9、大っ嫌い

 今日は臨海学校です。
 読んで字の如く、海が臨む学校です。
 学校とは言っても、海の近くに大きな施設を建てた、質素なものですが、その施設はとてつもなく大きいらしくて……。
 この季節は部活とか受験勉強で疲れている三年生がほとんどなので少しのリフレッシ気分でこの臨海学校を設けたらしいです。
 期間は二泊三日。
 私は少しうきうきしています。

「加治屋さん、浮ついてるね」
 隣で、白いワイシャツの鹿野君が言います。


 この臨海学校では、私服や軽装がオーケーされたのでみんなが私服です。
 もちろん私も私服です。
 半袖のワンピースを一枚着ています。
 でも、バスの中では冷房が効いているのでチェックのシャツを一枚羽織っています。

 みんなの私服は、初めて見たので新鮮です。
「うん! 楽しみだもん。こんなこと滅多に無いから楽しまなくちゃ」
 私がそう言ったので、鹿野君から「加治屋さん、子供みたいだね」と笑われました。
 バスは、二時間ほど走って海に着きました。
木戸先生は、寝ていたみんなをマイクで起こして海を見せました。
『ほらぁ! 海だよ! 海!』


 少々強引な起こし方に聴こえますがスルーして。
 海はすごいですね。
 天気が良かったので、地平線まで気持ちがいいくらいすっきりと見えます。
 隣の鹿野君がボソッと「うわぁ」と言ったので、私は少しおかしくて笑ってしまった。
 
 他のクラスのバスも止まったらしく、一通り海を見てからまたバスは発進しました。

『もうすぐで【蕾の宮】に着くからみんな起きててねぇ』
 木戸先生がまた、マイクを使ってみんなに呼びかけました。
 どうやら、施設の名前は【蕾の宮】というらしいです。
 木戸先生の言うとおり、バスは五分ほど走って施設に着きました。

 施設は、写真で見たものと一緒でした。
 白一色の壁に【蕾の宮】と黒い太字で書いてある、大きな体育館のような二階建ての建物。
 二階建てとはいえ、侮る無かれ。横幅はなんと、三百メートルもあるらしいです。
 バスが停車して、運転手さんにお礼を言った後、バスから降ります。
 すると、海の湿気と夏の気温が一気に冷房の冷気をかき消し、私の体を包みました。

「六月でも、ここは暑いんだね。これは骨が折れるよ」
 鹿野君はそう言いつつ木戸先生の荷物を持っていました
 木戸先生は、ありがとうねーという顔で鹿野君を見ていました。
 あまりにも暑いので、皆は【蕾の宮】に急いで入り、静かに指示された隊形に並びなおしました。


 この光景を見て、一年生の頃の林間学校を思い出します。
 あの時は、驚くほど団結力も無く、先生たちを多々困らせていました。
 でも、今改めてみると、一年生の頃ふざけていた人が、みんなに声をかける側になって。
 比較的、静かで「見ざる言わざる聞かざる」の人だった人がクラスの中心に立って指示を出しています。
 これを見ると「あぁ、私たち変わったんだな」と実感します。
 ここで、チョコチョコっと三年生の主任、佐古田先生からのお話があってみんな部屋に戻ります。

 階段を昇ろうとすると、思ったよりバッグが重かったので、バッグを抱えて昇ろうとしました。
 けれど、私の小さい体じゃ、バッグを抱えることができませんでした。
 うーん、うーん唸っていたら、急にバッグが軽くなりました。
 あれ? と思って後ろを見たら、エノヒロ君が私のバッグを支えていました。
 
 あ、エノヒロ君。

 私はそう思うと、胸がトクンとなるのがわかりました。
 体の血液が全て顔に詰まったように顔が熱くなる。
「加治屋はもっと人を頼ってみた方がいいと思うよ。重かったんだろ?」
 エノヒロ君はそう言って、私のバッグを持ってくれました。


 一昨年を思い出すと、エノヒロ君の身長なんか、私と一緒ぐらいでした。
 けれど、いつの間にか私より大きくなっています。
 心も体も成長していたので気付いていませんでした。
 エノヒロ君にプチ説教されながらも、階段を昇りきりました。


「ありがとう、エノヒロ君」
 私は渾身の笑顔をエノヒロ君に見せました。
 すると、エノヒロ君はなぜか顔が赤くなり、「いや……。大丈夫」と言って、どこかに行ってしまいました。
「エノヒロって面白いよね」
 隣で、鹿野君が笑いを堪えながら私に話しかけました。


                 *


 ここでの授業は主にレクリエーションばかりです。
 先生方が用意してくれた遊びなどをします。
 一日目の午前中は、ビーチドッジボールをしました。
 学校の体育館でするより、砂が足に絡み付いて案外動きづらかったです。


 ドッジボールで、お腹を空かしているところで一日目の晩御飯を食べます。
 メニューは特に決まっていないバイキング方式。
 フライドポテトや筑前煮まで地方の料理も置いてあります。
 さすが、施設の名前が旅館みたいなだけありますね。


 みんなご飯を食べ終わったら、お風呂です。
 お風呂場は、本館の渡り廊下を抜けて別館にあります。
 【蕾の宮】の浴槽は広いです。
 普通の銭湯の倍くらい大きいです。
 一面が白のタイルで覆われているシンプルなつくりです。
 どうやら、ここの設計者は白が大好きらしいですね。


「わぁ、広いねぇ」
 一緒にお風呂に入っている、円香が言います。
 円香は、体を洗って湯船につかります。
「湯加減ちょうどいいね」
「うん。サイコー!」
 円香がそう言って右手を突き上げます。

 しっかり湯船に浸かって体と髪を洗い、お風呂を堪能して円香と一緒にお風呂を出ました。
 お風呂に入ったら、この後十時半の消灯時間まで自由時間なので、体操服に着替えて、ロビーで円香と喋ることにしました。

 ロビーのフカフカソファーに腰をかけて円香が口を開きます。
「渚は、権弘に告白しないの?」
 円香が急にこんなことを言うものだから、少しふき出しました。
「告白しないと、想いは伝わんないよ」
「でもさぁ……」
 私は最近、感じ取っていました。

 円香がエノヒロ君のことを好きだと言う事を。
 まだ、円香には私が気付いたことを言っていないのですが、最近事あるごとに「権弘、権弘」と口癖のように言うので、「あぁ、円香もエノヒロ君のことが好きなんだな」って思うようになりました。
 でも、完全に好きとか決まったわけでもなく。円香に聴いてみないと判らないのです。
「なに? 何か迷いでもあるの?」
「ん? うん……。ちょっと気になることがあってね」
 私は手を組んで答えました。
「なに? 気になることって?」


「円香はね……エノヒロ君のこと好きなの?」
 私がそう言うと、円香の動きが一瞬だけ止まる。
「な……そんなわけないじゃん! 何で私があんな奴のことを好きにならなきゃいけないの」
 円香はそう言って笑う。けれど、どこかその笑い顔は悲しげだ。
 おかしいな。前はこんな顔しなかったのになぁ。

「そっか。そっか」
「私は、ずっと渚を応援するよ」
 円香はそう言ってグッと親指を突き出した。


                *


 円香との話しが終わって、自分の部屋に戻ってゆっくりしようかなぁと思って私は部屋を目指す。
 その途中で、エノヒロ君に会った。


「「あっ」」
 言葉を発するのが同時だったので、私の頬は少し赤らんだと思う。
「バッグ……ありがとうね」
「あぁ。あれはただのお節介だから気にしないで」
 エノヒロ君はそう言って、首筋を撫でた。

 しばらく、沈黙が続いてしまう。
 沈黙に耐え切れなくなり、私は口を開く。
「エノヒロ君、部屋何番?」
「え? おれ? 三十九番だよ」
「三十九かー」

 何でもいいから、少し話したかった。
 話さないでこの空気が続くと、私たちはすぐ分かれることになるから。
 そんなの嫌だった。
 久しぶりに、エノヒロ君と二人きりになれたんだ。

 言いたいことを言わなくちゃ……。


 伝えたいことを伝えなくちゃ……。




「え、エノヒロ君」
 私は気持ちを改めてエノヒロ君に話しかけた。
「なに?」
 エノヒロ君はそう言って、私の目を見る。
 目が合った。私はそこでもう心が張り裂けそうになる。
 頭が真っ白だ。
 そうだ。
 会話を続けなきゃ……。
 想いを伝えなきゃ……。

「わ、私はね……。エノヒロ君のことがす……
 私がそう言いかけると、誰かが私の手首を掴んだ。
 そして、引っ張って私を走り出させる。
 何度か、エノヒロ君を振り返ったけど、エノヒロ君も呆然としている。
 誰が私の手を引っ張っているのか知りたくて、顔を見た。
 よく知っている。この顔は。
 色の薄いクリーム色で、大きい背。大きな手。
 あぁ。

 後ろ姿でも誰かわかってしまった。



                    *
 僕は、【蕾の宮】を放浪していた。
 部屋に戻っても、特にすることは無く、ロビーには女の子しかいなかったので適当に本館を歩き回っていた。
 すると、途中で大杉さんを見かける。
「大杉さぁん」
 僕は、手を振って大杉さんを呼んだ。
 大杉さんは僕に気付いて、駆け寄ってくる。
「鹿野君は大きいからすぐわかるよ」


 彼女はそう言って、ペットボトルを僕に渡す。
「これ、権弘にやる予定だったんだけど、あいつ見つからないから、鹿野君にあげるね」
「ありがとう。これいくら?」
 僕は、ポケットから灰色の財布を取り出した。
「あぁ、お金なんていいよ。今日は特別価格で無料です」
 大杉さんはそう言って胸を張る。
「ちょっと話さない? 部屋に居ても暇だからさ」
「いいよ。あたしもちょうど暇だったし」
 僕たちはそう言って近くの休憩室のソファーに座る。

「いきなりだけどさ」
「ん?」
 大杉さんはそう言ってペットボトルを開けて、お茶を飲んだ。
「大杉さんは、エノヒロのことが好きなの?」
 僕がそう言うと、大杉さんは少し暗い顔をする。


 悪いこと言っちゃったかな?
「ご、ごめん……。悪いこと言っちゃったかな?」
 僕がそう言うと、大杉さんは首を横に振る。
「少し、自分を騙してたみたいなんだよね」
 大杉さんはそう言うと苦笑を浮かべた。
「権弘だけはない。権弘だけはないって。そんなのただ自分の想いから逃げてるだけじゃんって。自分で自分を騙してるじゃんって思うようになってきたんだ」
 大杉さんはそう言ってまた苦笑を浮かべた。
 沈黙が、僕と大杉さんを虚しい雰囲気に包み込む。


 沈黙に堪えられなくなり、僕は口を開く。
「想いを……伝えてみたら?」
 僕がそう言うと、大杉さんも口を開いた。
「渚が……権弘のこと好きなの知ってるよね?」
「うん。結構前から知ってるよ」
「あたしね。渚に約束したんだ」
「なにを?」
「渚の恋を応援するって」
 ふと、大杉さんの目を見ると、涙腺が緩んでいた。少し慌ててフォローする。
「でも、大杉さんはエノヒロのこと好きだよね?」
 大杉さんは頷いた。彼女の握り締めているペットボトルが少し凹んでいる。
「好きだけど……。あいつは何も考えないから。あいつは渚のことが好きだから、このままがいいのかな? ってずっと考えてるの」
 大杉さんはそう言って俯く。
 こういう話になると、大杉さんは弱くなるんだな。精神的に。

「でも、自分の気持ちを出すことも大事だよ」
 僕がそう言うと、大杉さんは目からほろりと涙を流す。
「そうだよね。自分の気持ちを大切にしないといけないよね……。でも、まだいいかな」
「え? どういうこと?」
 僕はそう言って大杉さんにハンカチを差し出す。
「権弘の気持ちも渚に行ってるからね。どうしてもあの二人には入り込めないんだ。だからまだ止めとこうかな」

 大杉さんはそう言って苦笑を浮かべた。
 やっぱり僕は無力だ。
 なんで、こんな辛い思いをしている人の前で口を摘むんで慰めの言葉一つも掛けられないなんて……。
 自分が憎い。無力な自分が憎い。


「鹿野君は、好きな人とかいないの?」
 大杉さん僕のハンカチで涙を拭って言う。
「僕は、まだいないかなぁ」
 僕はそう言って笑う。
 そう笑うと、近くで声が聴こえた。
 声のした方を振り向くと、加治屋さんとエノヒロが居た。

「あ、……」
 大杉さんも気付いたらしく、声をあげた。
どうしてか、加治屋さんは意味深な表情をしている。
 

 ここでなぜか、僕の心臓は高鳴りした。
 呼吸が少しずつ浅くなって緊張を感じる。
 背中に冷たい汗が通るのがわかる。

「どうしたの? 鹿野君」
 大杉さんは、心配してか僕に声をかける。
 僕はなぜか彼女を無視してしまう。

 気付いたら、走り出していた。
 なぜかわからない。走り出したのは本能的な何かだろう。胸が熱い。頭も熱い。
 体が風を切っている。

 そして、加治屋さんの手首を握りながら走っていた。
     

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9、大っ嫌い

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投稿日:2014/03/24 18:02:58

文字数:5,391文字

カテゴリ:小説

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