まだ深夜の時間。俺は恐ろしさの余りベッドから飛び起きていた。
頬を伝う冷たい感触を手で拭うと、顔面が汗で濡れているのがわかった。
「どうしたの?隊長。すごくうなされてたんだよ。」
「朝美……。」
暗闇で見えないが、俺のベッドの横に朝美がいるようだ。
「悪い夢でも見たの?」
「ああ……。」
「どんなの?」
「わからん……。」
俺は気が動転し、あの光景を言葉で伝えるにはどうすればよいか全くもって考えられなかった。とりあえず素っ気無く答えると朝美は二段ベッドの梯子を登っていった。
あれはまさに悪夢だった。あたり一面の血の海、その中には人の内臓や頭が散乱していた。俺はその阿鼻叫喚の風景を見下ろしていた。そしてそこには、日本刀のような黒い剣を持ったミクがいた。ミクもまた血で赤く染まっていた。ミクは俺のほうを向くとにっこり微笑んだ。その、血と肉片の地獄の中で。
あれは何かの予知夢ではないのだろうか。俺達、そして何よりミクにこれから降りかかる、何かの……。
◆◇◆◇◆◇
今朝のミーティングにミクはいなかった。少佐によると司令の部屋に呼び出されたらしい。根拠はないが、昨日俺がインストールしたデータの事だろう。
少佐は俺達が昨日発見した例の機体の事、厳重警戒態勢を敷いたことをこの基地全てのパイロットの前で発表していた。
「……以上だ。ミーティングを終了する。ソード隊と今決定した隊員はスクランブル待機室にいろ。いつでも発進できるように準備しておけ。」
「はい。」
俺達は駐機場のすぐ隣にある待機室に向かった。
◆◇◆◇◆◇
「来ましたね。」
薄暗い部屋の奥のイスに司令は座っていた。私に翼をくれた人。
「隊長にデータのインストールはしてもらいましたか。」
「ああ。」
「何のためのものか勿論、分かりますよね。」
「任務のためだ。」
「よろしい。では、早速君には出張してもらいましょうかね。まず伝えておくこ とがあります。どれ、そろそろ放送のお時間です。」
司令はイスに座ったまま後ろを向くとテレビのリモコンのようなものを取り出した。
「よーく見ていなさい。」
司令はリモコンを自分の向いている方向に向けた。
「三…二…一…それっ。」
司令がリモコンのボタンを押したとたんに、後ろにあった大きなテレビがついた。
「番組を中断して、緊急ニュースをお伝えします。」
ニュース番組だ。私も見たことがある。
<<たった十分前に、日本海沖に国籍不明の貨物タンカー一隻と武装不審船二隻が発見されました。これに対し、海上保安庁が特殊部隊のSSTと巡視艦を出動させましたが、タンカーから出現した国籍不明の兵士らが包囲した巡洋艦とSSTのボートに向かって銃撃を行い、SST隊員五名が死亡しました。なお、タンカー内に先月の拉致事件の被害者がいる可能性があるとみて、海上保安庁の巡視艦が包囲したまま、現在硬直状態となっています。国籍不明のタンカーと巡洋艦は興国に向かって進行しているようです。では、現場にてヘリで生中継を行っている村上レポーターに聞いてみましょう村上さーん>>
テレビに海と大きな船が出てきた。
<<はい。こちら村上です! 取材ヘリの上からから撮影しています。見えますでしょうかご覧ください! 二隻のタンカーとそれを護衛するような形で国籍不明のボートがいます。あの中には国籍不明の軍隊、甲板に見えるだけでもおよそ二百人相当の黒ずくめの兵士が包囲した海上保安庁の巡視艦に銃口を向けています>>
<<さきほども特殊部隊の乗ったボートが攻撃され乗員の全員が死亡しました。さらにあの中には拉致事件の被害者が人質として捕らえられており、先ほどそのことが甲板にいた一人の兵士の発表で明らかになりました>>
<<村上さん、彼らは日本語が使えるんですか?>>
<<国籍は分かりませんが、そうらしいです。現在、緊急対策本部では新しい作戦がねられているらしいのですが詳細は不明です。以上、現場から中継でお伝えしました>>
司令はテレビを消して振り向いた。
「君はこれから今見たところに行ってもらいます。何をするためか、分かっていますね。」
「あの敵を、倒す。そのために昨日の夜、隊長にあのデータを私に覚えさせたんだろ。」
司令はにやりと微笑んだ。
「君のために用意した武器の使い方も分かっていますよね。あと戦い方も。」
「分かってる。」
「うむ。物分りのいいところが君のいいところです。さ、そろそろお迎えの方が来ますよ。装備は彼らにもらってください。」
「分かった。」
そのとき司令の机にある機械からブザーが鳴った。
<<海上保安庁のヘリが到着しました>>
「わかりました。すぐに彼女をヘリポートにお連れしなさい。」
<<了解しました>>
そのあと部屋に黒い服の男がきて、わたしをヘリポートに連れて行った。
<<……さてと、彼女の活躍ぶりをここでじっくり眺めるとしますか>>
◆◇◆◇◆◇
待機室で俺はずっと俯いたままだった。昨日見たあの夢が、まだ脳裏に焼きついて離れない。
あの不気味な夢は、一体なんだったのだろうか。やはりこれから起きる何かの予知夢ではないのだろうか。
「どうしたんだ隊長。そんな沈んだ顔して。そんなんじゃイザッてときに戦えねぇぞ。」
麻田が陽気な言葉をかけてきた。
「まだ、悪い夢の事が気になるの?」
朝美は心配そうだった。が、そのとき、俺は耳に何かの爆音が聞こえたような気がした。
「あれ、何の音だよ。」
「ヘリじゃないかな。」
「なんだって。この基地にヘリなんてねぇよなあ。」
「もしかしたら、ミクちゃんのことかも。」
「そういやあいつ何やってんだ? 司令に呼び出しでも食らったか。」
「あのヘリでどっかいくのかな。」
麻田と朝美の会話を聞いていると、部屋に備え付けてあった電話が鳴り出した。電話の傍にいた俺はすぐに受話器を手に取った。
「はい。スクランブル待機室です。」
<<ソード隊の隊長か。緊急命令だ。ソード小隊全員は各機体にて待機せよ! 部下にもそう伝えろ!!>>
何かが、始まろうとしていた……。
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