第三章 東京 パート9

 東京は今日もご機嫌斜めみたいだな。
 寺本はそう考えながら、額に溢れ出した汗を無造作に右腕で拭い去った。今日の最高気温など知らないが、体中の水分という水分が蒸発してしまいそうな感覚があるから相当の気温なのだろう。冬が恋しいなと心にも無いことを考えながら寺本は愛用のスマートフォンを胸ポケットから取り出すと、その発信ボタンをタップした。相手は札幌の住人である鏡である。明日の午前中の便で北海道に向かうのはいい。その後どうすればいいのか。その打ち合わせが必要だと考えたのである。
 「どうしました?」
 暫くのコール音の後に、鏡の丁寧な声が寺本の脳裏に響いた。妙なノイズが鏡の声とともに響く。この音はエンジン音か。車にでも乗っているのだろうか。
 「明日の午前中の便で札幌に行く。リンとリーンを連れて、だ。」
 「ありがとうございます。」
 鏡は相変わらずといった様子で、丁寧な口調を崩さぬままそう言った。
 「どこに連れて行けばいい?」
 寺本が再び口を開くと、鏡は少し考えるように少し間を置いてから、そしてこう答えた。
 「大通公園に。駅前通りとの交差点で。」
 「分かった。二時過ぎには着けるはずだ。」
 妙な場所を指定するな、と寺本は考えた。だが、鏡が望むならその場所で構わない。きっとそれにも意味があるのだから。そう考えていると、鏡が再び口を開いた。
 「いい時間帯ですね。」
 いい時間とはどのような意味なのだろうか。寺本は訝しくそう考えたが、余計なことを聞いても鏡は答えないだろう。何しろこいつとはもう数年の付き合いになる。大体鏡の反応は分かっているし、と考えながら寺本はこう答えた。
 「では、明日。」
 「よろしくお願いします。」
 その言葉を最後に途切れた通話を寺本はぼんやりと反芻した。大通公園の交差点。真冬の札幌、雪祭りの日にみのりから想いを告げられたのはあの交差点だったと考えてから、みのりに明日戻ることを伝えていなかったことを思い出し、寺本はスマートフォンの機能をメールに切り替えると、手短に明日戻る旨のメールをみのりに向かって打ち込み始めた。
 「おはよう、寺本君。」
 少し声の高い、緊張したような可憐な声が寺本にかけられたのは、みのりへのメールが送信完了されたことがスマートフォンに示された直後のことであった。その声に反応して寺本は振り返る。リンとリーンであった。リンは流石農業服を着ることを嫌がったのか、まるでお嬢様のような清楚な格好に身を包んでいる。リーンは相変わらず昨日の服のままなのか、と寺本はなんとなく考えながら、こう答えた。
 「おはよう。昨日はよく眠れた?」
 「ええ、おかげさまで。」
 リーンがそう答えた。なんとなく、変だな、と寺本が考えたのはそのときである。一体リーンは何に緊張しているのだろうか。軽く頬が赤い気がするのは気のせいなのだろうか。
 「とりあえず、部室に来るか?」
 「そうするわ。暑くてしかたないもの。」
 強い調子でそう告げたのはリンである。服装が変化しても元女王としての威厳は失わないものなのかも知れない。寺本はそう考えながら二人を先導して地下練習室への階段を下っていくことにした。そのタイミングで鳴り響いたメール着信音はきっとみのりからだろう。
 『新千歳空港まで迎えにいくわ。』
 そう記載されたみのりのメールを安堵するように眺めてから、寺本はゆったりと練習室へ向けて歩き出した。

 上手くひっかかったのかしら。
 寺本の後ろを同じようにゆったりと歩きながら、リーンはいぶかしむような表情で寺本の背中を眺めた。知的で鋭利な性格を想像させる寺本はどうも感情が読みきれないところがある。寺本が思ったような反応を示さなかったことになんとなく拍子抜けしながら、リーンは僅かな吐息を漏らした。それ以上に、リンの演技が下手すぎる。そりゃ演技なんてする様な身分では無かっただろうけど、あれほどまでに恥ずかしがっていたら藤田であっても勘付くのではないだろうか、と考えたのである。リーンがそのように考えていると、寺本が思い出したかのように口を開いた。
 「鏡と連絡が取れた。」
 「レンと?」
 あちゃ、とリーンは考えた。リンが寺本の言葉に対して大げさな反応を見せたからだ。鏡という言葉は今のリンにとっては希望以外の何ものでもない。反応を示すのは当然といえたが、そこまで反応されると寺本なら流石に悪戯に気づくだろう、とリーンが考えていると、案の定寺本が呆れたような口調でこう答えた。
 「服を入れ替えたのか。」
 その言葉にリンははっとしたように息を呑んだ。直後に恥ずかしそうに視線を下に落とす。ただでさえ恥ずかしいホットパンツと派手目のTシャツを着用しているというのに、悪戯がばれたという羞恥心が重なって言葉に詰まったのである。リンのその様子を見たリーンは却って開き直った様子でこう言った。
 「ちょっと悪戯しようと思って。絶対ばれないと思ったのに。」
 リーンがそういうと、寺本は楽しげに瞳を細めると、続けてこう言った。
 「藤田あたりならころっと騙されそうだけど。」
 その言葉にリーンはくすりとした笑みを見せた。
 「あたしもそう考えていたわ。」
 その言葉に、言葉を詰まらせていたリンも微笑みを見せる。藤田の困惑した表情を思い浮かべたのかもしれない。直後に、こう言った。
 「なんだか、楽しくなってきたわ。」
 「なら、俺は黙って様子を見ている。」
 リンの言葉に寺本はそう言った。どうやら、寺本も悪戯に協力してくれるらしい。
 「楽しみになってきたわ。」
 リーンはそこで年頃の少女らしい素直な笑顔を見せた。
 「藤田はもう来ているから、お好きにどうぞ。」
 わざとらしくそう言った寺本は、いつしか到達していた音楽練習室の扉を丁寧に開いた。リンとリーンは目配せすると、リーンから練習室に踏み込む。直後に、こう言った。
 「藤田!遊びに来てやったわよ!」
 「リン、落ち着いて。」
 リンがリーンに向かってそう言った。寺本との会話で何か吹っ切れたのだろう、先ほどよりも硬さの取れた、自然な声が背中からかけられる。うん、完璧、とリーンは考えながら藤田の姿を睨み付ける。その藤田は慌てた様子でこう答えた。
 「お前たち、そんなに暇なのか?」
 「明日ようやくレンに逢えるから。もしかしたら、今日でお別れかも知れないし。」
 続けてリンがそう言った。その言葉に、リーンは頬を上気させながらこう答える。
 「藤田のおかげよ。本当に感謝しているわ。」
 そう言いながら、リーンは心から嬉しそうな笑顔を藤田に向けて見せた。その笑顔に藤田は戸惑った様子を見せながら、こう答える。
 「双子の兄貴なんだろ?良かったな、リン。」
 かかった。
 リーンは藤田の言葉に漏れかけた言葉を飲み込むようにわざと軽い吐息を漏らすと、続けてこう言った。
 「ええ。やっと逢える・・。」
 「未来から来た甲斐があったわ。」
 続けて、リンがそう言った。演技も完璧。リーンはそう考えながら藤田の表情を眺めた。瞳の端に、呆れた様子でやり取りを眺める沼田と鈴木の表情が映る。
 「リーンもお疲れ様。でも、この後はどうするんだ?元の世界に戻れるのか?」
 「分からない。」
 リーンはそこで僅かに視線を落としながらそう答えた。おそらく、という概念でしかないが、リンのいた19世紀のミルドガルドには何らかの方法で戻れるのだろう。そうしなければ歴史が実証されないことになる。だけど、あたしは?あたしは元いた世界に戻れるのだろうか。再びハクリと一緒に過ごすことが出来るのだろうか。リーンがそう考えていると、藤田が励ますようにこう言った。
 「ま、この世界も悪くはないさ。もし戻れなければ、日本で暮らせばいい。住む場所なんて、どうにでもなる。」
 その言葉に、リーンはくすりと含んだような笑顔を見せた。そして、こう答える。
 「その時はもう暫く玲奈の家にお世話になることになりそうね。」
 「そうしたらまたここに遊びに来いよ。リーンも一緒にさ。」
 藤田はそう言いながらリンに向けて視線を送った。
 「リンと一緒なら、楽しくなりそうね。それに、レンもいるし。」
 リンのその言葉に、リーンは小さく頷くと、こう答えた。
 「レンと暮らせるなら、どこに住んでもいいわ。」
 「兄妹で恋愛とか、やめてくれよ?」
 直後に藤田がたしなめるようにそう言った。その言葉にリンは恥ずかしそうに下を俯いた。もしかして、リン、あなた本気でレンのことが好きなの?そう考えて流石のリーンも僅かな戸惑いを見せる。それを隠そうとしてふてくされたように表情を歪めると、藤田は冗談に怒ったと勘違いしたらしい。両手を振りながら、誤解を解くように慌てた様子でこう答えた。
 「冗談、冗談。そんなに怒るなよ、リン!」
 「馬鹿。」
 ふてくされた表情のままで、リーンはそう答えた。そろそろ、いい頃合か。リーンはそう考えて、僅かに視線を寺本に送る。リンとリーンの後ろでポーカーフェイスのままで藤田とのやり取りを眺めていた寺本はそこで楽しげに眉を潜めると、軽く馬鹿にするような口調で藤田に向かってこう言った。
 「お前、本当に鈍感だよな。」
 「はい?」
 寺本の口調で瞳を丸くした藤田に向かって、寺本がさらに追い討ちをかけるようにこう言った。
 「リンとリーンの区別もつかないのか。」
 その言葉に、藤田は数回瞬きをして、リンとリーンの表情を見比べた。戸惑ったような間抜け面を見せた藤田の様子を見てリーンはとうとう堪え切れなくなり、思わず噴き出すと、溢れ出す笑い声に押されるようにこう言った。
 「あははは!すごい引っかかったね!あのね、あたしとリン、服を交換したのよ。」
 その言葉に藤田はもう一度瞬きをして、ようやく気付いた様子でこう答えた。
 「騙された!」
 「それも見事に、ね。」
 リーンはまだ漏れてくる笑いをこらえながら、そう言った。隣ではリンも声を上げて笑っている。
 「なかなか傑作だったぞ。お前の間抜け面。」
 珍しく寺本も含み笑いを見せながらそう言った。寺本のその言葉に藤田は憮然とした表情を見せて何か不満の言葉を言いかけたが、その言葉よりも前にリンがこう言った。
 「ごめんね、藤田。でも楽しかった。」
 リンの満面の笑顔を見て、藤田は照れた様子を見せながら指先で頬を掻くと、少し恥ずかしそうな口調でこう言った。
 「まあ、いいけど。楽しかったなら。」
 その言葉を耳にして、なるほど玲奈は藤田のこういうところが好きなのだろうか、とリーンはなんとなく考えた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South_North_Story 49

みのり「第四十九弾です!」
満「藤田傑作。」
藤田「てめぇ!騙しやがって!」
みのり「なんであんたがここにいるのよ!」
藤田「本編で文句言えなかったからここに来た。」
みのり「大体、なんであんたそんなに目立ってるのよ!」
藤田「みのりさんだって本編出演されたじゃないですか。」
みのり「メールだけって何よぉお!」
満「まぁ、もうすぐ出番だし。」
みのり「出番来た直後に作品終了しますけど。。。。」
満「・・うむ。」
みのり「差別されてるわ!」
藤田「俺の時代ktkr」
みのり「あんたは黙ってなさい!では、そろそろあたしの出番のはず・・です!次回もお楽しみに!」

閲覧数:232

投稿日:2010/11/21 18:07:29

文字数:4,397文字

カテゴリ:小説

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    リアルタイムから半周(年?)遅れでじわじわ読み進めております^^
    今回の書き出しが好きです。てらもっさんらしい。「東京は今日もご機嫌斜めみたいだな」。
    目を細めて、ちょっと斜に構えて。憂鬱な朝などに使わせていただきます。「埼玉は今日もご機嫌斜めみたいだな!」
    それにしても、超展開に驚きました。日本の彼らが絡もうとは……こういう時空と世界を飛び越えて物語を構築できるところは、レイジさんのオリジナル展開の強みで、うらやましいです。

    2011/05/06 17:18:14

    • レイジ

      レイジ

      コメントありがとう☆
      そろそろ暑くなってきたので是非使ってみてください!「東京は今日もご機嫌斜めみたいだな。」なんて♪
      ってか今埼玉にいらっしゃるんですね^^

      元々Re:presentはSNSの伏線の為に書いた作品なので、お褒め頂いて嬉しいです☆
      ではでは、続きも宜しくお願いしますね!

      2011/05/06 19:55:22

  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんばんは、レイジさん!
    更新お疲れさまです。
    今回の話も面白かったです。
    リンとリーンの入れ替わりで、藤田君が騙されてたのが笑えました。
    明日から一週間のテストがリラックスしてできそうです^^
    それと小説の更新も。
    最近は絵を更新しようかなとひそかに考えてます。絵がうまくなるようにですけど。
    すこし、話ずれましたυ
    では、レイジさん。次の更新も頑張ってくださいね。
    あと、一週間頑張っていきましょう。それでは~

    2010/11/21 20:17:08

    • レイジ

      レイジ

      こんばんわ♪

      早速コメントありがとうございます☆
      物語も実は佳境に入りつつあるのですが、今後ともよろしくお願いします☆
      テストがんばってください!
      もうそんな時期なんですねぇ・・^^;

      ソウハさんも執筆にイラストにがんばってください!
      楽しみにしてます♪

      ではでは次回もよろしくお願いします!

      2010/11/21 20:44:14

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