妹と比べられるのが嫌だった。
葵はなんでもそつなくこなした。
料理も手芸も勉強も、なんでもかんでもそつこなくこなしていた。
でも私は、
料理⇒× 手芸⇒× 勉強も駄目だった。
私が何倍も笑われるかわりに、妹は何倍も褒められた。
それに嫌気がさすようになってから、妹とギクシャクするようになったと思う。
「お姉ちゃん」
廊下の隅からひょっこりと妹が顔を出す。
妹は私の顔色を伺っているのだ。
「妹、どうしたの?」
「……別に。なんでもない」
ぎこちなく笑顔になる妹に、私はイラッとした。
その気持ちに蓋をするように、目線をテレビに戻す。
「あ……」
妹の悲しそうな声が耳に突き刺さる。
それをかき消すようにお笑いのSE音が私の耳で響いた。
今私が見ているのは関西のお笑い番組だ。
最初はお笑いなんて興味なかった。
最初は単なる妹ととの比較からの現実逃避に過ぎなかった。
でも次第にお笑いの面白さに気が付いて夢中になっていた。
今では妹に負けない唯一の特技になっている。
だから今日も近くのレンタル屋から借りたお笑いDVDを見直しているところだった。
……妹の視線が外れない。
いつもなら、妹はすぐに自分の部屋に戻っていくはずだ。
でも、今日の妹はどこか違っていた。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「一緒に遊ぼう」
久しぶりにその言葉を聞いた気がする。
でも、
「今、忙しいから」
「だよね」
その言葉が耳に届くと同時に、私の頬に当たっていた視線が消える。
その後に続くように、葵の足音が耳に響いた。
それから一時間ほど経ったと思う。
「ただいまー」
「ただいま」
お母さんとお父さんが帰ってきた。
珍しい。いつもなら、バラバラなはずだ。
――ドタドタドタッ
妹が階段を下りてくる音がした。
私は時計を見る。
もう夕食の時間だった。
その後は楽しい家族との夕食だった。
途中までは。
「え、大阪に転勤するの?」
「そうなのよ~まったく困っちゃうわ」
「僕も付いていきたいんだけどね」
どうやらお母さんは大阪へ転勤するらしい。
大阪!? 私も行きたい。
「あんたたちはどうしたいの?」
そこで私と妹の立場が問題になるらしい。
一緒に連れて行きたいが、そんなに余裕は無いらしいのだ。
「私は残る」
妹は早々と決めてしまった。
妹はお父さん子だから、必然的に残る。
葵が私をおずおずと探るような目をしてきた。
「別に私だけでも良いんだけどね」
大阪、行きたい。
「私は大阪行きたい」
「お姉ちゃん……」
「お、茜は大阪に興味あるのか?」
妹との距離を感じる声に、お父さんのハキハキした声がかき消された。
「うん、大阪のお笑いや、食べ物とかいっぱい興味ある」
「あんた、お笑い大好きだもんね」
転校してでも行きたかった。
「葵はそれでいい?」
「え、うん……」
妹はこくこくと頷いた。
「じゃあ決まりね」
こうして私の転校が決まったら、あっという間だった。
学校の手続きやその他をさっさと終わらせていくのだった。
「じゃあ妹、行ってきます」
「お母さん、お姉ちゃん、行ってらっしゃい」
玄関口に立って、お父さんと妹は大きく手を振った。
「いってきまーす」
「行ってくるね」
それから二ヶ月が過ぎた。
「なんや?」
私は美海ちゃんとさくらちゃんと知り合って友達になっていた。
「茜ちゃん、あたしたちが標準語なのに、どうして関西弁を」
「あかねちゃん、すごい」
たくさん関西の番組見たからね。仕方ないね。
たくさん真似していたら、いつのまにか身に付き始めていた。
「せやな。もっと大阪を知りたいんや」
「中心街も良いけど、阪南市も良いよ」
「素敵なところだよ」
美海とさくらがキラキラした目で私を見る。
「うん、行ってみたい。大阪大好き」
お母さんに頼めば連れて行ってくれそう。
……妹は元気にしてるかな。
転校して二ヶ月、楽しかった新鮮な状態ももう落ちついてきて、あの頃を振り返ることが出来るようになっていた。
ちょっと妹に対してきついことしていたかもしれない。
「茜ちゃんには妹がいるんだっけ」
「可愛い可愛い?」
「うん、可愛いよ。自慢の妹だよ」
私は本心ではなかなか言えないことをさらりと行って、胸にずきんと痛みが来た。
「双子でしょ。やーん、かわいい」
「はぶっ」
美海が私を抱きしめる。
私より少しだけあるふくらみで、私の顔を包み込み。
「くるしい……」
「美海ちゃん、茜ちゃんが苦しそうだよ」
「ふぅーふぅー」
苦しかった。この女、私より少し大きい!!
「はは、ごめーん」
テヘペロ、と美海はとびっきりの笑顔で謝った。
「茜ちゃんは葵ちゃんとどうだったの?」
さくらちゃんが好奇心旺盛に聞いてくる。
「仲良くなかった」
「え、どういうこと?」
私は詳しいことを少しぼかしながら、家であったことを話した。
「嫉妬ね」
「美海ちゃん」
私が頭の中でハッキリと言葉にしなかったことをずばりと言われた。
「私も分かるよ茜ちゃん」
「どうなんや」
「私には兄弟や姉妹なんて居ないけれど、それでも嫉妬するもん」
美海ちゃんは腕を組んで言った。
「さくらちゃんにだって嫉妬するもん」
「もう美海ちゃん」
「でもね、さくらちゃんにだって、出来ないこともある」
「うん」
「代わりに私が出来ることもある」
「うん」
「だから悩まない」
葵にも出来ないことがあるのだろうか。
そういえば、葵は少し引っ込み思案だ。
私はその代わり積極的だ。
葵に有って、茜にないものはたくさん有るけれど、
茜に有って、葵にないものもたくさんあるかもしれない。
今まで感情的になりすぎていて、見えていたのに見えてなかったモノが見えてきた。
私にだって、葵に負けないモノはたくさん有る。
「美海ちゃん、さくらちゃん、ありがとう」
「えへ、どーいたしまして」
「うん」
二人の笑顔がまぶしい。
こんな感じに、姉妹としてなりたいと思った。
葵とは距離が離れてしまったけれど、今こうしてココロの距離が近くなったように思う。
皮肉だな。
それから数ヶ月、葵との距離を近づける機会がなかなか訪れなかった。
こっちから電話する勇気はなかった。
あっちからも電話はなかった。
言い訳が頭をかすめて、勇気が出なかったからだ。
きっかけがつかめないまま、数ヶ月が過ぎていた。
でもあるとき、チャンスが巡ってきた。
「ぼいすろいどってなんや?」
「読み上げ用音声合成ソフトらしいわよ」
「それが?」
「あんたたち姉妹でやってみない?」
お母さんの知り合いにそういった仕事をやっている人がいるらしい。
その人が、双子の姉妹を探していて、ちょうど私たち姉妹を知ったらしい。
「一生声が残るわよ」
さまざまな用途に使えるらしかった。
ネットにも音声としてずっと残っていくらしい。
お母さんがパソコンを取り出して、ようつべで聞かせてくれた。
「すごい」
「でしょでしょ。これをあんたたち姉妹がやれば、すごく人気になるわ」
私の声が、ソフトウエアに!?
「ねえやってみない? 葵とも会いたいでしょ」
「うん」
即答だった。
「へー」
にやにやしないで欲しい。お母さんの言いたいことは分かってるから。
「じゃあ、お父さんと葵に連絡しとくから」
やった。
これで葵とまた仲良くなれるかな。
収録は東京らしかった。
東京に未練があるわけではないけれど、葵がいるから行きたくなっていた。
葵がいるから行きたい。こんな気持ちは初めてだった。
それから私はお母さんと予定を決めていった。
数日後、私たちは大阪を出発した。
大阪から東京へ、新幹線で向かった。
前回は景色を見ている余裕は無かったから、新幹線から見える景色は新鮮だった。
次第に東京が近づくに連れて、胸のドキドキも強くなってくる。
葵には最初、なんて言おう?
私はひどいことをしたけれど、今でも葵は私を慕ってくれるかな。
それでも私は決めた。今度からはちゃんと名前を呼んであげよう。
それが私の姉としての責務だと思う。
「茜、東京駅に付いたわよ」
私とお母さんは荷物を降ろして、新幹線から降りた。
改札を抜けると、中央には鮮やかな青いウェーブの髪が見えた。
葵だ。
葵はというと、私のほうを心配そうに見ていた。
仕方ない。葵をこんな風にしたのも、私自身だ。
だから開口一番、私は叫んだ。
「あーおーい、ただいま!」
「お、お姉ちゃん!?」
葵が驚愕した顔を見せる。
勝った。お姉ちゃんの勝ちだ。
そして私はそのままフリーズした葵を抱きしめたあと、こういった。
「お仕事がんばろう!」
「……うん」
まだ距離は近いけれど、距離は近くない。
それをこれから近くしていこう。
それが今後の私の目標だ。
「あおいー」
廊下からひょこっと私は顔を出した。
リビングには、パソコンを真剣に見ている妹がいる。
「なあに、お姉ちゃん」
あれから距離はまだ縮まっていない。
こうして距離を置くことしか出来ないでいた。
妹はなにを真剣に見ているのだろう。
「なに見てるんや」
「実況」
実況動画。聞いたことがある。
美海ちゃんやさくらちゃんがたまに話題にしていたっけ。
何が面白いのだろう。
「あおいー、一緒に見ていいんか」
「お姉ちゃんは実況動画に興味ないでしょ」
「う、うん」
言われてみればそうだ。私なら、人の遊んでいるところを見るより、自分が遊びたい。
だから、葵が楽しそうにしている意味がわからない。
「ふふふ」
葵が笑っている。私にはそんな笑顔見せたことないのに。
「お姉ちゃん、なに?」
あっちいけ、言外に言っているようだった。
「別に」
そうと応えるしかなかった。
そんな日々が続いて、ようやく収録する日になった。
私たち姉妹は東京の某所の収録スタジオに着いた。
初めて目にする収録機械にわくわくする私と、冷めた表情をする葵がいた。
「すごいなー、あおい」
「別に」
お母さんに連れられて、私たちはさっそく現場に入った。
みなさんに挨拶を済ませて、さっそく収録する。
偉い人は、私に関西弁でOKしてくれた。
ただ、イントネーションが少しおかしいらしく、なかなか上手くいかない。
一方で妹の葵は、声が小さい。声が小さすぎて、上手く使えないらしい。
でも完璧な標準語で、私の自慢の妹だった。
「帰りたい」
葵が不満そうに呟いた。
「疲れた」
声を出す仕事はなかなか重労働だった。
私も結構疲れていた。
「じゃあ今日はこれで終りにしましょう」
お母さんのその一言で今日の仕事は終りに決まった。
私たちは家族は収録現場を後にした。
お母さんは別の仕事があるようで、途中で分かれる。
今日は妹の葵と二人だけの家だ。 つづく
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