33.緑の思惑、黄の進軍 ~黄編~
そのころリンは、ホルストの編成してあった軍を動かし、緑の国に向かっていた。
「ホルストはたしかに、良い読みをしていたわね」
王都は諸侯に任せてある。リンは彼らにある仕事を頼んでいた。
ホルストとシャグナの遺体と領地の後始末である。
ホルストの遺骸は、見つかったままで王都の中庭に埋めさせた。隣にシャグナも眠っている。
「主がなぜ殺されたのか、説明もない上に遺体を返さないだと!」
当然両者の領地の館からは、その家族から抗議の伝書が届いたが、リンはあっさりと返答させた。
「八年にわたり王を害したシャグナ、それを黙認しさらにこのひと月で無断で税を課していたホルスト。重罪人たちを丁重に扱う理由はないわ」
さらにホルストとシャグナの領地から財産を没収し、王都へとこれみよがしに運ばせた。
「家族には必要最低限の生活ができるだけの保障はしたわ。平民と同じ生活が一年はできるようにしたのだもの、ありがたがってくれても良いはずよね?」
実際のところ、リンはホルストとシャグナの家族から資金を奪うことで、かれらの復讐を封じたのだ。
必要な金だけ渡され、財産も思い出の品さえすべて奪われ、ホルストとシャグナの家族は領主の館を追い出された。
嘆き怒り悲しむ人々の叫びの中を、豪奢な財産を乗せた馬車が王都に向かっていった。
沿道の領民たちは、それを暗い目で見送った。王都までの道すがら、財産を積んだ行列に出会った人々も。
「王女が、地域の財産を奪っていった」
乾いた砂の風の中から、たくさんの血走った眼が、王都へ向かうその馬車を見ていた。
その一方で、ホルストの死後すぐにリンは緑の国へと進軍を開始した。
「青の国が来る前に、緑を落とすわよ!」
緑の国へ侵攻する道すがら、黄の国の街道沿いの町から物資を次々と接収した。
「緑の国を落とせば、すぐに何倍にもして返してあげるわ」
旱魃の上にホルストが課した井戸の使用税は解除されず、挙句に食糧を軍に持ち出され、街道の町から怨嗟の声が上がる。
「今は耐えなさい! 青と緑に仲良くなってもらってはこの国が困ることくらい、あなたたちだってわかるでしょう? 黄の民なら、今黄の国のためを思って尽くすべきだと分かるでしょう!」
美しく可憐な王女が、軍の中心で命令を飛ばす。
「黄の国のために! 黄の国の、明日のために!」
接収した食糧が直接収入になることに気づいて、兵士たちは勢いこんで行く街々から取り立てた。みな、この日照りで困窮して兵士になった者である。
少しでも、家族のもとへ。少しでも、我がもとへ。兵士たちは食糧をかき集めた。そして食糧を奪われた町の者も、今度は自分が食糧を得るために兵士として参加した。
王都を発した軍は、諸侯の領地ごとに編成された軍を吸収し、さらに膨れ上がる。
緑の国境まで七日の道のりを、リンの率いる黄の軍は、食糧と人を吸収して進んでいった。
隊列の通った町は人と物を奪われ、荒れ果てた姿を晒していった。
女達の恨みと子供の泣く声が、逆巻く砂嵐と共に雨のかわりに乾いた土に吸い込まれていった。
* *
緑の王都を発したネルは、一日半で黄の国の進軍に出会うことが出来た。
「さて」
砂除けの布を外すと、鮮やかな金色の髪が風に吹かれた。
「この状況なら、正面突破、かな」
まず、タカを空に離した。そして、分厚い手袋を荷物の奥に隠し、ネルは黄の国の隊列の方に歩いて行った。
黄の髪に青の瞳は、黄の民に多い特徴である。ネルの髪は金色で瞳は緑。にわか兵士の多い黄の軍にやすやすとまぎれこんだネルは、あたりを見回しながら、リン女王の居場所を探した。
「ねえ、あたし参加したばっかりなんだけど、女王って会えるの?」
近くの男に話しかけると、あっさりと男はうなずいた。
「ああ。食糧を調達する町についたらまず女王が演説するんだ。すぐにお目にかかれるさ」
礼を言ってネルは離れる。
「それにしても……」
どうやら相当の数の居る黄の兵士だが、ほとんどは訓練を数か月受けたばかりのような平民か、この進軍から参加した者のようだ。
「こんな状態で戦えるとは思えない……」
それでも、黙々と歩く黄の軍は、その数があるだけに不気味だった。
「よもや訓練を受けた緑の兵が負けるとは思えないけど……」
目を光らせた黄の兵が緑にたどりついたとき、何が起こるのだろう。
早く、ミク様の手紙をリン様のもとへ。
続く!
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