…それは何処にでもありふれた悲劇だった。
≫≫
ある真夏の朝のこと。
「ペンギン…ですか」
蒸し暑い更衣室に中古の扇風機だけでは足りず、半袖シャツの裾から団扇で風を送り込んでいる。それでも青マフラーを外さないのは、これは軽くブランケット症候群でも入っているのではないかと、周囲は本気で心配しているのだが彼は一向に気にしない。
園長を名乗る男から手渡されたペンギンの頭部を撫でたり覗き込んだり、その表情は明らかに乗り気でないが、その間にも園長はいそいそと若干色褪せた胴体部分を引っ張り出してくる。その丸々と太ったフォルムを見て、彼は更に顔をしかめた。
「ぼくは、“何とか戦隊何とかだー”のブルー役だって聞いてきたんだけど」
「それがね、レッド役とグリーン役とイエロー役とピンク役が見付からなくてね…」
要するに、ブルー以外全滅なわけですね。
だからと言って、風船配りのペンギン役を斡旋されるというのも何だか理不尽というもの。彼は断固抗議態勢に入る。
「厭だ」
「給料は弾むから」
「厭だ」
「余った風船は持って帰っていいから」
「厭だ」
「アイス買ってあげるから」
「わかった」
…じつに物分りがよろしいようで。
そういうわけで、真夏の炎天下に着ぐるみ姿を晒すことになった。それが悲劇の第一幕。
≫≫
「見てー、ペンギンが歩いてる」
「きっと、チキュウオンダンカでお家がなくなっちゃったんだ」
「「かわいそーだね」」
環境難民ですか、とはペンギン内部の呟き。
廃園間近の遊園地へとやって来た物好きは、金髪の双子ちゃんとその保護者(らしき女性)、お一組様のみ。大量に余っても別に嬉しくも何ともないので、両手に持った風船を全部押し付けたら、思いのほか好盛況で彼の方が恐縮した。
「わーい、知らないペンギンが風船くれた」
「でも、風船無くなっちゃったら飛べなくなっちゃうよね」
「どうして?」
「だってペンギンって、鳥のくせに自分じゃ飛べないんだよ」
知らなかったの?リン。お姉ちゃんのくせに。と、弟らしき方が勝ち誇っている。
そして、
「「かわいそーだね」」
やっぱり結論はそうなるんですね。
「良かったじゃない。でも、ちゃんとお礼は言ったの?」
はしゃぐ双子に釘を刺すのは茶髪の女性。やはり保護者なのだろう。二児の母にしては若い気もするが、決して不可能な年齢ではない。
ペンギンの、半開きのくちばしから覗いて見ても、綺麗なヒトだ。赤いタンクトップに勝気な目元がよく映える。勝気と言えば、彼の元カノも相当勝気だったが、あれでも自分の子供が出来れば少しは丸くなったりするのだろうか。
「ほら、ペンギンさんにアリガトウって言…」
「ジェットコースターがいい!!」
「ヤダ、メリーゴーランドが先!!」
賑やかに走り去っていく双子に、彼女はやれやれと溜息を吐いた。
「まったく、元気ねぇ、あの子たちは…」
「ですねー」
彼女がはっと振り返って、彼は慌てて口(というかくちばし)を両手で押さえたが時既に遅し。思わず彼女から目を逸らして、ペンギンの頭の中には文字通り懺悔の呟きが。嗚呼、神様、ごめんなさい。着ぐるみ界、絶対のタブーを破ってしまって、こんなぼくは着ぐるみ失格で…
「もしかして…カイトなの?」
ぐすん…そうですけど、何か?
半分涙目で彼女を見て、今度こそ、彼は思いっきり叫んだ。
「め、めめめめーちゃん!?」
まさかの元カノ(子連れ)と再会。悲劇は第二幕へと突入。
≫≫
「い、いつの間に子供を!?というか、あれ、誰との子!?」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、カイト」
「落ち着けるわけないじゃん。知らない内に子供、しかも双子だなんて…」
「だから、あの子たちは…」
「ひどいよ。ぼくだって未だ、一度も手ぇ出したことないのにぃ」
ぷちん。
「未だ、誰にも手出しされてない!!」
ペンギン頭部に彼女の右拳がクリティカル・ヒットを叩き込み、ぶっ飛んだ生首がごろん、と地面に転がる。
「あの子たちは隣の子なの。私はその子守りを頼まれただけ!!」
「そう…ならいいんだ……あは、あははははは…」
鼻血が顎まで伝って、ああ、自慢の青マフラーが…
しかし彼女は気にしない。
「ほんっと、相変わらずなんだから。そんなだから、私にフラれるのよ」
私、もっと強い男が好きなのよねー。と真っ向から駄目出しを食らい、真面目に落ち込む人面ペンギン。男だって、泣きたいときはあるんです。たとえば今とか。
「うっ…ぐ…ぐすん……」
「もう…ほら、また、すぐ泣く」
口では厳しいことは言いながら、それでもさり気なくハンカチを差し出してくれたりするから余計に自分が情けない。
「…めーちゃん、ぼくのこと、キライ?」
「そんなこと、聞く?」
「…やっぱりキライなんだ」
ぼくは、もう、立ち直れないいぃぃ、と、自分で聞いといて…な嘆きようである。
「キライじゃないわよ。…ただ、タイミングが悪かったの、私たちはね」
「たいみんぐ…?」
不意に彼女が真顔になって、彼は首を傾げた。一年前、別れを切り出されたときも確か、同じようなことを言っていたような…
遠くで、双子が彼女を呼んでいる。身長の関係で、保護者の同伴無しではジェットコースターに乗せてもらえないのだろう。
「それじゃあ、私、行くから」
「あ、ちょ、めーちゃん。ハンカチ…」
ぐっしょり湿ったハンカチを返し損ねて、足早に遠ざかっていく彼女の後姿に手を伸ばす。
「めーちゃん…」
握り締めたハンカチが、かつて彼が彼女に貸したものだとは気付かない。悲劇の第三幕、話は十数年前へと遡る…
【アイ・キャン・フライ・フォー・ユー 前編】
実家に帰ったついでに古いパソコンを漁っていたら出てきた(汗
て、いつのだろう、これ…(汗々
当時の私の思考など覚えているはずもなく、
「あれ?この後…何だったっけ?」←
という有様。
…思い出せる気がしない。
取り敢えずの犯行ですいません。
※誤字訂正しました。
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