悪食娘コンチータ 第三章(パート5)


 さて、貴族らしからぬ軽装で王都を意気揚々と出発したオルスたちが途中の宿場町であるフィリップの街へと到達したのはそれから四日が経過した時であった。街道はこの街を基点に三股に別れている。一つはオルスが属するロックバード家の領地であり、黄の国南部最大の都市であるルワールの街へと向かうルワール街道、二つ目は更に南部へと向かってオデッサの街へと向かうオデッサ街道である。そして三つ目、フィリップから真東へと伸びる街道がコンチータ領へと向かうコンチータ街道であった。ここからコンチータの街まではあと三日程度の距離であり、道中も半ばと言ったところであった。
 「良かった、無事に二十日までに到着しそうですね。」
 ひとまず確保した宿の一階、食堂となっているホールで腰を降ろしたフレアは、グリスとオルスに向かって安堵したようにそう言った。今日の日付は十月十七日である。
 「二十日の昼には到着するだろうね。」
 少し疲労している様子で、グリスはそう答えた。その様子にはオルスもまた同情を禁じえない。何しろ、フレアときたら歩きながらも教科書を片手に、グリスに質問攻めを繰り返していたのだから。
 「二十日に何かあるのか?」
 そのグリスに軽く失笑しながら、オルスはフレアに向かってそう訊ねた。
 「お姉様に二十日ごろお伺いします、とお伝えしているから。」
 フレアの答えに、オルスはふうん、と頷きながら、出されたばかりのワインを口に含んだ。酸味が嫌に目立つ、不味い酒である。勿論貴族ご用達の高級宿もフィリップには用意されているものだが、公務ではないグリスは勿論、他の二人も資金にはほとほと苦労している状態、高級宿に宿泊する度胸があるわけもなく、こうして庶民が宿泊するような安宿に身を置いているのである。続けて提供された料理も、案の定とも言える三流品ではあったが、歩き続けて十分な空腹を覚えているオルスにとってはそれでも美味に感じてしまうのであった。それは他の二人も同じ様子で、筋の多い固い肉を文句一つ言わずに咀嚼し続けている。ところでこの肉、まるでガムみたいだ。
 「おい、どういうことだ?」
 鋭い、背筋を凍らせるような声が響いたのは、オルスが漸く肉の一切れを喉の奥に押し込んだ時のことであった。続けて、何かが倒れ、硝子が砕け散る音。驚いたオルスが振り返ると、オルスとは反対側の壁にあるテーブルの一つが見事にひっくり返されていた。数名のいかつい身体をした男が、頭を押さえてうずくまっている貧相な男を散々になじっているらしい。
 「先生、あれは?」
 フレアが不信感に溢れたような声でそう言った。
 「チンピラの類だろうね。」
 フレアに対して、グリスは呆れを隠さないような口ぶりでそう言った。続けて、大げさに頭を振りながら言葉を続ける。
 「やれやれ、少し田舎に来ると治安が悪くて困る。」
 全くだ、とオルスは考えながら、ナイフとフォークを置くとゆっくりと立ち上がった。これでも一応赤騎士団、治安維持も重要な役目の一つである。さっさと片付けてしまおう。オルスがそう考えた時。
 「貴方達、一体何をしているのかしら?」
 凛とした女性の声が食堂に響いた。誰かと邪推する必要もない。フレアであった。何やっているんだあいつは、と思わず額を押さえたのはオルスである。
 「なんだこの女?」
 きょとん、とした様子でチンピラのリーダー格らしい男が瞳を瞬かせた。それはそうだ。何の争いかは知らないが、唐突に若い女性が口を挟めば挙動不審にもなる。
 「お頭、この女随分上玉ですぜ。」
 「お前、この女で手を打つつもりか、おい?」
 「ひぃぃ・・。」
 「ちょっと、私の問いに答えなさいよ!」
 もう会話になっていない。ああもう、余計な面倒が増えたじゃないか!
 「フレア、こいつらに何言っても無駄だ。」
 「何よオルス、弱いものいじめは放って置けないでしょ!」
 「いや、いじめとかじゃないんだが。」
 どのように説明すればフレアは納得するのだろうか。
 「じゃあ何よ!」
 きぃ、と掴みかかるようにフレアはオルスに向かってそう言った。いや、俺に聞かれても困る。
 「お前ら何者だ!」
 堪忍袋の緒が切れたような口調で、リーダー格の男がそう言った。
 「通りすがりの旅人さ。」
 これ以上の面倒はご免だ。オルスはそう考えて、身分を隠すようにそう言った。
 「なら関係ないだろ、なぁ、お嬢ちゃん、俺たちは別にいじめているわけではないんだよ。こいつがちょっと俺たちから金を借りて、それを返さないからこうして返済を求めているだけでさ。」
 リーダーはそう言いながら、蔑むような瞳を貧相な男に向けて放った。
 「随分と派手な取立てね。」
 そこでフレアはむっとした表情で腕を組むと、リーダーに向かってそう言った。お嬢ちゃん、と言う言葉が気に喰わなかったらしい。
 「ところで黄の国で金融業を営むには内務省の許可証が必要だけど、貴方達はそれをお持ちなのかしら?」
 「は?」
 理解できない、という様子でリーダーは瞳を瞬かせた。予想はついていたが、やはり闇金らしい。
 「知らないのかしら?金融業許可証がなければこの国では金融業は営めないのよ。ついでに教えてあげるけど、無許可営業は契約の全てが無効だから。つまり貴方達がやっていることは単なる恫喝なの。」
 フレアはそこまで言い切ると膝を曲げてしゃがみこみ、未だに頭を抑えて縮こまる貧相な男に向かってこう言った。
 「だから、貴方も返済の義務がないのよ。私が保証するわ。」
 「そ、それは本当かい・・?」
 その言葉に、一縷の救いを見たように男は顔を上げた。成程、不幸そうな顔つきだ。
 「お前、いい加減にしろ!」
 怒り狂った様子で、リーダーはそう言った。
 「いい加減にするのは貴方ね。さっさと帰った方が身のためよ。」
 対して、フレアは全く臆する様子も見せずにそう答えた。
 「このアマぁ!」
 そう言ってリーダーが手にした剣を抜き放った。その行為に途端に食堂が緊迫する。近くにいた人間から、巻き添えを食らわないように大慌てで逃げ出したことをきっかけに、食堂は上に下にの大騒ぎになった。その中でも一部の人間はのんびりと、いや、寧ろ楽しむように酒を煽っている。全く、面倒なことはしたくないのに!
 直後に剣を振り下ろそうとしたリーダーに向かって、オルスは駆け寄るとその鳩尾に重い拳を叩き付けた。ぐぇ、とリーダーが唸りながら剣を落とす。続いて二人目がオルスに剣を向けた。形も何もなっていない。まっとうな剣術を学んでいないのだろう。いちいち剣を使う必要も無いな、とオルスは考えながら振り下ろされた剣を軽いステップで交わすと、その鼻面に強い裏拳を叩き込んだ。鼻血を溢れさせながら男が仰向けに倒れる。続けて三人目、今度はオルスに向かって太い右腕を振り上げながら突撃をしかけてきた。その攻撃を背を屈めながらオルスは避けて、相手の軸足を右足で払いかける。瞬間空を浮いた男がそのまま、頭から人が逃げて空いたテーブルへと突っ込んでいった。真っ二つにテーブルが割れて、なす術も無く男は汚い床に接吻を強いられる。
 「ふざけるなぁ!」
 剣を落としたリーダーがもう一度立ち上がった。呆れた男だ、まだ闘うつもりらしい。
 その頃には食堂はやいのやいのの大騒ぎになっていた。一度食堂から逃げた者達も、どうやら突然に現れた旅人が優勢と見て戻ってきたらしい。
 「兄ちゃん、俺はお前に賭けてるんだ、頼むぞ!」
 そんな声がオルスにかかった。おいおい、こんなところで賭博をするな。
 「チンピラよう、でかい図体して情けねぇなぁ!」
 見るとフレアはいつの間にか貧相な男を連れて食堂の端へと避難を終えている。本当にしたたかというか、凄い女だ。改めてオルスはそう考えながら、振り下ろされたリーダーの拳をクロスに構えた両腕で受け止めた。成程、あの筋肉は見せかけだけではないらしい。両腕が軽く痺れたことを自覚しながらオルスは握り締めた拳をリーダーに向けて叩き込んだ。その腕をリーダーは左腕で受け止める。
 「喧嘩なら負けねぇぞ!」
 リーダーはそう言うと力任せに右足を蹴り上げた。避ける術もなくオルスは左腰にリーダーの蹴りをまともに受けてバランスを崩す。追い討ちをかけるようにリーダーがオルスに向かって飛び掛ってきた。組み合いになったらまずい、体格ではとても叶わない。細身のオルスは瞬時にそう考えると、右足で踏ん張りを利かせてそのまま右横に飛んだ。見事に空を切ったリーダーの拳が空しく揺れる。
 「がら空きだ!」
 直後にオルスはそう叫び、リーダーの左頬に力任せの一撃を叩き込んだ。歯が砕けた音がオルスの耳に響く。そのままリーダーは白目をむいて床に倒れこんだ。口から欠けた歯が混じった血が溢れている。どうやら完全に気絶した様子だった。
 直後に、大きな歓声が沸き起こった。振り返るとどうやら見物客が相当に増えていた様子で、自ら給仕を行っていた店主もほくほく顔を見せている。火事と喧嘩はなんとやら。どうやら単に庶民の楽しみを提供しただけらしい、とオルスは自虐的にそう考えた。
 「さて、それでは店主、役人を呼んでくれないか。」
 堂々とした様子で、グリスが漸くそう言った。というかお前はずっと見学していたのか。満面に笑みを浮かべているところを見ると、どうやらグリスも喧嘩の様子を十分に楽しんでいたらしい。
 「あんた、結構強いのね。」
 やがて、貧相な男に何度もお礼を言われた後に、フレアが驚いた様子でオルスに向かってそう言った。
 「一応、赤騎士団だから。」
 「ふぅん。少し見直したわ。」
 フレアはそう言って、少し安堵したような、そして嬉しそうな笑顔をオルスに見せた。フレアのまともな笑顔を始めて見たオルスは驚きと同時に何故か感激し、そして。
 たまには喧嘩もいいものだ、と考えた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 悪食娘コンチータ 第三章(パート5)

みのり「皆様明けましておめでとうございます!」
満「今年もよろしくお願いします。」
みのり「ということで遅くなりましたが、第三章パート5です。」
満「年末は忙しくて余裕がありませんでした。申し訳ない。」
みのり「すみませんでした。ところで新年だけど、去年は凄い一年だったよね・・。」
満「今年は少しは落ち着いた年になればいいんだが。」
みのり「ニュース見ていると、不安要素ばっかりみたいだけど。」
満「まぁ、なんとかなるさ。あんまり肩肘張らないことさ。」
みのり「そうだね。では皆様、どうか良い一年を!これからもよろしくね☆」

閲覧数:422

投稿日:2012/01/02 22:46:32

文字数:4,106文字

カテゴリ:小説

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