第三章 千年樹 パート2
グミがネルの元に到達したのは日付も変わる頃であった。ミルドガルド大陸でも南部に位置する緑の国は比較的温暖な気候で知られているが、今日に限っては妙に肌寒い風が馬を駆けさせるグミの身体を吹きさらしている。周囲に視覚として確認できる姿は天空の星空と、近くを走る先導の兵士の姿だけ。一寸先も見通せないような深い新月の闇の中で、人が持つ暗闇に対する根本的な恐怖を僅かに感じていたグミは、煌々と焚かれている篝火を見つけて安堵の溜息を漏らした。そして、篝火に向かって馬のスピードを僅かに上げる。先導する兵士に導かれて、グミが野営陣地に到達すると、待ちかねたという様子でネルが仮宿舎として設置したテント群の一つから飛び出してきた。
「グミ殿、夜分申し訳ない。」
ネルはグミの姿を確認すると、僅かに唇の端を噛みしめながらそう言った。
「構いません。それより、ミク女王が行方不明とか。」
篝火に照らされて赤く反射するネルの金髪を眺めながら、グミはそう訊ねた。松明の油が焼ける、香ばしい香りがグミの鼻に付く。
「面目ないわ。私のミスよ。」
「一体、何が起こったのです。」
「分からない。私が一瞬目を離した瞬間にミク女王の姿が忽然と消えてしまったの。まるで魔術をかけられたかのように。」
「誰か不審な人物を目撃されましたか?」
「見ていないわ。」
「ミク女王が消えた場所はどこです?」
「あの森よ。」
ネルはそう言って右手を指さした。その方向は暗闇の為に見通すことはできなかったが、その指先の上空には北極星が見える。北の方角に何かあったかしら、とグミは考えながら少しの間思案し、そしてこう答えた。
「とにかく、この暗闇ではミク女王の捜索は困難でしょう。今日は休み、明日の日の出から捜索を再開すべきです。」
「そうだけど・・。」
そう言ったネルの瞳が恐怖に瞬く。ミク女王に万が一のことが発生することを恐れているのだ。
「ネル殿のお気持ちは分かりますが、これ以上兵士を酷使しても得られる成果は少ないでしょう。それよりも、兵士を今の内に休ませるべきです。」
グミの提案に対して、ネルは暫くの間思索し、そして分かった、とグミに向かって告げた。
夜も深まり、人の姿も見えない村の一番奥に、ハクの自宅はあった。静かな闇の帳の中で、虫の音だけが心地よく響く。他の村民の家と変わらない木造平屋建ての家の一つに立ち止ったハクは、そこで扉を解錠し、右足だけを自宅の中に踏み入れた。その態勢のまま、ミクに向かって振り返り、ハクはこう告げた。
「入って。」
「馬はどうしたらいい?」
「近くの木に繋いでくれればいいわ。」
「そう。」
ミクはそう言うと、ハクの自宅の傍に立つ手ごろな木に馬を繋ぎとめた。その様子を、扉を片手で押えたままのハクが見つめている。愛馬が心配しないようにもう一度だけ愛馬の鼻面を撫でたミクはハクに目配せをして、そのまま自宅へと上がりこむことにした。ハクが暗い家にランタンの明かりをつける。そのランタンの光で僅かに明るくなったハクの家に入ると、ヒノキの良い香りがミクの鼻孔を心地よく撫でた。その香りを堪能しながら、ミクはハクの自宅を観察する。通された部屋はリビングのようだった。樫の木で作られているらしい木造の机が一つ。その上に飾られているものは花瓶。
「ハルジオンね。」
ミクはその花瓶に飾られている、白で縁取られた黄色の花を見ながらそう言った。
「そうよ。」
お茶でも用意するつもりなのだろう。奥の部屋へと歩きだそうとしていたハクはそう言いながら歩みを止め、ミクを振り返った。
「千年樹のふもとにも咲いていたわ。ハルジオン、好きなの?」
「ええ。あたしと同じ、白色の花弁を持っているから。」
「綺麗な白ね。」
ミクはハルジオンを眺めながらそう言った。その様子を見て、僅かに視線を下げたハクは数秒の沈黙の後、こう言った。
「・・今お茶を入れるわ。お座りになって。」
ミクから視線を逸らせたハクは何かを振り切るようにそう告げると、奥の部屋へと歩いていった。一人残されたミクはハクが最後に残した言葉に妙な引っかかりを感じながらも、素直に椅子に座らせてもらうことにした。今日は色々なことがありすぎた。おかげで身体が随分と疲労している。贅沢を言うならお湯を浴びたいところではあったが、王宮でも無い一般住宅に風呂と言う設備があるはずもない。屋根のあるところで休めるだけでも幸せね、とミクは思いながら机と同じように樫の木で作られている椅子を机から引き出すと、ゆったりと腰を落とした。そして、背もたれに身体を預ける。その行為だけで睡眠欲に負けそうになったが、お茶を入れてくれるというハクの行為を無駄にする訳にもいかない、と思い、ミクは少しだけ掌をつねった。痛みが眠気を僅かに逸らしてくれる。重たい頭が多少は覚醒したことを自覚したミクは、目の前に置かれているハルジオンの花瓶をもう一度眺めた。最近摘んで来たものだろう。まだ生気を十分に残しているハルジオンの様子を眺めていると、薄暗いリビングの奥から湯気の立つお茶を持ったハクが現れた。
「どうぞ。」
ハクがそう言って、ティーカップの一つをミクの目の前に置いた。そしてもう一つをミクとは対面する席に置き、その席にハク自身が腰かける。
「いただきます。」
ハクが着席をしてから、ミクはそのお茶を手にとって一口含んだ。紅茶かと思ったが違う。ミクが初めて味わう、香ばしいお茶だった。
「熊笹茶。疲労回復に良いと言われているわ。」
「ありがとう。」
ミクはそう言って、もう一口を口に含んだ。春だと思って油断していたが、夜の森林を歩いている内に気づかぬ間に身体が冷えていたのだろう。温かい液体が体内に取り込まれ、冷えていた神経がほぐれていくような感覚をミクは味わった。
「お口に召したかしら?」
不安そうな声で、ハクがそう訊ねる。
「おいしいわ。ありがとう、ハク。」
ミクが笑顔でそう言うと、ハクは恥ずかしそうに顔を下に背けた。人見知りをするタイプなのかしら、と思いながらミクは言葉を続けた。熊笹茶の効果だろうか。いつの間にかミクの体内にある眠気が薄くなっている。
「さっき村の入り口で言っていた、迷いの森について教えて。」
ミクがそう訊ねると、ハクは少しだけ言葉を選ぶように視線を彷徨わせてから、こう言った。
「ビレッジと外の世界の間に広がる森のこと。魔術的効果があると言われているわ。正しい道をたどらないと永遠にビレッジにはたどり着けないの。」
「なら、私は運が良かったのかしら。」
「良かったのかは・・分からないけれど。普通なら、数時間も迷えば外の世界に戻れるはずだから。」
「そうなの?」
「そうよ。迷いの森の奥へ奥へと進んで行っても、いずれは元の森の入口へと戻るはずなのに。」
「そう。」
それならば一緒に森に入ったネルは無事に外の世界に戻っているということになる。ひとまず安心ね、とミクは考えた。だが、それでも疑問は残る。どうして、私だけが千年樹に辿り着いたのだろうか。ずっとネルとは同行していたのに。
「眠くなった?」
考えを纏めようとして沈黙したミクに向かって、ハクはそう訊ねた。その声を聞いて、ミクはハクの瞳を見ながら僅かに目元を緩めると、こう言った。
「そうするわ。今日はいろいろあって疲れたみたいだから。」
一人になって考えた方がいい。ミクはそう判断したのである。
こんなに朝が待ち遠しいことは無かったわね。
テントに差し込んだ、赤く色付く朝日に網膜を焼かれて薄い眠りから目覚めたグミはその様なことを考えながら起き上った。兵士を休ませろとネルに進言したはいいが、当のグミ自身が神経をすり減らしているようでは意味が無い。しかし、緊迫感に包まれている為か眠気も疲労も今のグミには無縁の出来事であるようだった。そのまま手早く身支度をして、テントを出る。既にネルも甲冑に身を包み、準備を終えていた。
「簡単だけど朝食を用意したわ。それを食べ終え次第出発しよう。」
グミの姿を見たネルはそう言った。一晩休んでいつもの落ち着きを取り戻したのか、昨日よりも冷静な声をしている。
「そう致します。」
グミはそう言うと、兵士達に交じってパンとスープだけの簡単な朝食を済ませた。眠気覚ましにと特別に配られている苦いだけのコーヒーを飲みきると、グミはネルに向かってこう言った。
「では出立しましょう。兵士は今何名いるのですか?」
「現在は百名ね。今日の昼には増援が一千名来る予定になっているわ。」
「では半分をここに残し、残りの五十名と共にミク女王が失踪した森へ向かいましょう。」
「半分でいいの?」
「余り大人数では動きにくいでしょう。五十名で十分です。」
グミはそう言いながら、愛馬に跨った。また働かせる気か、と言わんばかりに愛馬が僅かに不機嫌に鼻を鳴らす。その首筋を優しく撫でながら、グミは全員が騎乗したことを確認した。その兵士達に向かって、ネルが進発の令を発する。
「全軍出発!残りの五十名は指示があるまでここで待機せよ!」
ハルジオン⑧ 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「良かったあ!第八弾が今日中に間に合ったよ!」
満「無理かと思ったけどな。ハ○ヒに染まって帰って来ないかと思ったよ。」
みのり「流石ボカロ廃。」
満「余り褒めてはいないよな。」
みのり「え・・うん。」
満「で、今回も『白ノ娘』の序盤な訳だ。長くないか?」
みのり「長いよね。まだ序盤すら終わっていないし。」
満「一体どれだけ書く気なんだ。」
みのり「さあ?」
満「で、次回の投稿は未定か?」
みのり「今日は後二時間くらいあるわ。」
満「あいつ、相当眠そうだったけど大丈夫か?」
みのり「仕事より小説書いている時の方が集中するらしいから、大丈夫じゃない?」
満「その集中力を営業に生かせばすぐにトップセールスになるだろうに・・。」
みのり「それレイジさんも言ってた。」
満「駄目な大人の典型だな。」
みのり「そうだね。」
満「結局次回投稿は?」
みのり「書ければ今日中もう一本。書けなければ、早ければ来週日曜日。無理なら再来週かしら。」
満「適当だな。」
みのり「レイジさんはいつも適当だよ。」
満「それから、俺達はいつまでナビゲートするんだ?」
みのり「・・レイジさんが飽きるまで。」
満「適当だな、おい。」
みのり「だから適当なんだって。」
満「まあいい。取り合えずこんな作者ですが一応俺達の生みの親です。気長に付き合って下さい。」
みのり「あ、満が親だと認めた。」
満「・・別に認めていない。」
みのり「満ってツンデレ?とにかく次回までお待ちくださいませ☆」
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