学校生活は順調だった、と思う。どうあっても私にはそれを測る尺度というものがない。過密な訓練のスケジュールのために学校に通う暇はなかった。私の勉強は全て家庭教師だ。女性でも厳しい人だった。言うことは理にかなっていたから、嫌いではなかったが。
「あやね」
移動教室の途中、前を歩いていたあやねに声をかける。
「一緒に行く?」
笑顔で返してくれる、このやり取りが好きだった。
「そのために声をかけたのよ」
「次の授業ってなんだっけ?」
おどけたように聞いてくる。
「近接戦の実戦訓練じゃなかった?」
「あぁー、実戦かぁ。エモノは自由だったよね」
エモノなんて言われてわかるのはこの学校じゃ私ぐらいだ。
「『条件は武器の選択自由。本番により近い戦闘を行うために普段なら使用しないペイント式の訓練をするため、実戦装備の予備を使用し、授業終了後に使用した装備を提出、即時クリーニングに出す』って言ってたはず」
「さっすが、学年主席は完璧ね!」
「あやねだって、優秀な日本からの留学生って話じゃない」
「それはそれよ。でも実戦かぁ……武器は自由なんだよね?」
「やっぱり、銃剣?」
「ん。その方が性に合ってるし。いちいち武器を変えるのも面倒だしね」
あやねの武器は銃剣付きの三八式歩兵銃。大東亜戦争の時に実際に使われていたもののリビルド品。元はお祖父さんのもので、アメリカ軍からひたすら隠したものらしい。
理由が『いつか日本が独立するために』っていうから、日本人の精神には驚かされる。結局、戦争もなく独立した日本でその銃が活躍することはなく、実際にこれから戦場に立つあやねに託されたということらしい。
「そっちはナイフにレイピアでしょ? 真似できる芸当じゃないわね。あ、ハンドガンも合わさって『ケルベロス』だったっけ?」
「あやね……」
私の使用するのは特に何の変哲もない。六連発式のリボルバーにナイフ、レイピアだけだ。三種同時展開はお父さんの技で、私はそれの見よう見まね。一応は様になっているから『ケルベロス』なんていう二つ名をつけられているけど、それだって本意じゃない。何だって地獄の番犬にならなくちゃいけないんだろうか。
「あやねは良いよね。『アルテミス』なんだから」
「まあそう拗ねないでって。ごめんね?」
あやねは正確無比な射撃から『アルテミス』という二つ名になっている。なんかずるい。もっとも、それだけが所以じゃないのだが。
「いいよ。訓練中に五本は取るからね!」
「あの、お手柔らかにね?」
いくらあやねは銃剣術が得意だからといっても、完全に近接戦闘用の装備に抗するのは難しかった。
訓練場に入る。熱心な人はもう着替えを終え、軽いアップを行っていた。
私たちが着替えを終えて、整列すると同時に教官が入ってくる。
すぐさま二人一組での実戦訓練が開始された。
「いくよ、あやね」
「いつでもどうぞ」
一気に踏み込む。フェンシングのようにレイピアで突く。銃剣で横に逸らされてそのまま右胸を狙ってくる。ナイフで押さえこみ、跳躍。後ろに回り込むと同時、勢いが殺されないままの銃剣が左から迫る。しゃがんでかわす。低い姿勢のままにレイピアを振りぬいた。まずは一本。
再び距離を開けて対峙する。今度はあやねからの攻撃。大上段に構えての一撃。
逆手に持ったナイフで受け流し、レイピアを振りぬく。うまい具合に避けられた腰で、下からの突きが繰り出される。ナイフを上に放り投げて両手でレイピアを使い、抑え込む。つばぜり合いの体になって、トラップ。放ったナイフが刃部を下にしてあやねに落ちてきた。脳天直撃。二本連取。
「な、に、を――しとるかぁ!」
教官の罵声は待っていた男子に向けられたものだった。
「何やったのアイツ」「さっきまでほふく前進だっただろ?」「あの二人のパンチラでも期待してたんじゃないのか」「自業自得だな」「さらば……同志」
とか何とか。
教官はその男子の首を持って投げの姿勢に入る。
「その性根、叩き直してくれ――あ」
投げられた男子は私の方へ飛んできていた。咄嗟にレイピアを構える。が――
ズパァンッ!!
空気を引き裂く音。飛んできた男子は叩き落されていた。
「大丈夫だった?」
「あやね……その、大丈夫なの?」
「私は平気よ」
「じゃなくて、男の子の方」
なんというか死ぬ寸前のように痙攣してる。
「いいのよ別に。男子なんて汚らわしいし、気持ち悪いし、触れたくないじゃない?」
さも当然のように言ってくる。
これが、あやねの二つ名が『アルテミス』であるもうひとつの理由だ。本人曰く昔の体験から、死ぬほど男子が嫌いらしい。軍学科という圧倒的に男が多い状況でなお、男子なんていないかのごとくにふるまう。話しかけても無視。触るのは厳禁。それは私も同じで、むしろ病原菌よりひどい扱いだった。何度か改善を試みても。
「汚らわしい、気持ち悪い、嫌い」
の三点張りで聞かなかった。
ちなみに痙攣している男子には、本当に切られて出血したかのように、べっとりとインクが付いている。あやねの手の中の銃剣は刃部が潰れてインクタンクが破裂しており、一体どんな力で叩いたらそうなるのだろうか。想像したくなかった。というかそんな力なら、私だって負けている気もするが。
「あー、二人ともすまなかった。訓練の内容も申し分ない。今日最後の授業だしな、もう上がっていいぞ」
教官が謝りながら近づいて来る。さすがにあやねも教官は邪険にしないらしい。
「はい。わかりました!」
元気に返事をするあやね。
「あの、そこの男子は」
「ほっとけ。自業自得だ」
「そうですか」
……いいんだろうか?
「訓練はいいのですか?」
「もう銃剣がない。アレは特注品だ」
「え、じゃあ私は?」
「ついでだ。というか、お前はあやねほどじゃなければ練習にならん。他の連中を滅多打ちにしたいと言うなら残ると言い。俺としてはそっちの方が良いが」
「やめておきます」
もう、なんだかなぁ。
あやねと一緒に訓練場を後にした。
「消化不良?」
廊下に出てすぐ、あやねにそんなことを言われた。
「うーん。どうだろう」
別に戦闘し続けたいわけじゃないし、ストレスが溜まっているわけでもない。
「お詫びにさ、一緒にアイス食べよう。それで許して?」
手を合わせて、日本でいうところの『拝む』という姿勢でお願いしてくる。
「いいよ。でもあやねの奢りで」
「む、まあいいよ。屋上で食べよう」
それからしばらく、授業が終わるまで私たちは屋上で話し続けていた。
そんな学生生活は楽しく、瞬く間に過ぎて行った。
光陰矢のごとし。そんな言葉を作った人が、今は恨めしい。
マルス高等学校を卒業し、再びそれぞれの道へと歩みを進めた私たちの前には、様々な壁が立ちはだかったが、その度ごとに蹴散らしていくのが楽しかった。
あやねは希望通りに渉外部に入ることができたらしく、順風満帆。メルクリウスとの対応窓口みたいな扱いらしく、私と共に任務にあたることが多かった。
そんな日々の中、数年経ったある日のこと。
「失礼します」
私は父に呼ばれ、メルクリウス本部の父の執務室に来ていた。
「久しぶりだな」
「はい」
そう言えば何年振りだろうか?
学校を卒業してすぐに焼いたクッキーを届けた後は、各地を仕事で回ってたから、実質卒業以来ということだ。
「まあいい。残念だが親子同士の会話の時間は取れそうにない。仕事だ」
「はい」
父さんが机の引き出しから一枚の紙を出す。
「現在、公にはされていないが世界各地で集団失踪が相次いでいる。欧州各国の要請から、メルクリウスも独自に捜査を行うことになった。日本でも同様の現象が発生している。お前はこれから、遊撃警察と連携して捜査にあたってもらう。これはその委任状だ」
父さんからその紙を受け取る。大まかな事件の概要。父さんのサイン。
「今回もあの娘と一緒の捜査になるだろう。まあ、肩の力を抜いて行くと良い」
「はいっ」
また今度来るときにはクッキーを焼いてあげよう
「ではNo.13807、ユピテル部隊長に今回の任務への参加を命じる」
「はっ!」
No.13807。メルクリウスの構成員は名前で呼ばれることはない。誰もかもが記号でしかない。構成員の一人ひとりが番号を振られ、メルクリウスのトップが変わるとナンバーは刷新される。どれもこれも古くから続く組織の制度だ。
大きな部隊である「ユピテル」の部隊長も実質は名誉職。父さんに押しつけられたものといってもいい。今聞いた父さんの言葉には私が私である理由がない。それに気づいてから、この呼ばれ方は嫌だった。
もう終わりかと思った時、ふと父さんがつぶやく。
「……ミク、だったか?」
「なっ――」
ミク。それはあやねが私につけてくれた名だ。どうしてもハーフの日本人を演じなければならなくなったとき、あやねが『ミクなんてどう?』と提案してくれた。
もともとの名前も長いわけで、二人の間では結構お気に入りだったりするのだが、ここにきて何故父さんが知っているのだろうか。
「何故知っているか。当たり前だ。あやねとの任務の度にコードネームを『ミク』にしてたら大方予想はつく。まあそれが悪いというわけでもないから構わんが」
「以後、気をつけます」
父さんにその名前で呼ばれるのはかなり恥ずかしかった。
「以上だ。さがりなさい」
「失礼しました」
娘が去って後、父親は窓より空を仰ぎ見る。
その脳裏に浮かぶのは、海を越えた先の友人のこと。
「考えることは同じだよ。君も、私も」
その言葉が誰かの耳に届くことは、ない。
同刻、日本。
「あやね」
「はい」
室長になった父親に呼び止められる。家でも職場でも。うんざりしてもおかしくはないが、嫌いではなかった。
「渉外部として仕事だ。メルクリウスとの合同任務がある」
「メルクリウスというともしかして」
「もしかしなくともそうだ、君の親友とチームだろうね。向こうの確認も取ってある」
これまでも何度か一緒に仕事をしてきたが、何度聞いても共に戦えることが嬉しかった。
「が、今回はそう甘い案件じゃなさそうだ」
ふと、父親の目が鋭くなる。
「と、いうのは?」
「東北の方で、山間にある集落が丸々ひとつ消滅した件、覚えているか?」
「はい。私もバックアップで関わりましたし」
異様な事件だった。山間部の100人ほどの集落が誰ひとり残さずいなくなったのだ。
もみ合った形跡もなく、100人も移送できるほどの大型車が通った形跡もない。さらに現地調査に赴いた者の話では、つい数秒前まで人がいたかのようだったという。話だけ聞けば、レベルの低いB級ホラーでしかない。
「海外でも同様の現象が起こっている。小国ではあるが、首都から人が消えたという話もある。この異常事態に各国の政府も腰をあげた。もちろん我が国もだ」
「あやねにはメルクリウスとの窓口としての役割も期待している。わかったことは随時、報告して欲しい」
「わかりました」
「明日にも出発できるように、準備をしておいてくれ」
それで終わりというように、父親は新たな資料を取りだす。
「室長」
「なんだ、まだ何か――」
「出発の準備は万全です。今からでも行けます」
笑顔で敬礼する娘。その笑みが頼もしく思えたのは気のせいか。
「なら、一日休暇をやる。ヨーロッパ観光でもしてくるんだな」
「では、早速向かいます」
失礼します、と娘は退出していく。その背を見送り、ひとりごちる。
「さて、真実を知ったらどんな顔をするかな」
見下ろす大通りには人がごった返している。父親は笑みを浮かべていた。
「――以上が、世界各地で起きている集団失踪現象の概要です」
これまでの経過を調査員から報告してもらう。
「わかりました。もう下がっていいです」
「はっ!」
なんとなく厳しい感じの人だったのでご退室いただいた。あの空気の人とはあんまり一緒に仕事をしたくない。しかし――
「首都の人間が一晩で消えさる、ね」
本当にそんなことが可能だろうか? 可能だとしてもどうやって?
貰った資料にはいつどこで何が起きたかの報告だけにとどまっている。
調査班も掴みかねたのか、自分で考えろということか果たして。
そして、気になることもあった。考えたくもないが、おそらく――
翌朝の空港。朝早い時間だというのに、ロビーはこれから旅立つ人や到着した人で埋め尽くされている。私はいつも待ち合わせに使っているベンチに座って音楽を聞いていた。
日本女性の透き通った歌。飛ぶ鳥を思い歌に込めた。こんなにも良い歌がアニメに使用されているというのだから、日本というのは贅沢な国だ。
「おーい!」
ひときわ通る親友の声。私は逃げもしないんだから、もっと落ち着けばいいのに。
「ミク、久しぶり!」
「久しぶりね、あやね」
二人で握手を交わす。瞳を見れば強い意志。話しても大丈夫そうだった。
「あやね、到着してすぐだけど本題に入るわね」
「場所は変えなくても?」
「盗聴の類は心配しなくてもいいわ。諦めた方が早そうだし」
ここに来るまでに書いておいたメモを手渡す。
「これは――」
内容はあやねにとっても驚くべきことだろう。
『内通者がいる可能性が高い』
メモにはその一文だけが書かれている。
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BPM=156
作詞作編曲:まふまふ
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