19.願い
ガクが立て続けにリンに指示を出した。リンはうなずくと、宿ではなく街に向って走った。路地の入り口には、突然の不穏な騒ぎになにごとかと人が集まっていた。しかも青の国の王室の使い馬車が路地に堂々と停まっているのである。
リンは路地から飛び出した。
突然の正装の若い娘の姿に、人々は驚く。どこのお嬢様だろう、髪が黄色だ、まさか。
そのささやきが広まる前にリンは声を通した。
「教えてくださる?! 路地で人が怪我をして倒れているの! これから言うものを揃えたいの!」
黄の王女だ、誰かがそうささやいてざわめきが大きくなるまえに、リンの声が広場を突き通った。
「一番近い医者と薬屋を探してきてちょうだい! そして、大至急欲しいのが『メウ・ナータ』と、針と糸とハサミ、清潔な布をたくさん! ちいさなナイフ、薬の名前『テンシノラッパ』! ……分かる方いるかしら!」
『メウ・ナータ』は青の国特産の蒸留酒で、皮膚に付くと蒸発する感触が分かるほどに強烈だ。消毒に使われることを、ガクに言われるとすぐにリンは理解した。
「船酔いに苦しみながらガクの本を読んだことが役に立ったわ」
酒に関してはすぐに何本も手が上がった。一番ウチがここから近いよ!と叫んだ男にリンは持ってきてと指示をする。
「針と糸はこれでよろしいでしょうか! お姫様!」
近くの家の扉をある人が叩き、その家の主人がすぐに針と糸を携えてきた。リンは「お借りします」と受け取った。
酒もすぐに届いた。酒と針と糸、そして小さなナイフとハサミを路地から出てきたメイコに渡し、「残るは医者と薬屋と『テンシノラッパ』」とリンがすばやく耳打ちする。
メイコがすぐに暗がりに消えていった。「明りをだれか、お願い!」状況を察したリンが追加で頼むと、近所の屋台中からランプがあつまった。
「ありがとう。恩に着ます」
メイコに続いて明りを受け取りに来たのは、緑の髪の女だった。下着姿に、メイコのショールを巻いている。
リンが眉をひそめたのは一瞬だった。
「ランプ、お願いね」
緑の髪のハクは、こわばった顔で受け取り、道を戻っていった。
「薬師は居たが、医者はいない!すでに酔っ払っていた!」
ふうふうと息をきらせながらやってきたのは、中年の男で、薬師だと名乗った。
「あっしが酒を飲む前でよかった。御所望のものと、いくばくかの道具です。これでよろしいですか、王女様」
すでにリンが王女だということは知れ渡ってしまっているようだ。リンはうなずいた。
「ありがとうございます。助かります」
リンの手に、ちいさな瓶と、手術に必要な道具が渡される。
リンは多少なりとも驚いた。人の体を切開するのは、まだまだ知られていない技なのだ。
薬師ともなれば、予防の薬の知識はあれども、そのような少数派の治療法など知らないと思っていたのだ。それが、このような細かい道具まで揃っていようとは。
「……ここは、海の町ですから、新しい技のことはようわかります」
薬師は言葉を継いだ。
「それに、『テンシノラッパ』を所望されたのなら、現場での処置となるのだろうと分かります。道具は医者から拝借してきました。快く貸してくれましたよ。己のかわりに頼む、とも。……私も奴も、人を助けたいと思う職業ですから」
黄の国も、青の国もありません。そう告げた薬師に、リンは深く頭を下げた。
「急ぎましょう」
路地を薬師の足が、思いも寄らぬすばやい足どりで進んでいく。リンは、集まった人々にもう一度頭を下げた。 もう、声は出なかった。
リン様。王女様。
青の国の市民の声が、温かくリンの上に重なっていく。
* *
酒ですばやく消毒を終えたガクは、すぐさま傷の検分に入った。そして、薬師を助手とした手術が始まった。
薬師が、皆に幅広の布を渡し、髪をまとめるように勧めた。レンの髪も同様に布で包み上げる。ガクが自身の髪を結い上げ、スカーフを外して口に布を巻く。手に薬師が用意してきた薄い皮手袋をはめ、それを酒で洗った。
「執刀者、ガク。助手、薬師ボルカ、メイコ」
責任の所在を明らかにするように、ガクがそれぞれの名を呼ぶ。
中年の薬師が表情を引き締めうなずく。ガクと同じく、口に布を巻き手袋をはめる。メイコにも自身の鞄から差し出し、同様に身に着けるよう指示した。そのなれた様子に、リンは思わず涙をこらえた。これは……レンは、助かるかもしれない。
お願い。あたしの、レンを助けて。
ここに偶然居合わせたこと。薬師が見つかったこと。経験豊かなルカに再会したこと。重なった奇跡がさらに重なるように、リンは願わずにはいられない。
「伝令兼助手、ルカ。ランプ維持、リン殿、……ハク」
緑の髪の娘がうなずいた。この子の名前はハクなのか、とリンは心に刻み付けた。
「では始める」
ガクの一声に、薬師がさっと椀を差し出した。
「『テンシノラッパ』成人の既定量濃度の半分です」
「了解。薬師ボルカ、数頼む。」
「了解」
薬師がレンの手首をナイフから引き剥がし、脈に手をあて、数を10の逆から数えていく。0となったときにガクの手が動いた。
メイコに頭を支えられたレンの口に、ゆっくりと薬が流し込まれていく。
「0、1,2、3……」
数が今度は進んでいく。リンは初めて見るその様子に、目を離せなかった。
「600……」
痛い、とうわごとのようにうめいていたレンの口が、急にもうろうとし始めた。
「レン?」
「心配ない。薬が効き始めたのだ」
ガクが答える。薬師の数える声が響く。
「ルカ。反応を見てくれ」
ルカがうなずく。レンの足をつつく。
「レンさん、何か感じたら手を上げて」
ルカが足の先を試すように触れる。レンは力の抜けたように横たわったままだ。やがてルカは徐々に傷に接近していく。
ついにルカが、そのハサミでレンの服を切裂いた。傷口のすぐ脇を触れる。レンは静かなままだった。
「眠ったの……? あんなに痛がっていたのに」
レンの息は静かだ。
リンはまるで自分こそが夢の中にいるようだと感じた。ガクとそれを取り巻く人々。なぜか居るルカ。緑の髪の女。祭りの光と遠い騒ぎ。静まり返った路地。すべてが、現実からかけ離れていた。
「メイコ。レンの肩を押さえろ。ルカ、針に糸を通して。ランプ、ハクはルカを。リンはレンを照らせ」
リンはぐっと歯を食いしばり、レンの傷口を照らした。銀色の刃が、わずかに見える。
薬師ボルカの声は数を数え続けている。
「ボルカ。脈拍報告」
「成人の平常やや遅め。圧は正常」
ボルカの答えに、ガクは決断した。
「了解。ナイフを抜く」
ルカがランプの火で針を消毒し、糸は酒で清める。
「縫い糸、準備完了です」
「了解。抜くぞ。メイコ、ボルカ、しっかり押さえろ!」
瞬間、ガクはナイフをすっと引き抜いた。瞬間、ガクと薬師が息を飲む音がした。
「こいつは、……何と運の良い」
ガクのつぶやきに薬師が力強くうなずいた。
「腸がほぼ無傷なんですよ。すごいことです。ぜんぜん、難しさが変わりますよ」
思わずランプを揺らしてしまったリンに、薬師が言葉と視線を向けた。安堵のあまり、リンは思わずうつむきかける。
すぐさまルカが差し出した布であふれた体液をどんどん拭い去る。はっきりと構造が見えた瞬間、さっと周囲を薬師の持ち込んだ瓶の液体で洗い、縫合を開始した。管と管、組織と組織が、まるでガクの手に導かれるように引き寄せられる。
リンはそれをじっと見つめていた。
「すごい……」
そこから先は、あっという間だった。あふれた血がぬぐわれ、挟んで留められていたものが戻され、まるで時間が巻き戻るかのように傷がガクの手でふさがれていった。白い皮膚がぴたりと縫合され、ガクの手のハサミがひらめき糸を切る。
「2560」
薬師の声が数を告げた。ふっとガクが息をついた。
「縫合終了。ボルカ、脈は?」
「異常なし」
「では脈数計測終了。これにてレンの腹部縫合手術を終了する」
緊張をはらんだ短い確認が交わされ、ガクの声が終了を宣言した。
「助手メイコ、伝令ルカ、ランプのハクは解任。……ボルカ殿。貴方のおかげで大変助かりました」
ガクが口の布を外し、ボルカに礼を言う。
ボルカがうなずく。
「ボルカ殿。申し訳ないのだが、レン殿が目を覚ますまでお付き合い願えないだろうか」
ボルカが目を見開いた。
「当たり前ですよ! 患者の無事を確認するまで薬に責任を持つのが薬師です。
解任されなかったことに、私こそほっといたしました」
ボルカが、ぐるりと見回した。そして、いまだランプを支えたままのリンに、深く頭を下げた。
「王女さま。私のような身分の低い、見苦しい者が側にいるのは心苦しいと思いますが、いまひとつ、ご辛抱くださいますよう」
リンは首を振った。
「いいえ。私からも、礼を」
リンの瞳から、涙がひとつ、光ってすべり落ちた。
「ありがとうございます。ボルカ様。突然の呼びかけに嫌な顔もせず、物怖じもせず……わたくしは、とても、感じ入りました。助けていただいて、本当にありがとう……レンは、わたくしの大事な者ですので……」
ハクが、その言葉を聞き、わずかに瞳を伏せたのを、リンはついに気づくことはなかった。
表通りに出ていたルカが、路地へと走って戻ってきた。
「リンさま。ランプはそのまま借りてもよいとのことです。ガク殿、いかがいたしますか。馬車での移動は、術後のレンにとって危険です。どこか場所を手配してまいりましょうか」
「差し出がましいようですが……私の家をお使いになりますか」
ボルカがゆっくりと手を上げた。
「隣は医者の家です。私の家であれば、私もすぐに対処できます。……患者のためには、そのほうが良いかと」
「お願いいたします」
ガクに判断を仰がれる前に、リンは決断した。
「レンの命が何よりも大事です。ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いいたします」
ボルカが目を丸くし、そして細めた。
「……ありがとうございます。貴方様は……すばらしい王でいらっしゃる」
涙をこぼしたのはリンのほうだった。メイコが、リンの肩をそっと抱く。晩餐会用のドレスは、皆、すっかり埃で汚れきっていた。
借りたものを、伝令のルカがそれぞれの主へ返却して回った。
みながみな、怪我をしたレンのことを心配していた。毛布で作った即席の担架にのせられたレンが、ガクと薬師に担がれて路地から出てきたときは、大きな喝采を浴びた。
「よくやった!」
「坊主、よかったな……」
「リン様だ」
「リン様、万歳!」
リン様!
月明かりにてらされ、祭りの灯りに照らされ、人々がみなリンを讃えていた。
……続く。
悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 19.願い
あの名曲を効果曲線並みに曲解.
悪ノ娘と呼ばれた娘 1.リン王女
http://piapro.jp/content/f4w4slkbkcy9mohk
『この物語はファンタジーです。実際の医療行為、生物生理、現実の薬理学には一切関係ありません』
アル「……って、馬鹿野郎おおおおぉおお!」
レティ「ほんっと。何やってるんだって感じだよね!こんなに危なっかしいシーンを『ファンタジーです』の一言で片付けるなんて!しかも、ここでしっかり書けばリアリティが出るおいしい場面じゃない!専門の意地に賭けて書くべきだったのに馬鹿!」
アル「違う! 俺が怒っているのはそんなことじゃない」
レティ「へっ? 違うの?」
アル「どうして!俺たちがまた解説座談会メンバーなんだってことだ!厭なのに!」
……風が吹きぬけたと思ってください。
レティ「そりゃ……なりゆきでピアプロに出ちゃったし」
アル「兄貴のせいだろ!そもそも俺たちのスピンオフである兄貴たちが、「ゆめみることりを使って小説を書いてみたhttp://piapro.jp/content/ix5n1whrkvpqg8qz」に出なけりゃ、俺たちが表に出ることはなかったんだ!」
レティ「(日の目をみることもね)」
アル「だから、兄貴とリリスさんがやりゃいいだろ!もしくは『ココロ』のタクミさんとか!」
レティ「……アル。これは、私達にしか出来ない仕事なんだよ」
アル「どうしてだよ!」
レティ「私達が、ハッピーエンド確定だから」
アル「……へ??」
レティ「解説はね、生きている人にしか出来ないんだよ」
アルが呆然としています。しばらくお待ちください。
レティ「それにね、嘘ばっかりの今回の文章に、真実が二つあるの」
アル「なん……だよ?」
レティ「それは次回のお楽しみ☆」
そして見事にはぐらかされていないか、アルタイル・イーゴリ!
真実の答えと、はぐらかされてしまったアルの疑問の行方やいかに!待て次回!……なんて。
レベル1の性格王子様アルタイルと、凄腕卑屈剣士レティシアの活躍はこちら。
夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~
http://piapro.jp/content/tpbvhzoe5b6s6kem
痛いということは十分に承知の上でございます……
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おしるこ
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BPM=200→152→200
作詞作編曲:まふまふ
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ぱっぱらぱーで唱えましょう どんな願いも叶えましょう
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雲外蒼天ユート...ハローディストピア
まふまふ
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キノシタ
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