それは異常で異様で無意味な行為だった。
少女の手は片割れの手に巻き付き、ぎちりと音がきこえるほどに力を込めていた。
そうやって首を絞められている少年は、なんの感慨もなさげに、無表情に、自分と同じ様な顔の作りをしている少女を見つめている。
彼が人間であればこれほど力を込めて首を絞め続けられればやがて窒息し、その息を止めていただろう。
彼がー彼らが造りモノでなければ。
「またか?」
ふと、画面上の二次元を見つめる自分の後ろから声をかけられた。手に持っているカップからは湯気が揺らめいている。おそらく中はコーヒーだろう。残業続きの職場でのカップの中身など相場が決まっている。
「ああ、まただ。」
交代にやって来たのだろう同僚の質問にうんざりという様に答えてやる。
そう、まただ。感情プログラムを組み込んだ機械の生産。その数少ない実験体たちはどれもこれも成功とは言えないような欠陥を抱えている。
「鏡音リン」と「鏡音レン」もその実験体のひとつだ。そうして例に漏れず彼らも異常を抱えている。
「今度は何が原因だ。」
「さあな、二人で特に会話もなく、したとしてもその内容はまぁまともだ。原因なんて分からないさ。」
「それもそうだが・・・、これでもう64回目だぞ。」
「なんだ数えてたのか。」
「報告書を毎回書かされるの誰だと思ってるんだ。」
ジロリと恨めしそうな目で見られたが無視した。俺だってそんなもの書きたくない。
相変わらず画面上には問題の双子機の映像が映っている。
「感情プログラム同士が接することで何か新しい変化を与えられると思ったことが間違いか、はたまた疑似的な記憶を入れてみたのが悪かったのか。原因の予想ならいくつでもあるが特定は出来ないっと。」
「まあ引き金は確実に鏡音レンの方にあるんだけどな。」
鏡音たちの異常は簡潔に言えば、リンの方はレンへの突発的な破壊行為、レンの方は人格の無確定だ。
鏡音がつくられた当初、異常があると認識されていたのはレンだけだった。彼は思春期の少年を意識して作られたものだったからある程度の不安定さは予測されていた。しかし結果は最悪に近かった。人間でいうところの多重人格に近いだろうか。所持する記憶のデータはまったく一緒だが、口調も態度も個性を構成するであろう何もかもが不定期にコロコロ変わってしまう。原因を検討し、ありとあらゆる数値を調整してもいっこうに収まらない。
それと比較して、いや、しなくともリンは限りなく正常に近かった。天真爛漫な明るく活発な性格。誰もが願った「人間のような」機械がそこには存在した。
レンは明らかな失敗作だがリンは限りなく成功に近い。誰もがそう思い、自分たちの研究成果が実ったと錯覚した。異常が起こったのはそのすぐ後だ。お互いの刺激となるようにと作られた双子型。リンの成功がレンの感情プログラムの改善に繋がるのではと彼らは引き合わされた。レンの異常の解決策として行われていた疑似記憶の追加の実験にあわせ、リンが混乱しないよう彼女にも記憶が与えられた。暗示、思いこみの類に近いそれは「彼らが唯一無二の双子である」というものだった。
そうした中で引き合わせ、鏡音リンの異常は発覚した。
「会って二日目に殴打による上腕部の破壊、髪を掴んで引きずり回し目を潰す。そして今回は首締めだ。何回修復しても景気よくやってくれるよ。」
「単体であれば鏡音リンはほぼ成功。鏡音レンの方も一つ一つの人格は成功に近いから廃棄されないからいいものの…。なんでこいつは毎度抵抗しないままやられてるんだ?機体スペックはほぼ同じだろうに。」
「その答えも出てない。まぁ何にしろ研究は続行だ。新しい機体の方針も決まったし仕事も増えるぞ。」
「ああやっとか。次は女性型なんだってな。」
「おう、たぶん美人だろ。」
「そこはそんなに重要なことか?」
「作るんだったら綺麗な方がいいんじゃないか?」
「そんなもんかねぇ。」
軽口をたたき合う彼らは気づかなかった。鏡音の異常の根も、思考も、青い作りものの眼がスクリーン越しに彼らを見つめていることも。
何も知らなかった。
(二人の研究者→鏡音)
ヒトの心も知らないで
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