8.七色#六色?♭ハト
首都『サッポロ』の中心部を通っているメインストリート、
数えきれない程の人がその道沿いに集まっている。
まるで、国中の人が全て集まってきたかのようなものすごい人数である。
しかし、その数えきれない程の人が今日ここに来た目的は、たった一つだけである。
通称『七色の英雄(レインボウスターズ)』と呼ばれる、月の国直属軍の隊長、七名――
彼らは国の英雄として、国民から絶大な支持と人気を得ている。
いつもなら最前線に立って戦闘を繰り広げているその英雄達が、今日は緊急凱旋してきて、
この場所で、凱旋パレードをすることになっているのだ。
まして七名全員が一堂に会することなど、めったにないことで、
なおのこと集まって来た人々の熱は、ヒートアップしていた。
ざわざわと人々のざわめきで溢れていた街の音が不意に止み、辺りは一瞬の静寂に包まれた。
その静寂を打ち破るべく、ファンファーレの音が街に鳴り響いた。
軍の音楽隊が、そのファンファーレをきっかけに勇敢な音楽を奏で始める。
ふいに、街の出口の門の方から悲鳴とも歓声ともとれるような声が立ち上った。
それにつられて、一斉に街中の人が思い思いに歓声を上げ始めた。
街中が、びりびりと人々が上げる歓声で振動している。
その歓声の嵐の中、先頭を切って門から現れたのは、なんと小さな二人の子供だった。
その登場と共に、大衆はより一層ヒートアップし始めた。
その大衆の中、パレードの主役たちに熱い視線を送る小さな子どもがいた。
その隣には、母親であろう女性も立っている。
小さな子どもは、大歓声が響く中、母親にこう尋ねた。
「ねえ、お母さん。あの人たちは誰なの? すごい人気者だね?」
屈託のない表情、悪にも善にも染まっていない表情である。
「まったく、昨日ちゃんと教えたろう? ちゃんと覚えときなさいよ」
恰幅のいい体型をした母親は、少し叱りつけるような口調ある。
どうやら自分の子どもに、昨日これらの人物の説明を済ませていたようである。
仕方がないといった様子で、母親は昨日我が子に説明したことを再び教えだした。
「いいかい? まず先頭にいる二人の小さなお兄ちゃんとお姉ちゃんが、
鏡音レン、リン姉弟さ。飛び回りながら手を振ってる方がレンで、
後ろでにこやかに手を振ってるお姉ちゃんの方がリンだよ」
「ちょっと、ガキみたいに飛び回らないでよ! こっちまでガキっぽく見られちゃうじゃん」
にこやかな表情を崩すことなく、後方からリンが弟に対してその可愛らしい表情からは
およそ想像もつかない内容の苦言を呈した。
巻き起こる歓声のせいで、大衆たちにはその声はまったく届いてないようである。
「うっせぇな。リンこそ、なんだよ? その作り笑顔……きもちわぃ~」
視線を姉に送ることのないまま、レンも皮肉を言い返した。
双子の壮絶な口喧嘩は、大衆には知られることのないまま、繰り広げられていた。
再び、街の入り口付近から大きな歓声が上がった。
先ほどからレン・リン姉弟に送られている歓声と混ざって、より大きな音になっている。
どうやら観客はある特定の層に分かれていて、
それぞれが特定の隊長に向けて歓声を送っているようである。
そのせいか、街の至る所でそれぞれの名前を叫ぶ声が上がっている。
次に登場したのは、純白の鎧、長い桃色の髪、凛とした姿をした女性で、
すぐ後ろに複数の部下を引き連れ、毅然とした態度で中央の大きな道の真ん中を進んでいる。
「次に出てきたあの綺麗な女の人が、巡音ルカ様だね。しかし、いつ見ても――」
鎧を纏った女性の強く少し冷たい視線は、小さな子供には少し怖く映ってしまっているようだ。
説明を続ける母親の服を、きゅっと握りしめている。
「ははは、怖がることはないさ。ルカ様は、私たち国民にはとっても優しいんだから」
「ルカ様、何なんですか!? このまったくに、くだらないお祭り騒ぎは……。
我らは前線を切り上げてまで、緊急招集に応じたというのに……」
純白の鎧を着た隊長の後ろをついて歩いている部下の一人が、ため息交じりに提言している。
「まあ、そういうな、テト……。こうやって我々が、国民の目の前に立っているだけでも、
皆は安心できるのだ。これも、政治というやつだな……」
部下の提言に、実直に返答する彼女の言葉には、気品があふれている。
突然、街の上空に巨大な爆音が響く。そして、広場に巨大な影が出現した。
月の光を遮っている物の正体を確認すべく、大衆は一斉に空を見上げた。
上空には、巨大な鉄の塊が浮かんでいるように見えるが、月の光で逆光してよく見えない。
やがて、大きな音を立てて、形状を変化させながら、それは地上へと降りてきた。
空を飛んでいた鉄の塊は、地上へ降りる頃には人型へとその形状を変化させ終わっていた。
にわかにその人型の頭部にあたる部分が開き、中から女性が現れた。
その女性は、元気に歓声に答えながら手を振っている。
「相変わらず登場が派手だねー。グミちゃんは……」
門からゆっくりと、歩きながら入って来た二人組の男性たちが話している。
一人はいかにもガタイがいい大男、もう一人は細身の鋭い目つきをした男性だ。
彼らは、こなれた感じで大衆の歓声に答えている。
先ほどから子どもに説明を続けていた母親の姿が見えない。
「カムイ様ー」
どうやら、彼女のお目当ては、あの細身の男性だったようだ……。
最後に満も辞して登場したのは……?
「どうも…… どうも……」
何も悪い事をしたわけでもないのに、大衆に向かって、
ぺこぺこと頭を下げながら、なにやら情けない様子の男性の隊長が出てきた。
「おい! 男ならもっと堂々と胸張って歩かんかい!」
先ほどの大男が、情けない隊長の背中を力任せにドンッと叩いた。
叩かれた男性は、ケホケホとむせかえしている。
「ちょっ、レオンさん…… 力入れすぎですよ。ぅう ゲホゲホ――」
大男は豪快に笑い飛ばしている。
「がはは、お前がひょろッちい事しとるからだろうが! カイト」
「これで全部で七人……。だから『七色の英雄』なんだね?」
先ほど置いてけぼりをくった子どもは、ようやく母親の元にたどり着いていた。
「いや、あと一人、大事なお方が残っているよ……」
子どもは、解せぬといった表情で母親のことを見ている。
「そうだね、それじゃあ説明の続きをしようかね……。『七色の英雄』が、
それぞれ違う色の雷を纏ってることは、知ってるよね?」
「うん」子どもは自慢げに返答した。
「各隊長達には、その色にまつわる呼び名がそれぞれあるんだ。
『紫電(しでん)』 カムイ様
『青の重戦車(ブルータンク)』 レオン隊長
『緑の鉄翼機兵(グリンマクロス)』 メグ隊長
『黄色の双子星(イエロージェミニ)』 鏡音リン・レン隊長
『聖白の戦乙女(セントホワイトヴァルキュリア)』 巡音ルカ隊長
『黒き流星(ブラックロックシュータ)』 カイト隊長
ここまでは、わかったかい?」
「あれ? 六色しかないじゃないか? うそつき!」
「いいから、話は最後まで聞きな。『七色の英雄』にはもう一人いるんだ。
今は行方不明でここには来てないけど、その多大な貢献から、永久欠番になってる総隊長……
『赤き鬼姫』 シンデレラ様」
「おに……姫」
小さな子どもの、ごくりと唾を飲み込む音がした。
「そうさ、鬼のように強かったんだよ? でも、誰よりも私たちの事を考えて下さってた。
優しいし、何よりとっても綺麗な方だった……」
「へくしょんっ!! あ゛~」
歓喜に沸く広場から少し離れた場所にある街で一番高い塔。
おおよそ人が登ってこれないはずの、この塔の頂上部分に一人の人影があった。
「ああ、寒い。さっすがに風が強いな」
この軽快な口調には、聞き覚えがある。……そう、メイコだ。
この高い塔の頂上からは、活気に沸いている広場が手に取るように見わたせる。
なぜかメイコは、こんな場所から凱旋パレードを見物している。
彼女の曇りなきその瞳は、遠くからでもある人物をしっかりと映し出していた。
「どうしたよ? カイト。あっちに何かあるのか?」
カイトは歓声をよそに、街で一番高い塔のある方向を見ている。
少し微笑みながら、レオンの質問に答えた。
「いえ……、なんでもありません。ハトでした。そう、かつての平和の象徴……でしたかね?」
そう言って、再びパレードに戻ったカイト。その背中には大きな古傷が見てとれる……。
塔の頂上部には、もう誰もいない。しかし、塔の目の前の通りには、
まるで隕石が落下した跡の様なくぼみができている。
そして、そのくぼみからは、なぜかビリビリと音を立てながら、わずかな放電が起こっていた。
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