いで救急箱を探し出した。
「あれ…?」
帰ってくると、彼の姿が消えていた。
濡れたソファだけがそこにあるだけ。
私はソファに近寄り、辺りを見回す。
けれど、いない…。
「ねえ!どこにいr」
声は途中で遮られてしまった。
背後から手が伸びてきて、私の口を覆う。
そしてもう一方の腕で胴体をつかまれた。
足をばたばたしてもがくけれど、すごい力だ。
全然、力はゆるまない。
(嘘ッ!ちょッ!苦しッ!!)
そのとき、喉元に光るなにかを突きつけられる。
その先は鋭くとがっていて、銀色に怪しく映えている。
(アイスピック…?)
なにがなんだかわからず、私は動きを止めた。
「動かないで」
「んッ!?」
耳元で声がする。
それは先ほど拾った青年の声だった。
よく見れば、私の口を抑える手にはいくつもの真新しい傷がある。
青年は静かに問う。
「あなたは誰。いったい、僕をどうするつもり?」
彼は私の口から手を離す。
けれど胴体に回された腕の力はゆるまない。
「何言ってんの!? 手当しないと…」
「答えて」
「…。
私の名前は増田 雪子(ますだ ゆきこ)。17歳。クリプト学園の生徒。
これでいい?」
「…僕をどうするつもり?」
「どうするもなにも。私はただあなたの手当がしたいだけ。
とにかくその物騒なもの、しまってくれない? すごく怖い…」
そう言うと、彼は素直にその鋭い凶器をしまってくれた。
そして、彼は私を解放してくれた。
私はとっさに彼から離れたが、もう襲ってくるつもりはないらしい。
彼はただ呆然とその場に立ちつくしていた。
(変な人…)
私は風呂場からバスタオルを持ってくると、立ちつくしている彼の頭にかぶせた。
そのまま動かないので濡れた頭をがしがし拭いてあげようかと思ったけど、
手が届かないんじゃあ、どうしようもない。
よく考えてみると、この人は背が高い。
私が162cmだから…。
彼は175以上といったところか。
とにかく背が高かった。
(アレ…? 血が止まってる。さっきまであんなに傷から血がにじんでたのに…)
「ごめん。手が届かないから、自分で拭いて。このままじゃ、風邪引いちゃうよ」
そう言うと、彼は自分でやっと動き出す。
「全部拭くの?」
「え。あ。うん」
とにかくうなずいた私が馬鹿だった。
この人、目の前でコートを脱ぎ始めたのだ。
よく見ると、この人はコートの下にはなにも着ていなかったみたいで、
コートを脱いでしまえば上半身裸になってしまう状態だった。
(え!あ!ちょ!)
「ちょっと待て!!」
「ん?」
ベルトに手をかけている状態で、彼が停止する。
ある意味、危なかった…。
「ぜ、全部拭くんだったら、脱衣所があるからそこでやって!」
(っていうか、女の子の前で脱ぐか? 普通…)
こくりとうなずくと、彼は脱衣所のほうへ行ってしまった。
その背中にむかって
「着替えを持ってくるから、そこにいて!!裸で出てこないでよ!!」
と言っておいた。
こうでも言っておかないと、この人は裸で出てきそうだ。
私は急いで彼の着れそうな衣類を探す。
「着替えを持ってくるから」なんて言ったもの、どうしたもんかなー。
彼氏いない歴=年齢みたいなもんだし、男の服なんてないもの。
…まあ、しかたないよねー。
男性が着てもおかしくないようなデザインの服を取り出すと、
私は脱衣所の扉の前まで来た。
「拭いた?」
ガチャ。
「出なくていいから!答えるだけでいいから!」
(焦るッ)
「ねえ、そこに乾燥機があるでしょ。
悪いけど男性用の下着なんてないから、下着類だけでも軽く乾燥して着てね。
着れるかどうかわからないけど、着替えの服は用意したから」
「…」
「ねえ、乾燥機の使い方ぐらいわかるでしょ?
下着を入れて、スイッチ入れるだけ。三分したら取り出して」
そう言うと、扉の向こうからスイッチの音がする。
…わからなかったのかな?
ガチャ。
扉がほんの少し開いて、その向こうから手が伸びてきた。
私はその手に着替えの服を乗っけると、そのまま手は扉のむこうに引っ込んでいった。
五分後。
私はすっかり着替えをすませ、濡れたソファをきれいに拭いていた。
そのとき、ガチャリと音がして脱衣所の扉が開いた。
「うわー。やっぱり、そうなっちゃうよね。ごめん」
足が長いせいか、ズボンが七分丈になってる。
Tシャツもヘソが出ちゃってる。
なんというか…うん、ごめんなさい。
けれど、彼自身はそんなことに全く抵抗はないらしく、
それよりもなによりも、私に対しての疑問が絶えないようだった。
「どうして…」
彼は不思議そうにこちらを見ていた。
「なぜって。あんなびしょ濡れの格好でうろうろされたら、こっちが困るもの」
素直に答えたのに、彼はまだ私の言葉に疑念を抱いているようだった。
「そういえば、あなたの名前、聞いてなかったよね?」
そう言うと、彼はしばらくの間口を閉ざしてはいたが、ゆっくりと口を開いた。
「……ka、」
虫の羽音よりも小さな声だった。
「え? ごめん。よく聞こえない。 …ka?」
彼は一人で頭を横に振ると、静かな声で答えた。
「………………たいと」
「え?」
「帯人」
「帯人?」
帯人という青年は、こくりとうなずいた。
(帯人か。珍しい名前…)
私はキッチンにむかうと、紅茶の瓶を取り出した。
そして帯人に声をかける。
「ねえ、帯人君。レモンティー好き?」
そう問いかけると、彼は「なんでも好き」と答えた。
その瞳はあの脅えた瞳じゃなくて、もっと優しい光を帯びていた。
すごくきれいな瞳だった。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想