11
記録がない。しかも残業時間が厳しいとなれば、もう答えは出たも同然だ。そのKさんは、借りたカードで会社を出たのだ。そうすれば、退室記録は残らない。カナグルイさんは、Kさんに声をかけたあとほかのフロアを見て回っている。その間にKさんが会社を出ることは十分考えられる。
「でも、彼女は今日はちゃんと自分のカードで出社してるんだ」
「でも、借りることは可能でしょう?」
カナグルイさんは口をパクパクとさせたっきり、なにも言わなかった。
「今日、彼女は本当は早く退社するつもりだったのではないでしょうか? でも、朝、やり残した仕事があったのかわかりませんが、どうも帰りが遅くなることを知ったわけです。だから、いつも使っている方法を使うことにした」
「……借り物のカードで退社か」
「そうです。おそらく何回もあったんでしょう?」
「よくわかったね」
「カナグルイさんが、『抜けている」『おっちょこちょい』と言ったのでなんとなく。おそらく、カードを忘れた振りをして何回か警備室にカードを借りに行ったことがあったからそういう印象を持ったのかな、と」
カナグルイさんが黙って頷く。
おそらく彼女は「事務所に入るときにカードが無いことに気がついた」とでも言ったのではないだろうか。なぜビルに入ることができたかといえば、さっきカナグルイさんが言ったようなことだ。前の人の後に続いて入ってしまった。普通ならかざさないといけないのだろうが、寝ぼけていた、とでも言えば誤魔化すこともできる。あまり褒められたことではないが、そうすればよりおっちょこちょいなことを印象付けることもできたはずだ。
「彼女は最初に自分のカードで出社した。その後にカードを借りたのだから、記録があっても不思議ではないでしょう。もしかしたら念のため一度はそのカードで出社記録を作ったのかもしれませんが、残念ながらそれは記録に残らない」
「…………」
「理由はもちろん、残業時間のためでしょう。彼女はカナグルイさん言う通りかなりギリギリだった。だから自分のカードで出ることは出来なかったんです。これは予想ですが、彼女が働いている時間は、カナグルイさんの前にある電子ロックの履歴ではなく、オフィスの出入り口にある電子ロックがの退勤時が重要視されるんじゃないでしょうか。だから、こんなことができた」
カナグルイさんの話だと、社員証による出入りの履歴は何回でも残ってしまう。通るごとに社員証をかざす必要があるならば、それだけで就業時間は決まらないはずだ。だから、タイムカード的なもので管理されているはず。だが、タイムカードを切ったとしても、まだ会社に残ることができる。俗に言うサービス残業だ。それを防ぐために、もう一つの策、社員証による入退室の記録管理があるのだろう。
出社時間と退社時間。それとタイムカード。それに差が生まれることを、避けたかったはずだ。
もしカナグルイさんのところにある電子ロックで就業時間が算出されていたら、こんな方法は使えなかったはずだ。なんせ一回は通ってしまっているのだから、今更やり直しはできない。
カナグルイさんはしばらく無言だった。なにか考えているようだった。やがて、ポツリと言葉を漏らす。
「これは、怒るべきなんだろうか」
「俺はなにもいえません。ただ、言っても誰も得をしないでしょう」
「彼女の負担が楽にかるかも」
希望のように言った。それが実現しないことぐらい、カナグルイさんもわかっているだろう。すっかりぬるくなってしまったビールを煽って、息を吐く。
「そこまで自分を追い詰めて、なにをしたいんだか」
「それは俺も疑問です。人は死ぬまでのほとんどを仕事についやして、お金をもらう。ここにはお金もありませんし、仕事もないです。寿命自体、ひどく曖昧です」
今日、カナグルイさんが慌ててパソコンをつけてくれたが、俺はなんにも苦にならなかった。時間が余っているからだろう。だから、一日くらい無駄にしたところで、どうってことない。
だが、人間は違う。終わりが決まっていて、それまでの道のりを考えて、その道を進むにはどうすればいいか何十年かかって考える。うまくいかないときもあるだろう。でも、その都度臨機応変に対応し、乗り越えていく。
それはひどく慌ただしく、忙しない。
でも。
でも、それが、
「それが人間なんでしょう?」
「…………」
「やりたいことがあるから、頑張る。彼女もそうなんじゃないですか?」
「……キミから見て、僕たちはどう思う?」
「理解し難い生物です」
でも、と付け足す。一度に言えなかったのは、多分、嫉妬からだ。
「でも、羨ましいです」
見えないものに必死になって、恋に右往左往し、今日みたいな小さいことに対して全力で頭を悩ます。自分を理解して欲しくて詞を書いたと思えば、まったく真逆のものに心を揺さぶられたりする。一本の芯がないというか、いろいろ不安定だ。
でも、それに憧れている自分がいる。
カナグルイさんはもう一度息を吐いて、ビールを飲み干した。
「今回は、見逃そうか」
「はい」
「でも、今回だけだ。次はちゃんと注意する。これでいいだろうか?」
「ええ」
俺に言う権利があるかわからないが「いいと思いますよ」
12
次の日、カナグルイさんは早めに帰ってきた。そして「あったよ」と言った。
「昨日、彼女はカードを借りてた。全部キミの言う通りだった」
「そうですか」
「幸いにも引き継ぎの人はあまり疑問に思ってなかったようだし、問題になることはないだろう。僕が黙ってれば」
「おめでとうございます。弱みゲットですね」
「…………」
「……すいません。言葉を間違えました。これで告白するときに楽になりましたね」
またネットを切断された。
うーん。人ってむつかしい。
「告白しないんですか?」
「いや……したいなと思ってる」
顔が真っ赤になった。
「おー、進歩じゃないですか」
「思ってるだけだ。まだ当分実行はしない」
「十分です。今はその気持ちを歌にぶつけてください」
言われなくても、と言ってカナグルイさんは曲の作成に取り掛かった。
俺に気を使ってか鏡音レンで調声をしていたが、俺はそれを黙ってきいているだけだった。それがいつもだ。俺は歌わず、それをきいている。
でも。今日だけは、歌ってもいいかなと考えるようになっていた。
恋って、やっぱりしてみたいな。そんなことを思いながら。
ーーその鏡音レンは、解決する その6--
その鏡音レンは、解決する 了
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