第四章 青の国 パート2
さて、どんな動きを見せてくれるのか。
丘陵の上に到達したカイトは、部下が用意した折りたたみ式の椅子に腰かけると、眼下に広がる自らの軍勢を眺めながらその様な思考を巡らせた。隣にはルカがカイトに同じように用意された椅子に腰を落としている。ルカが着用している黒一色の外套を目の端に納めながら、暑くないのだろうか、と余計なことを一瞬考えたカイトではあったが、今はその様なことを考えている場合でもない。カイトを囲むように控えた親衛隊に向かって、カイトは右腕を真上に掲げた。訓練開始の合図である。その合図を受けて、親衛隊が黄金に輝くトランペットを盛大に吹きならした。全軍に対する合図である。その音を受けて、紅白に別れた青の国の軍勢がまるで一つの生き物のように動きだした。一糸乱れぬその動きに、カイトは満足げに眉を細めた。
「防衛訓練にしては、盛大すぎる訓練ですわ。」
突然発せられたその声に、カイトは思わず右を向いた。声の主はルカ。カイトを真っ直ぐに見つめる湖の様に透き通った青い瞳に向かって、カイトはまるで能面を張り付けたかのような笑顔を見せた。
「そうかな。あくまで防衛の為の訓練だが。」
「一体、これほどの戦力を誇る青の国に、どの国が攻め入るというのでしょうか。」
「国際関係は何が起こるか分からない。あくまで念の為の訓練さ。」
カイトはそう言った。確かに、口元は笑っている。しかし、目は笑っていない。おそらく、仮想敵国は黄の国。私をここに連れて来たのも、黄の国にいつでも攻め入れるという意思表示をしておきたかったからだろう。ルカはそう考えて、こう答えた。
「黄の国のリン女王とは二年後にご結婚のご予定のはず。では、ミルドガルド大陸最小の国家である緑の国が青の国に攻め入るというのでしょうか。」
「敵はミルドガルド大陸だけにあるとは限らない。東方のオリエントから未知なる敵が攻めてくるかも知れない。その時ミルドガルドの障壁となるのは我が青の国になるのだからね。」
カイトはそう言ったが、東方からの侵略軍が現れるという想定は今のミルドガルド大陸にとっては想像しがたい事態であった。何しろミルドガルド大陸から東に広がるのは広大な無人地帯である。永遠に続くような大地を越えてミルドガルド大陸まで攻めてくる軍勢があるとは考えにくい。確かに、記憶も記録も薄れるような過去に東方の遊牧民がミルドガルド大陸を席巻したという歴史はあるが、それも千年程度昔の話であったはずである。
「何か東方の不審な動きを耳にされたのですか?」
「いいや、何も。しかし、万が一のことに備えることが俺の役目だと考えている。」
カイトはそう言いながら、視線をふもとの軍事教練へと戻した。それにつられるように、ルカの視線も青の国の正規軍へと移す。軍事は専門ではないが、そのルカが見ても良く統率された軍勢であることは一目で理解できた。この統率された軍隊に対して、黄の国の軍隊はどれほど戦うことができるのだろうか。メイコ率いる精鋭の赤騎士団ならば互角以上に戦えるはずだが、全軍で考えると青の国の軍隊が優勢に立つかもしれない。何しろ、周囲に敵がいないと想定して設定されている黄の国の防衛戦略は必ずしも最上のものであるとは言い難いのである。国力に比例して兵力だけはミルドガルド三か国一多いが、このような全軍の訓練など、少なくともリンが即位して以来一度も行われていないはずであった。
「この軍が出動する事態が起こらないことを、心からお祈りしておりますわ。」
ルカが呟くように述べたその言葉は、訓練を行う三万の大軍の歓声にかき消され、行く場所も無く空中を彷徨った。
軍事教練で予想以上の成果を達成したことに満足したカイトは、終始ご機嫌のままで王宮への帰還を果たした。帰還したカイトは、ルカと前庭で別れると、すぐに自らの私室に戻り、内政の決裁業務へと戻ることになった。本来軍人であるカイトにとって内政業務は苦痛以外の何物でもなかったが、それも国王の責務と自らを戒めて重臣たちが持ち寄って来た書類の一つ一つに目を通すのである。その書類を読み込みながら、今日も大した出来事はなかったな、とカイトは考えた。国王に即位して以来、内政は落ち着いている。領土を増やすという形での国力の増強を図っている訳ではないが、豊作に恵まれ、優秀な官僚に囲まれた青の国は目に見えない形でその国力を飛躍的に高めつつあったのである。だからこそ、カイトは軍事力の強化に踏み切ったのであった。敢えて内政上の問題点を上げるならば、黄の国からの流民問題がその卓上に上げられることになるだろう。黄の国の飢饉を避ける為に青の国に侵入する黄の国の国民の数は日に日に増えていたが、現状は青の国を混乱させるほどの数には達していない。むしろ、未開拓地を開墾させる為の労働力として青の国では取り扱っており、そのおかげで今年は昨年よりも五割増しの収穫が見込めるとの報告書を最後に確認したカイトは、満足げに一人頷いた。
この様子なら、俺がしばらく国を離れても問題あるまい。
全ての書類に目を通し、決裁を終えたカイトは執務椅子にもたれかかりながら、その様なことを考えた。天井に映るのは謁見室と同じように殺風景な石造りの天井。さて、果たして彼女にこの無機質な王宮を気に入って貰えるのだろうか、とカイトは考えた。カイトがその網膜に投影した彼女の姿は婚約者であるリンの姿ではなく、別の女性の姿であった。
久しぶりに、彼女に会いに行こう。
カイトはそう考えて、従者を呼ぶ為に執務机の上に用意されているハンドベルを手に取った。
ハルジオン⑫ 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第十二弾です!今日はこれで最後かな?」
満「多分な。もしかしたら投稿するかもしれないが。」
みのり「あんまり期待できないね。」
満「そうだな。」
みのり「で、今回登場したオリエントなんだけど、この作品にはちょくちょく出てくるよね。確かガクポの祖先もオリエントの出身という設定だったよね。」
満「これはミルドガルド大陸が地球のヨーロッパを意識して作られているからだ。他の世界というと、自然に東洋を指し示すことになる訳だ。アメリカ大陸がまだ発見されていない頃の欧州を意識しているからな。」
みのり「必然的に未知の異国となるとオリエントになるんだ。ところで、オリエントってどういう意味?」
満「東方地区をオリエントと表現するとなんだか幻想的な空気が醸し出せる様に感じるけど、オリエントという言葉自体はラテン語で、日本語訳は『日の昇る方角』という意味だ。」
みのり「そのままなんだ。そう言えば、作中に千年前に東方からの遊牧民が攻めてきたという記述があるけど?」
満「本文とは実は直接関係無いが、リアリティを出したくて敢えて挿入したらしい。イメージはフン族だな。」
みのり「フン族って何?」
満「西ローマ帝国を滅ぼしたアジア系の遊牧民だ。祖先は中国北方に存在した匈奴と呼ばれた遊牧民までさかのぼるらしい。フン族の出身地についてははまだ議論がされているけれど。」
みのり「それっていつのこと?」
満「欧州に現れたのが西暦370年と言われているから、1700年以上も前の出来事だな。中国を統一した漢帝国(作者註:後漢だと思う・・確か)に追われて中国を飛び出して、流れに流れて欧州まで辿り着いたという話を聞いたことがある。」
みのり「結構歴史を意識して作っているのね。」
満「そうだな。歴史ほど小説のネタになるものはないとレイジは考えている。」
みのり「じゃ、そのあたりも期待しようか。」
満「期待できるものができるか分からないけどな。」
みのり「とりあえず次回投稿を期待しましょう☆次はいつの投稿になるのやら・・。見捨てずにお待ちください☆」
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