「じゃあカイト君、メイコちゃん、ルカちゃん、がくぽ君。この子達をよろしくね」
「「「「はい」」」」
四人は小さく頷いた。
まだ小学生の四人は、にこにことのんきに笑っていた。
そう、これも今の八人が、子供の頃の話。
ミクが劇をやりたいと言った、あの時から一週間経つか経たないかぐらいの頃。
「ねーねー、電車ってどんなもの?」
レンがカイトの膝によじ上ってそう聞いたのが始まりだった。
「乗ったことあると思うよ?」
「無いっ!」
正確には、あるけど覚えていないのだ。
大抵、リンもレンも寝ている。
「あの、がたがた言ってうるさい上に酔ったりする変な乗り物でしょ……」
車酔いの酷いルカは、電車もバスもあまり乗らない。
が、バスなら眠れる。のでルカもそこまで嫌がらない。
しかし、電車は眠れないらしく、ルカは顔をしかめた。
「「乗りたい!!」」
リンとレンは目を輝かせた。
ルカの弱点ということもあってだろう。
「ミク乗ったことあるよ!」
ミクが誇らしげに言ったのも間違いだった。
リンとレンは尚更電車に興味を持った。というか、ミクを羨ましがった。
「「ねー乗りたい乗りたい!!電車乗ろう!!」」
リンとレンはカイトにまとわりつき、袖を引っ張った。
メイコが苦笑する。
「……どうする?」
「うーん……ルカのことがあるからな……」
メイコとカイトが眉を寄せると、どこからか視線を感じた。
見ると、グミがじっとカイトを見ている。
「……乗りたいの?」
グミは反射で小さく頷いた。
それから、ルカの方を少し見て、首を横に振る。
「……ルカちゃんが嫌なんだったら、別にいい」
ルカは額に手を当てて考え込みはじめた。
「……あれを嫌じゃないって言えるほど私は大人じゃないんだけどな……」
カイトとメイコが困ったように顔を見合わせる。
そのとき、がくぽが口を開いた。
「あー……ルカ、頼むよ。こいつがあんまり我がまま言わないの知ってるだろ? ほら、いつもミクとかリンレンの犠牲になってるからさ……たまにはこいつの我がままも聞いてやってくれる?」
グミの頭を撫でながらがくぽがそういうと、ルカはがくぽの方を見て、それからため息をついた。
「……まぁ……いいけど」
グミの目が一瞬にして輝いた。
「ルカちゃん、ありがとうっ! がく兄もっ!」
ぎゅっと抱きついてくるグミを見て、ルカは苦笑した。
「……次は乗らないからね。絶対」
「うんっ!」
カイトとメイコとがくぽは、ほっとしたように息を吐いた。
そして当日、まだ小学生の四人は、ミクの家に事前に集合していた。
ミクのお母さんが、噛んで含めるように丁寧に説明する。
「絶対に、絶対に他の四人の言うこと聞くのよ。わかった?」
「「「「はいっ!」」」」
一抹の不安を感じながら、ミクのお母さんはみんなを送り出した。
「今日、何するの?」
「ん? 電車に乗る」
「そうじゃなくて、乗ってどこに行くの?」
電車、で唯一浮かれていないミクが、珍しく冷静にメイコに聞いた。
メイコとカイトは顔を見合わせる。
「……特に何も考えてなかった」
「よくみんなのお母さんこの状況で子供を送り出したな……」
そう、行き先を考えていなかったのである。
そのとき、ルカがもうすでに不機嫌になりながらぼそりと呟いた。
「……広場的なところがあるじゃない。○○駅近くに」
その瞬間、年長組全員がああ、と手を打った。
そして駅につくと。
ミクのお母さんの不安は見事に的中した。
「はいはい、まず切符買うかr」
「「あれ『けんばいき』っていうんでしょー!?」」
「ミクもう買えるよあれ!」
「「わー! いっぱいボタンがあるー!」」
「ねー! ミクあれ買えるってば!」
リンとレンとミクが大騒ぎしはじめ、券売機に突進していく。
その後を必死でメイコとカイトとルカは追った。
「混んでない時間選んどいて正解だったね……」
「うん……」
「……電車ってだけで嫌なのに周りの人に謝らなきゃいけないなんて最悪……」
ただ一人、グミは駆け出そうとしたがくぽの袖をぎゅっと掴んだ。
珍しくグミの目が輝いて、じっと券売機を見つめているのを見て、がくぽは小さく笑った。
「ほら、買いにいくぞ」
「うん!」
おそるおそる、でも確かに上機嫌な足取りでグミは歩き出した。
そしてなんとか全員が切符を買い、要所要所で困難を乗り越えながら電車に乗ったとき。
……ここが、最難関であった。
「「「「電車ー!」」」」
小学生四人組が叫ぶ。
その瞬間、乗客の目がそっちに向いた。
年長組四人が、冷や汗をかく。
「あ……」
「す、すいません……」
「あの……初めての電車で、浮かれてるんです……」
「申し訳ありません……」
四人がぺこぺこと頭を下げると、にこにこと笑って小学生の四人を見る人とうるさそうに向き直る人の二種類の人種がいた。
「ほら、四人とも、静かにしなさい」
メイコがぴしゃりと叱る。
が、ほとんど効果は無かった。
「ミク電車初めてじゃないよー!」
「「ねー浮かれてるって何ー!?」」
ミク、リン、レンの三人が余計に騒ぎ立てる。
メイコは追加で叱ろうと思ったが。
「……ごめんなさい……」
今にも泣き出しそうなグミを見て、黙り込んだ。
助けを求めるように年長組三人がルカを見ると、もうすでにルカは席を譲ってもらっていて、吐きそうな顔で逆にメイコを見返した。
「……酔い止め、飲むのが早すぎた気がする……無理ぃ……」
結局、ミクとリンとレンは野放しにされ、カイトとがくぽは必死でグミを元気づけることになり、メイコはルカの看病に追われる羽目になった。
目的の駅にたどり着いた瞬間、八人は電車から転がり出るようにして降りた。
「も、もしかして……帰りもこれなのかな……」
「うわ最悪!」
「ちょ、それは言わないで……」
まだ気持ち悪そうな顔をしているルカをメイコが引き摺って歩き、リンレンをカイトが抱きかかえ、がくぽはグミの手を引きながらミクを背中におぶっている。
しかし言えば言うほどグミが泣きそうな顔をするものだから、ほとんど何も言えない。
「……もうちょっと準備しとくべきだった」
「うん」
「とりあえず、行くか……」
そしてなんとか八人は広場にたどり着いたのである。
しかし結局、帰りの電車ではそんなことにはならなかった。
ミクとリンとレンが、遊び疲れて眠り出したのである。
ルカも、予備の酔い止めを今度はいいタイミングで飲んだため、酔わなかった。
「寝ていれば可愛いのにねぇ」
メイコは抱き上げたレンを見て、笑った。
「この子はリンに引き摺られるからなぁ」
「……リンもなー。静かだったらな……」
がくぽが、おんぶしたリンを後ろ手で撫でながら呟く。
「天使みたいなのに……」
ルカがため息をつくと、カイトは大苦笑した。
「それ、ミクの方がすごいから……」
同じように背中にミクをおぶっているカイトは、深々とため息をつく。
「もう起きてると、うるさいのなんのって」
「カイト面倒見いいよねぇ」
「……まぁもう、あれだ。宿命」
グミがくすくすと笑い出した。
ルカが優しくグミの頭を撫でる。
「ごめんね、グミ。あんまり遊んであげられなくて」
そういうと、また電車の外の風景を眺めていたグミはにこっと笑った。
「ルカちゃん、ありがとぉ」
その一言で、ルカは思いっきりグミを抱きしめた。
「わわ……」
「可愛いっ! もーこの子可愛いっ! 前言撤回する! もう一回ぐらいなら乗ってもいいよ、電車!」
年長組は盛大に苦笑した。
「ルカ変貌すごすぎ……」
「カイトお前馬鹿か! また変なこと言って……」
「いい! 今なら許す! グミが可愛いから許す!」
がくぽはゆっくりとグミに目を向けた。
「しかし何だって電車乗りたがったんだ? グミは」
グミはきょとんとした後、小さく笑った。
「あのね、乗ったこと無かったから乗ってみたかったっていうのと、遠くから見たときになんかかっこいいと思ったんだ。早くて、綺麗で、あの中から外見たらどう見えるんだろうって思った」
みんなが呆気にとられて聞いているところに、グミはまた笑ってそれとね、と続けた。
「あのね、我がまま言ってみたかったの……だから、ごめんなさい」
年長組の四人は、顔を見合わせて、それからグミの頭を撫でた。
「へ?」
「……いや、なんか、ごめん」
「そうだよねぇ……まだ小四なんだよねぇ……」
「私が小四の頃なんて面倒見なかったなぁ……誰のも……」
「グミってつい大人とカウントしそうになるんだよなぁ……」
カイト、メイコ、ルカ、がくぽが口々に呟く。
それからゆっくりとカイトが口を開いた。
「……えっと、楽しかった? 今日」
グミは満面の笑みを浮かべた。
「うんっ!」
後日談。
ルカは、頑張って電車酔いを克服しようと必死になり、その結果電車に乗れるようになった。
ミクとリンとレンも楽しんでいたようで、また乗りたいと大騒ぎ。
カイトとメイコは何かとグミを気にかけるようになったが、グミ本人はまた面倒見のいい姉のような存在に戻った。
そんなグミが唯一我がままを言う相手ががくぽだ。
がくぽもそれを理解していて、グミの欲求と周りの状況とのバランスを取る役目となりつつあった。
ただ一つ確かなのは。
初めての電車は、いろいろあれど、全員の幸せな思い出の一つとなったことであろう。
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