『出会い』
眩しい。
私は光に包まれて、一瞬何も見えなくなった。
目が馴れてくると、そこには6人の人がいた。
「はじめまして!私はミク。よろしくね!」
鮮やかな青緑色の長い髪の女の子が私に手を差し出してきた。
私は恐る恐るその手を握り返した。
暖かい手だった。
すると今度は青い髪の男性がニコニコしながら前に進み出た。
「こんにちは。僕はKAITO。こっちはがくぽ。で、こっちがめーちゃん。みんなボーカロイドの仲間達だよ、これからよろしく!」
「よろしくでござる」
「ちょっとカイト、めーちゃんじゃ本名分からないじゃないの。…はじめまして、私はMEIKO」
男性を軽くたしなめつつ進み出た茶色いショートカットに赤い服を着た女性。私はその声に思わず驚いて顔を上げた。
聞き覚えのある声。
その確信は、声に変わった。
「…貴女が、私を呼んでくれたんですね」
あの暗い場所に聞こえてきた声の主が、今、私の前にいる。
「…そう。できたじゃないの、自分の声を信じて歩くの。みんな、ずっと待っていたのよ」
優しげに微笑む彼女。
「私も…会いたかったです」
彼女を見ていたら、何故かそんな言葉が口をついて出てきた。
「それは嬉しいわ。…ともかく、きっと何もかも初めてで分からないことも多いだろうから、そんなときはこのボカロ一家最年長の私に聞いて!」
自分の胸をポンと叩く彼女。
「…はい」
「そういえば、この子達の紹介がまだだったわね。…ホラ、いい加減名乗りなさい、リンレン」
おずおずと、よく似た黄色の髪の男女二人が私を見上げていた。
いや、おずおずと、というよりは目も口も丸く開けて驚いていると言った方が正しいのか。
とにかく、言葉が上手くでてこないようだった。
特に、頭に白いリボンをした少女は何故か私の胸元をじっと見て視線を離さない。
―何故?
「………」
私がどうしようかと迷っていると、小さく少女は呟いた。
「…大きいし…」
何が、という前に大声で笑い出したのはMEIKOさん。
「妹だと思ってたのに…」
なおも呟く少女。何となく私に良い印象を持たなかったということだけは分かった。
「…何歳なの」
私の目をしっかり見つめて問う。若干、怒っているように見えるのは私だけだろうか。
「…二十歳です」
誰に聞いた訳でもないのに、またとっさに言葉が出た。
「げ」
隣にいた少年が僅かに顔をしかめた。
「ハタチ…」
二人は互いに何やら目配せした。
「…と、とにかく!」
少女の方がビシッと私を指差した。
「そ、そりゃ貴女の方が年は上かもしれないけど…っ!胸もデカいし背も高いしお姉さんだし服もかっこいいかもしれないけどっ!!」
必死に胸を張る少女。
…カワイイ。
「でも…でも、私達の方が上なんだからね!!その辺分かっておいてよね!!」
こういうのをほほえましい、というのだろうか。怒られているはずなのに何だか痛みも感じない。
「まあ要するにね、この子達は悔しいだけだから。ルカちゃんのむnガフッッ!!」
男の人が何か言おうとしてそのまま…倒れた。あまりに一瞬のことでなにが起きたのかよく分からなかった。何やら鼻血を吹き出している模様だ。
隣には、大きな瓶を片手に笑顔のままのMEIKOさん。
「……」
「気にしないで」
私の言いたいことを汲み取ったのか、彼女は早口でそう言った。
「あの…」
「このバカのことは気にしないで」
その気迫に何だかただならぬものを感じたので、言われた通り気にしないことにする。
「…じゃあ、これからどうする?」
ミクさんが皆に聞く。
「やっぱ…マスターに会うべきじゃないのか?」
ゆっくりと考えを口にしたのは少年。
「そうだよね!じゃあ行くか!」
「あの…マスターって何ですか?」
私は慌てて聞く。
早速知らない言葉だ。
「あはは!やだなぁ、マスターは人ですよー。っていっても私達みたいにボーカロイドじゃなくて生身の人間なんだけど。私達を買ってくれた、私達の一番大切な人です」
そう言ったミクさんの目は、とても優しげだった。本当に大切な人なのだろう。
「マスターの作る歌はとても素敵だから、みんな大好きなの」
皆、一同に頷いている。その辺は一致しているらしい。
「では、私も…」
「そう。ルカさんをインストールしたのもマスター」
ということは、私はその人のお陰であそこから出られたということか。
会ってみたい。
どんな人なのだろうか。
「マスター!」
少女が大声で呼びかけた。何処に、というわけでもなく、ただ、ここの外に向かって叫んだ感じだった。
「私達の『妹』が起きたよー!!」
やけに「妹」の辺りを強調したような気もするが。
「あ、ルカちゃん起きたー?」
男の人の声だった。
声は私達のいる空間全体に響いて―何故かとても幸せな気持ちになった。
これが、『マスター』なのか。
空間が明るくなる。小さな白い矢印のようなものが私達のところにとんできた。ミクさんとリン、レンと呼ばれていた二人がそれに飛び付く。
「はじめまして、ルカ。君を待っていたよ。これからよろしく。ウチに来たからにはたくさん歌ってもらうから」
私達のいる空間の外に、男の人が姿を見せる。
微笑んでいた。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
私はいっぱいに頭を下げる。
「はは、さすがハタチだね。そんなにかたくならないで、まぁ楽にやってくれればいいから。ルカが来るのに合わせて作っておいた曲とか、早速歌ってもらいたいのもあるし」
「マスター、ルカを構い過ぎて私達のコト忘れちゃダメなんだからねー!」
頬を膨らませながら少女が抗議する。
「分かってるって。みんな俺にとっちゃ大切だよ」
その言葉に少女は少し安心したのか、矢印の上にぴょこんと乗った。
「リン、重いよ」
「ふーんだ。ルカとマスターを見張るからここから離れないんだから!」
「ハイハイ。リンにロードローラーで舗装されないように注意します」
「注意してよね!」
意味はよく分からなかったが、そのやり取りがほほえましくて思わず笑ってしまった。
「あー!ルカ、笑うの?」
「…すみません。少し、おかしくて」
「何がおかしいのよー!!」
少女は私をポカポカと叩く。その拳は私の胸の辺りまでしか届かなかった。
「もーっ!!この胸!!何よ、全然悔しくなんかないんだからねー!!」
また皆が笑う。少年が呆れたような困ったような目で少女を見る。
「みんな、まずはお祝いにしない?俺、ルカの為にちょっと奮発して高いモン買って来ちゃったからさ。…全く金も無ぇのになにやってんだろな俺は」
もう、早速贔屓してるじゃん!という少女の声を軽く流し、マスターは私達が見ている大きな窓の外に何か置いた。
「ほらー。寿司だぞ寿司!ルカのその髪の色にあやかってトロ買って来ちゃったんだからな」
「ずるいよマスター!!私達の時なんかミカンとバナナだけだったじゃんか!」
「ごめんって。あの時はホント金も無くてジリ貧だったんだって!結果的にミカン好きなんだし、良かったじゃん」
「それはそーだけどぉ…」
渋々といった調子で少女が引き下がる。
「安心しろリン殿。拙者などナスだったんだからな」
「あの時はちょうど冷蔵庫にナスがあったんだよ!!がくぽの髪の色に合わせたの!!」
「ねぇみんな、そろそろ始めない?」
MEIKOさんが何本か瓶を持っていた。
「あの、それは?」
「勿論、お酒よ!!ルカ、貴女もハタチだから大丈夫。付き合いなさい」
…何となくさっきのMEIKOさんとは違うような気がする。
何が大丈夫なんだろうか。訳知り顔でニヤニヤ笑うマスターに目で疑問を投げたけれど、答えてくれなかった。
「さあ、宴会だー!!」
いつの間にか復活していた青髪の男の人が叫んだ。何か素晴らしいことの始まりを告げるような声だった。
ここは、暖かい。
私はなんて恵まれているのだろう。
『お前の声は、世界を巡る。巡り廻って、また還る。
いつまでもいつまでも、この世界に音があふれていますように。
巡音 ルカ。お前の名前には、そんな意味が込められているんだよ』
今、思い出した。
遠い記憶の彼方に眠る、私を創った人達の声。
私は此処で、歌を歌う。
いつかあの人達にも、私の歌が届けばいい。
ふと、
そんな風に思った。
トロは美味しかった。
終
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