朝のミーティングの時間になっても、胸の中の「何か」は消えなかった。
深夜に行った任務、そして戦闘による疲労か?
いや、そんな単純なものではない。
俺は苛立っている。
そして、これまでに無い焦りを感じている。これが胸の中に留まって消えない。
俺と同じ状態の人間は、隣にいる、気野。
いや、それともう一人、今目の前で皆に向かって話している、神田少佐もだ。
俺達がこの状態に陥ったのは、今朝のデブリーフィングの後、少佐にある質問をしていた気野を見つけてしまったからだ。
気野は、俺よりあることに気づいていた。
それに気づいたのは、あの戦闘が終わった直後らしい。
それのことについて、気野は少佐に、可能であれば司令に質問をするつもりだったのだ。
デブリーフィングが終わった後、人気の少ない廊下で話し合う二人の姿を見てしまった。会話も全て覚えている。
気野は、問い詰めるように少佐に質問を投げかけていた。たった一つの質問を。
気野の質問に少佐は、「不明だ」「機密事項だ」を繰り返し、二人の会話の雲行きの怪しさは目に見えていた。
ある程度質問し、少佐の口から答えが出ることは無いとないと知った気野は、諦めて通路の奥に消えていった。
薄暗い廊下に取り残された少佐の顔が頭から離れない。
気野の質問に答えられなかったのは、単なる情報不足や機密保持のためじゃない。
その真相は、気野の質問を聞けば、誰しもが分かることだった。
「・・・・・・それで、どうですか?そちらの状況は。」
「あーもう待ち遠しくてしょうがないですよ。獲物を目前にしてお預けなんて、体がウズウズするじゃないですか。」
「あと一時間ですよ。我慢しなさい。」
「一時間経てば、思いっきりやっちゃってもいーんですね?」
「存分におやりなさい。ストラトスフィアの指揮は全ての貴方の手中です。ゲノムパイロット、量産型アンドロイドも、全て貴方のものですよ。」
「じゃあ、あの可愛いオペレーターのコも僕の物ですか?!」
「ふふふ・・・・・・好きにやってください。貴方の活躍はしっかりと見届けておきますからね。」
「これが終わったら、僕はどうするんですか?」
「貴方にいい椅子が用意してあるんですよ。」
「ありがとうございます!ヤル気が出るってモンです。」
「ああ、それと、任務が終わったら、また私のところに来なさい。」
「もしかして、お泊りですか?」
「そうですよ。いやーまた君と夜を過ごしてみたいですね。」
「ぜひぜひ!今度は僕が攻めになりましょうか?」
「私の専門をとらないでくださいよ。」
「そうでしたねアッハハハハハハハ!!!!」
「けど、たまには受けもよいかも知れませんね。フフフフ・・・・・・!!」
「司令。世刻司令。神田少佐であります。失礼いたします。」
「何もこんなときに・・・・・・待ちなさい。」
「どうしました?」
「お客です。また電話を入れますよ。」
「分かりました。」
ノックはした・・・・・・だか、まだ入れない。
待てといわれたからは待つ。
「入りなさい。」
司令の声が帰ってくる。ドアノブにゆっくり手を伸ばす。
何故かいつもよりこの瞬間が待ち遠しかった。
「失礼します。」
「この時間帯なら、私のところには来ない筈ですが。」
椅子に深く腰掛けた、威厳のある態度、姿勢。
その言葉は、冷たく、鋭く感じられた。
俺が何を言いたいか、悟られている可能性もある。
いや、そんなことは問題ではない。
今は一刻も早く、司令から俺が求めている答えを導き出すだけだ。
「司令。」
俺は一呼吸置く。
「もう限界です。彼らに感づかれ始めています。計画が進む段階で想定していたことですが、これ以上はもう困難です。今朝の任務ですが、例のレーダージャマーの発信源がソード隊の気野皇司中尉が位置を特定した模様です。発信源はストラトスフィア。わざと彼らを窮地に追いやり、戦闘を行わせ、それの戦闘データを収集した・・・・・・これは自分も存じませんでした。こんな計画が隊員たちに露出すれば、混乱を導くのでは・・・・・・。」
「それで私にどうしろというのです。」
司令は最初の姿勢から微動だにせず、俺の思考を探るような視線を向けている。
「彼らに、この計画の全てをソード隊にだけでも報告する許可をいただきたいのです。私が順を追って、丁寧に説明します。」
この言葉が、俺に残された唯一の武器だった。
これで答えを導き出せれなければ、俺は・・・・・・。
「少佐、一つ言い忘れていましたが。」
少佐から送られていた、思考を探るような視線が消えた。
何気に語るかのように、緊張感の無い声。
「データの収集など、とっくに終了しています。」
どういうことだ?では、今朝のあの戦闘は、いったい何の意味があったというのだ?
「では、今朝の戦闘は・・・。」
「FA-2、いえミクオ君の独断で行ったものです。」
「え、あ・・・・・・!」
俺は混乱した。司令の言葉に対する己の意見が、喉で詰まる。複数あるため、一度では言えない。
「ミクオ君に、ストラトスフィアの全指揮を任せました。あれは彼が独断で行ったのです。ちょっとした悪戯ですよ。」
意味が良く分からなかった。何とか次の言葉を聞きだそうと、喉に詰まった意見を整理し、一つづつ口に出した。
「どうして、彼に指揮を任せたのですか。」
「彼に次なる任務があるからですよ。」
「次なる任務・・・・・・ですか。それはどういったものでしょうか。」
「今回の計画で、興国に敵を演じてもらいましたが、あの国は計画のことなど知らず、まだ日本を敵視しています。しかし、計画が終わった以上、これ以上この前のように攻めてきてもらっても迷惑なだけです。しかも向こうには厄介なことに日本のTMD(戦域ミサイル防衛)で対処できないステルス核弾等を所持しています。そこで、あの国にはもう消えてもらうことになりました。これで、全て丸く収まります。」
俺は体から血の気が引いていくのを感じた。
「ま、まさか・・・・・・。」
俺は痙攣する顎で僅かな言葉を喉からひねり出した。
それに対し、司令はさらりと返答した。
「そうです。ミクオ君率いるストラトスフィア、ゲノムパイロット、量産アンドロイドを使い、興国の全軍事力を排除します。これで、日本も平和になることでしょう。」
そんな・・・・・・・・・・・・馬鹿な!!!
昨日から今朝にかけての深夜の任務で、俺は自室のベッドに横になることを余儀なくされていた。
いくら強化人間でも、身体のコンディションは万全にしておくに限る。
だが、俺は眠れなかった。
向かいで大鼾をかいている麻田がこの時ばかりは羨ましい。
すると、誰かが廊下から走ってくる音が聞こえてきた。
そのフライトブーツが刻む音に、焦りを感じた気がした。
その音は俺の部屋の前で止まり、次の瞬間、
「隊長!麻田!来てくれ!!」
気野だ。なぜこれほど焦っている?俺はこんな気野は見たことがなかった。
「・・・・・・なんだよ気野。どこ行くんだ。」
麻田が不機嫌そうに目覚める。
「リフレッシュコーナーが一番近い・・・・・・早く来てくれ!」
「分かった。」
俺は飛び起きると気野の後を走っていった。
リフレッシュコーナーには、他の隊員達が群れを成していた。
彼らの視線は、天井に丁度よい角度で固定された薄型テレビに集中していた。
「これは・・・・・・!」
テレビのアナウンサーの後ろに表示された文字を見て、俺は戦慄した。
「たった、数分前、興国ハズア州にある興国最大の軍事航空基地が、謎の武装勢力によって、八分程度にして壊滅状態に追いやられたという情報が入りました。武装勢力の詳細は不明ですが、飛行能力を持った無数の戦闘用アンドロイドや、驚異的な機動を持った戦闘機などが目撃されていますが、現地の悪天候のため、詳細な情報は得られていません。真相はは取材班を現地派遣することで調査していく予定です。」
ここでニュース番組は別の事件を挙げた。
皆は、動揺し、ざわめきながら顔を見合わせている。
だが、その場において、俺と気野は、ただ、表情のみで語るしかなかった。
そのとき、人混みから距離を置いている人影に気がついた。
神田少佐だ。
俺も気野も、もう何も少佐に問い詰めようとは思わなかった。
その少佐の表情を見れば、それがいかに無意味な行為かということがわかってしまったのだから・・・・・・。
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